1章:7話「大掃除」
六人でピクニック気分を味わいながら、ここに来るまでに買ったサンドウィッチを皆で食べている。
美味しそうに頬張る彼女たちを横目に見ながら、僕は頭を抱えていた。
⋯⋯ルナと、ノエルはよく食べる。シルフとクロラは、そんなに拘りがなさそうだが、ヒルダはかなり吟味した結果、その店で一番高い物を選んでいた。
僕はこれから、自分の分だけでなく、彼女達の分の食費や生活費などを賄っていかなければならない。
今日一日の食事をざっと計算するだけでも、ルナとノエルは大体星銅貨二十五〜三十枚分(注:星銅貨1枚=約100円。この場合は2,500〜3,000円)、シルフとクロラはそれぞれ星銅貨十枚分、ヒルダに至っては恐らく星銅貨四十枚、下手したら五十枚に届くかもしれない。⋯⋯ちなみに僕は一日大体、星銅貨五枚だ。
それに加えて、彼女達には必要な物が沢山あるのだろう。男である僕には何が必要か、想像できないが。⋯⋯これは今度エリザに教えてもらおう。
さらに、この“幽霊屋敷“の修繕。
これだけ朽ち果てていると、その費用も馬鹿に出来ないだろう。
彼女達とこれから一緒に暮らすという事であれば、衛生面で妥協はできないし、不自由な思いも出来るだけさせたくはない。
それぞれ費用を足していくと、その費用は恐らく⋯⋯。月々、月銀貨約八十〜九十枚程(注:月銀貨1枚=約10,000円。この場合は約80〜90万円)は必要だった。
僕は眩暈がした。月々、叔父様から約月銀貨十枚の仕送りを頂いている。
騎士学校の学費と、寮生活の足しに、という事で。それでも申し訳ないので、自分の食事はいつも堅パンと水で終わらせて、残った分を何かあった時の為に貯めていたのだ。
その金額は今は月銀貨二十枚程。これでは一月も持たない。
⋯⋯どうしたものか、と考えを巡らせていると、最後に食べ終わったシルフは口を開くのだった。
「⋯⋯それでは、お掃除を始めましょうか。夜には、皆さんと一緒にお風呂に入りたいですね♡」
+
この凄まじい汚れた幽霊屋敷を、僕は正直、今日一日で綺麗にできるとは思わなかった。
中に入って分かったのは、いくら幽霊屋敷とはいえ、ここは一昔前は豪邸と言って差し支えはなかったはずだ。
二階建ての建物、広い庭。朽ち果ててはいるが、馬小屋だってある。
一階には広いエントランスに談話室、客間。昔は高級だったであろうソファと机、食器棚等の家具。ダイニングとキッチン、
二階はまだ全貌が明らかになってはいないが、外からは巨大なテラスと恐らく執務室、寝室などがあるだろう。
とりあえずは、一部屋でも横になれる空間を作らないとな、と考えると、シルフは呟いた。
「⋯⋯風と森の精霊さん、このシルフィードの名に従い、顕現せよ」
彼女がそう呟くと、彼女の周りに魔力が集まり始め、それはやがて一つの塊となって、まるで妖精のような姿に変化した。
僕は声が出なかった。妖精の顕現? 聞いたことはあるが、この“眼“で見るのは初めてだ!
なぜなら、妖精、精霊を呼び出すのは、自身に凄まじい魔力がある事と、それを空気に満ちる魔力と同化させる事。
さらに精霊と意思の疎通ができなければ、顕現なんてしないからだ。
自身の魔力を、空気中の魔力に存在する精霊に与えて、使役する。高位魔法である召喚魔法の一つ。
そんな僕の驚嘆などお構いなしに、シルフはそのまま一人、また一人と妖精を増やしていき、やがて五人の妖精がシルフの周りをくるくると踊り始めた。
「⋯⋯精霊さん、ありがとう。それでは、一緒にお掃除を手伝ってください♡」
シルフが号令を掛けると、五人の妖精は散り散りになり、風を起こしながら床や家具に溜まった汚れを外に出し始めた。
「さて、それでは⋯⋯。外の草刈りは、ルナさんとノエルさん、お願いできますか?」
「⋯⋯わかりました」
ルナはそう言って、刀に手を伸ばした。
「おっけー!! ルナ、どっちが早いか競争だね!!」
「っ! ⋯⋯負けません⋯⋯!!」
そう言って、ノエルは外へ飛び出し、ルナも先程のように黒い疾風となって外に飛んでいった。
「レオン様ー? 屋根の修理、終わったよー?」
ルナとノエルが飛び出した玄関に、逆さまになったクロラが顔を出した。そういえば、いつの間にかルナが蹴り飛ばした扉が綺麗に直っている。
「ぐふふふ⋯⋯。それにしても、ここは凄いねぇ〜。大きいキッチンに、大きい浴場。おトイレも水洗式で、古いけど全部に魔導機が入ってる。井戸から繋がっているからぁ〜、使いたい放題だねぇ〜」
にちゃ、と笑顔を浮かべながら、彼女は続ける。すごい。ただの変態じゃ無かったのか⋯⋯。
確かに、水回りに魔導機が入っているのは分かった。魔石に込められた魔力をエネルギーにして、水の汲み上げや、照明になる。人々の暮らしを便利にする家具の一つだ。
しかし、肝心な魔導機が壊れていたのは確認していた。魔石に魔力が残ってないなら、魔力を与えればいいだけの話だが、肝心の魔導機が壊れてしまっていてはなす術がない。交換するにも高いし。
「あ、魔導機は全部直しといたよ〜。もう水は使えるはず。魔力もさっき、私が入れといたから〜。これでしばらくは大丈夫だよぉ〜」
⋯⋯あれを、全部、直した⋯⋯?
魔導機は、基本専門家でなければ直すことは難しい。そもそも、壊れたら直せず、交換した方が早いとされているのに。
「⋯⋯ありがとう、クロラ! 見直したよ!!」
「ぐへへ⋯⋯。レオン様の感謝、頂いちゃいましたぁ〜!」
そう僕が感謝をすると、クロラは恥ずかしそうに返した。本当に凄い。これで、この屋敷の環境はとても良い状態になった! ありがとう、クロラ!
「んじゃ、私は他のところも確認してくるねぇ〜。⋯⋯そういえば、私が直した魔導機を使った水を、レオン様が飲んだらぁ〜⋯⋯。⋯⋯これって、私、レオン様の一部になる、ってことかなぁ〜? ぐへへ!」
クロラが立ち去る前に何か言っていたような気がするが、何も聞かなかった事にした。
そうしている内に、一階のほぼ全てのフロアの掃除が、シルフと妖精達によって終わろうとしている。
凄まじい速さだ。
「⋯⋯あの、シルフ?僕に何か手伝えることはある?」
手持ち無沙汰になってしまった僕は、シルフにそう聞くと、シルフは返答する。
「お掃除は私たちに任せて、レオン様はごゆっくりなさっていて下さい。談話室は、もう片付きましたから」
そう言って、シルフが談話室に目を向けると、そこにはヒルダがソファに座って、優雅な所作で何かを飲んでいた。
「お掃除は、伴侶のお役目です。だ・ん・な・さ・ま♡」
イタズラっぽくシルフは微笑むと、僕は談話室へ案内された。
+
僕は仕方なく談話室へ向かい、ヒルダの向かい側のソファへ腰掛けようとした。すると、ヒルダから声をかけられた。
「⋯⋯そんなに私から離れてどうするの? こっちへ、いらっしゃい?」
そう言われてしまうと、こちらに座るのもひけてしまう。
改めて、僕がヒルダの横に座ろうとすると、僕の体から、床の感触が消えた。
いつの間にか、僕の体に纏わりついていた、“糸“。魔力でできたそれは、僕の体に何重にもなって巻き付いており、それで僕の体が浮いたのだ。
どういうことだ?!と驚いていたのも束の間、そのまま体が浮いていた僕は、ヒルダの膝の上に座らせられたのだった。背に当たる、やけに柔らかい感触。
「っ! ⋯⋯ヒルダ?!」
そう言いながら踠く僕だが、体は彼女の腕にガッチリと固定され、彼女の膝の上から動くことができない。
踠いている僕を押さえつけながら、今度はヒルダが、僕の後頭部に顔を埋め始めた。
「⋯⋯あぁ、いい匂いだわ。レオン」
すぅ〜、という音が、僕の後頭部からなり始めた。⋯⋯もしかして、僕の頭の匂い嗅いでる?
「っ! ⋯⋯ちょ、ヒルダ! 何して!!」
あまりの恥ずかしさで、全身の血液が耳に集まった感覚。鏡を見なくてもわかる。恐らく僕の耳は真っ赤になっているはずだ。
「あら⋯⋯? いいじゃない。⋯⋯減るものでもないし」
「⋯⋯は、恥ずかしいから⋯⋯。やめて⋯⋯」
「⋯⋯っ! ⋯⋯そんな反応されたら、疼くじゃない。⋯⋯これは、貴方が悪いのだからね」
「な、なにが?!」
ヒルダの腕と、未だ纏わりついていた“糸“が力を強める。まずい、動けない⋯⋯!
どうにかしないと、と考えを巡らせていると、外からノエルとルナが戻ってきた。
「やっほ〜! 草刈り、終わったよ〜!!! えへへ、ノエルの勝ち〜!!!」
「⋯⋯なっ! わ、私負けてません!!」
笑顔で泥だらけになったノエルと、慌てて訂正しているルナは、僕の状況を見て、一瞬固まった。
二人は互いに顔を見合わせ、次の瞬間、先ほどと同じ勢いでこちらに飛んできた。
「⋯⋯このスケベ!!!」
と、ルナ。
「⋯⋯いいなぁ〜、私も混ぜて〜!!!」
とノエル。
退路はすでに塞がれている。後ろにヒルダがいるからだ。
僕はこの二人が突っ込んでくるのを避けられないと悟ると、諦めて静かに目を閉じるのだった。
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