1章:6話「幽霊屋敷」


 彼女達とベルケ校長の屋敷へと歩みを進めていくと、ノエルから声をかけられた。


「ねえ、レオン! お引越し先、楽しみだね!」

「⋯⋯そう、だね⋯⋯」


 僕は嘆くように言ってしまった。そうすると、今度はシルフから声をかけられた。


「⋯⋯あまり、お元気がなさそうですね⋯⋯。もしかして、疲れちゃいましたか? おんぶしてあげますよ♡ それとも、いい子いい子しましょうか?」

「⋯⋯スケベ。おぶるなら私がやります。ルナなら、どこを触っても大丈夫ですから」

「だ、大丈夫だよ⋯⋯」


 お淑やかにとんでもない事を言うシルフとルナに不意打ちをかまされて、僕はしどろもどろになってしまう。


「もしかしてぇ〜、さっき校長が言っていた“小騎士団スモール・オーダー“ってのが原因ですかぁ〜?」

「⋯⋯その通りなんだけど、それをなんでクロラが知っているのかな⋯⋯?」

「ぐへへへ〜♡ レオン様のことなら、クロラ、なんでもわかっちゃいますからぁ〜♡」

「⋯⋯それは、普通の騎士団とは違うのかしら?」


 ⋯⋯クロラがなんで知っているのかは、後で問い詰めるとして、僕はヒルダに答えていく。


「“小騎士団スモール・オーダー“っていうのは、騎士学校の学生が、自分たちだけで設立、運営する騎士団の事だよ。僕たち学生だけで資金の管理や団員と傭兵の雇用、任務の契約と取引、あとはお給料を支払ったりして、卒業した時に即戦力として活躍できるようにする“卒業試験“ってところになるのかな」

「ふぅん。⋯⋯じゃあ、新しく設立することになったレオンは、団長になると言うことね」

「あらあら♡ それでは、レオン様はルールを決め放題じゃないですか♡」

「⋯⋯まあ、そういう事になるのかな」


 ⋯⋯碌でもなさそうな事を考えていそうなシルフを、とりあえず流した。


 確かに、この制度は設立した団長がほぼ全ての規則を定めることができる。

 全く新しい小騎士団スモール・オーダーの他にも、学生が団長を拝命しながら、長い期間続く由緒正しき小騎士団から、そこから独立した新しい騎士団、最初からどこかの国に騎士団自体を販売するために優秀な騎士団を育て上げる小騎士団スモール・オーダーも存在する。


 “小騎士団スモール・オーダー“が同盟各国からも重要視されている最大の理由は、“小騎士団スモール・オーダーという組織の輸出“が可能だからだ。

 団長が卒業する際、手塩にかけて育ててきた小騎士団を、そのまま自国の戦力として持ち帰ることができる。

 だからこそ、騎士学校に通う貴族達は在学中から優秀な平民や留学生を囲い込み、時には他の小騎士団から団員を引き抜き、自分の私兵団を作り上げることに必死になるのだ。


「⋯⋯貴族なら、優秀な人を沢山引き連れて自国に持ち帰ることもできるから、新しく騎士団を編成する必要は少なくなるし、団員さんが平民や他国の留学生であれば、卒業後に新しく配属先を探さなくて済んだりするから、双方にとってとても有意義ではあるんだよ」

「⋯⋯よくできてるんだねぇ〜、騎士団の輸出か〜。頭のいい人は、やっぱりすごいねぇ〜」


 僕の説明にクロラは感嘆していた。確かによくできたものではあると思う。


「⋯⋯なら、レオンがそんなに浮かない顔をしているのは、なんでかしら?」

「⋯⋯それは、リスクもあるからね⋯⋯」

「⋯⋯リスク?」


 そう聞いてきたヒルダに対して、僕は続けた。


「⋯⋯運営資金は、騎士学校からかなり低い金利で借りることができるけど、小騎士団スモール・オーダーの運営に失敗して、返済ができなくなると、解散になってしまうんだ」

「ええー!? レオンと離れ離れになっちゃうの? やだよー!!」


 ノエルは僕の肩を揺さぶりながら、いやいやをするように駄々を捏ねた。⋯⋯微笑ましいかもしれないが、僕の視界はぐるぐる回る。


「⋯⋯は、離れ離れになるかは置いといて、借金だけが残ってしまった団長は、借金の返済が終わるまで騎士学校の任務を低い収入で受け続けなけいといけないんだ。人呼んで“懲役奉仕“。⋯⋯一応、救済処置なんだけどね」

「⋯⋯何ということでしょう。私のレオン様が、誰かの奴隷になってしまうということですか?」

「ええー!? レオンが他の人のものになるなんてヤダ! 私もついてく!」

「⋯⋯ノエルさん、きっと、“あんな事“や“こんな事“をさせられてしまうのですよ? とんでもない事です」

「⋯⋯シルフ。一応、そういう事に“ならない為“の制度なんだよ⋯⋯」


 僕はいかがわしい想像をしてそうなシルフに釘を刺す。

 この制度は、本来であれば学生が信用の無い者などから資金を借りないように、もし仮に返済することが出来なくなってしまい、返済を急ぐあまりに自分の身の丈に合わないような危険な任務を受けさせないようにする為の、学生を保護するための特例措置ではある。


「⋯⋯こういったリスクもあるから、本当は騎士学校五年生以上しか、設立はできないんだ」

「じゃあ、レオン様は確か三年生って言ってたから、超超エリート、って事だねぇ〜? さっすがレオン様♡ クロラ、ときめいちゃいます♡」

「⋯⋯学生だけなら、ルナ達は入れないのですか? それは困るのですが」

「⋯⋯いや、絶対に入れない訳ではないよ。正規の手続きを踏めば、学外の人も入れる。⋯⋯スパイを防止するために、厳しい審査は必要だけどね」


 僕の言葉に、シルフとヒルダが返す。


「⋯⋯それでは、私たちは大分まずい状況、という訳ですね?」

「⋯⋯関係ないわ。そんなルールに縛られる必要はないもの」


 他の三人もうんうん、と首を縦に振った。


「⋯⋯それも、多分問題ないと思う。⋯⋯僕らの顧問が、この学校の最高責任者の“ベルケ校長“だからね」


 小騎士団設立には、騎士学校の教員や学校関係者が最低一名は“顧問“として着かなければならず、そういった手続きは全て顧問の許可がなければ動けない。

 その顧問が、現状では臨時で“ベルケ校長“という、この騎士学校の長なのだ。あのエロジジイが、審査なんて行うはずがない。


 三年生での異例の小騎士団の設立。

 団員は正体不明の美少女五人。

 そして、失敗すれば、借金地獄の“懲役奉仕“⋯⋯。


 レオンは、重いため息をつきながら歩みを進めていくと、いつの間にか僕たちは新たな棲家となる、ベルケ校長の屋敷に到着した。



 +



「⋯⋯なるほど。これか⋯⋯」


 僕たち六人は、その屋敷を見て絶句していた。


 騎士学校の裏手に広がる、誰も近づかないような原生林。まだ昼前にも関わらず薄暗い、湿った土の匂いのする獣道を抜け、視界が開けた場所に、それは忘れられたように鎮座していた。


 まさに“幽霊屋敷“。かつては威風堂々たる優雅な石造り、黒ずんだ花崗岩を積み上げて作られた二階建ての豪邸であったのだろうが、今や見る影も無いほどに朽ち果てようとしている。


 外壁は、まるで血管のように絡みつく太い蔦植物に覆い尽くされ、石の肌が見える場所は少ない。蔦は窓枠にも侵食しており、泥と長年の埃で白く濁った窓は、まるで中を封印しているようだった。ガラスが割れていなかったことは幸いだ。

 急勾配の屋根からは、数本の煙突が突き出しているが、その先端に座るガーゴイルの石像は、片羽が根元から折れており、苦悶の表情を浮かべているようだ。

 敷地を囲む鉄柵は赤錆びて朽ち果て、正門であったはずの重厚な鉄扉は、片側の蝶番が壊れて斜めに傾き、半開きのまま固まっている。

 その隙間から見える庭は、僕の背を超えるほどの雑草と灌木が我が物顔で生い茂る、緑の魔境となっていた。⋯⋯僕が入ったら、隠れんぼでは負けなさそうだ。絶対にしないけど。


「わあぁ〜っ!! おっきいね〜!!!」


 そんな僕の思いを知ってか知らずか、空色の目を輝かせて飛び跳ねながら、ノエルは声を上げた。

 彼女は“門“という概念を無視し、鉄門を軽々と飛び越えると、おそらくは庭であっただろう密林へ駆け出した。


「探検! 探検しよ!! レオン!!」


 彼女に無いはずの尻尾が、幻視できるくらいブンブンと振っている。⋯⋯まあ、彼女が気に入ったならいいか⋯⋯。


「⋯⋯汚いわね」


 対照的に、眉を顰めてハンカチで口を覆っているのは、真紅の髪と瞳を持つヒルダだ。

 彼女は値踏みするように屋敷を見上げ、ため息をつく。


「⋯⋯まあ、広さだけは及第点かしら。私とレオンの愛の巣にするなら、リフォームをしないとね。⋯⋯まずは、内装を全て赤に変えるところからよ」

「⋯⋯それは、やめてほしい」


 即座に却下する。


「⋯⋯ふふ、ぐふふ⋯⋯。素敵⋯⋯暗くてぇ、ジメジメしててぇ⋯⋯」


 青黒い髪のクロラは、灰色の瞳に恍惚とした光を滲ませながら、にちゃ、と音が出そうな笑顔で蔦の絡まる門を撫でている。


「⋯⋯ここなら、きっと誰にも見つからずにぃ〜、レオン様とぉ⋯⋯。⋯⋯ぐへへへへ♡」

「⋯⋯君は一体、何をしようとしているんだ⋯⋯」


 なぜかいきなり体をくねらせながら、よだれを垂らして恍惚の表情を浮かべた彼女に軽く引きながら、僕は彼女に伝えた。


「レオン様、文句を言っていても始まりませんよ?」


 呆れる僕の両肩に、優しく手が添えられる。桃色の髪のシルフだ。彼女は包帯で覆われた顔を屋敷に向け、にこりと微笑んだ。


「住めば都、とも言いますし。それに、皆様と一緒なら、どんな場所でも天国ですよ。⋯⋯ね、レオン様?」

「⋯⋯シルフ⋯⋯」


 なんていい子なんだ。彼女だけが僕の癒しだ。⋯⋯呪いをかけた事は許さないけど。

 そう思った瞬間、彼女は僕の耳元で囁いた。


「⋯⋯それに、これだけ広くて、街から離れていれば⋯⋯。誰にも聞かれずに“声“が出せますね⋯⋯♡」


 前言撤回。この子も大概だった。


「⋯⋯レオン」


 最後に、漆黒の髪の少女ルナが、僕の前に立った。

 彼女は自分の背に背負っている、身の丈程の“刀“に手を掛け、鋭い眼光を屋敷に向けている


「⋯⋯中に、気配があります」


 え?と聞き返すよりも早く、ルナは黒い疾風となって傾いた鉄門を蹴破り、玄関へと突っ込んで行った。

 大急ぎで僕も後を追い、残りの四人も異常を察知したのか、瞬時に遊びや観察をやめて、殺気立った表情で続く。

 錆びついた玄関の扉が、ルナの蹴りで吹き飛んだ。

 舞い上がる大量の埃。長い間封印されていた黴臭い空気の匂いが鼻をつく。

 足を踏み入れると、床板が悲鳴のような軋み声を上げる。

 広いエントランスホールの中心、古びたシャンデリアの下に、その気配の主はいた。


「⋯⋯ちゅ、ちゅー!!!」


「⋯⋯ネズミ、ですね」


 ルナは刀を納めながら、眉一つ動かさずに言った。

 体長十セン(注:約10cm)程のネズミが、ルナの殺気に驚いて、壁の穴に逃げ込んでいくのが見えた。


「⋯⋯ルナ。あの小さいネズミの気配を察知できるのは、とても凄いと思う。でも、扉を蹴破るのはやめて欲しい⋯⋯」

「⋯⋯ごめんなさい。レオンに仇なすものがいるのかと思いました」


 彼女は眉一つ動かさずに、しかし耳を垂れるように落ち込むルナ。しゅん、という音が聞こえてきそうだった。

 そんな彼女を横目に見ながら、吹き飛んだ扉と、埃だらけのホールを見て、僕は天を仰いだ。


 どうやら、僕の小騎士団の最初の任務は、魔獣討伐ではなく、この“幽霊屋敷“の掃除だったようだ。


「⋯⋯とりあえず、掃除をしなきゃ⋯⋯」


 そう僕が独り言を溢すと、五人の美女たちは顔を見合わせ、


「「「「「お腹すいた!!!!!」」」」」


 と、元気よく答えるのであった。


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