1章:閑話1「自己紹介」
「⋯⋯じゃあ、行ってくるからね⋯⋯」
レオンは騎士学校の待合室の扉を少し震えた手で開けながら、そこで待つ五人の少女たちに声をかけた。
「⋯⋯絶対に、ここから出ないようにね?」
念を押すようにそう呟くと、彼は扉を閉めた。レオンが出て行く時に、彼の三つ編みにした金髪に雪のように小さく光る何かが潜り込んでいったのを、彼女たちは見逃さなかった。
「⋯⋯さて、これからどうしましょうか?」
最初に切り出したのは、桃色の髪の、遊牧民の衣装のような刺繍が入った、目に包帯を巻いた少女だった。
待合室で待っているのは、五人。桃色の少女の対面に座る、黒髪黒目の、大きくて黒いローブを羽織った、手袋やブーツまで黒という何から何まで真っ黒な少女。そのくせ肌は驚くほど白く、その貌と若干の太ももしか露出はないにも拘らず、まるで月のように輝きを放っているようだった。
もう一人はプラチナブロンドの髪をした、よく澄んだ空色の瞳を持つ少女。チュニックとスカートという動きやすい服装に、胸に皮製の防具をつける冒険者のような少女だ。外見は大人びているが、その大型犬のような愛嬌は隠せていない。
そして、炎より赤い真紅の髪と瞳をした少女。腰ほどまで伸びた、ボリュームのある髪は、その刺激的な服装も相まって特に目を引くようなものだった。
さらに、それに隠れるように黒いポンチョに身を包んだ、フードを被った女性。出立ちは暗殺者にしか見えないものの、青みがかった黒髪の左右、そして頭頂部にアホ毛がピン、と立っている事と、冷たい印象のある灰色の瞳を持ったその顔は、なぜか紅潮しており、にちゃ、と音を立てそうな顔でニヤニヤしている。
どこからどう見ても、どこでどんな繋がりがあったのか、全く察することの出来ない五人。一つ共通点があるとすれば、五人とも素晴らしいスタイルを誇っていることくらいなものだ。
そんな彼女たちが、騎士学校の待合室で大人しく座っているのだ。外から中は見えないようになっているが、恐らく彼女たちが中に入って行くのを見た学生たちは、噂話のネタには困らないだろう。
「⋯⋯決まっているわ。貴女、レオンに何か仕込んだのでしょう?」
「あら♡ 気付かれていたのですね?」
「⋯⋯随分と可愛い、スパイね」
「ふふ、だって、気になるじゃないですか♡ 彼が、私たちのことをなんて言うのか♡」
桃色の少女と真紅の少女は会話を続けていた。
「ふふ、お互い探り合いをしてもしょうがありませんし。⋯⋯自己紹介でも、しましょうか?」
桃色の少女はそう切り出した。他の彼女達も賛成のように頷く。
「ふふ♡ 私の名前はシルフィード。シルフとお呼びください♡ レオン様との関係は⋯⋯。⋯⋯ただならぬものだと、思ってください♡」
桃色の少女――シルフは、ある意味宣戦布告にも聞こえるような口ぶりで、自己紹介をした。
瞬間、待合室の温度は急に下がる。⋯⋯実際に下がったわけではないのだが、そう感じるほど重い空気が流れたのだ。
暫く、無言の状態が続くと、次に切り出したのはプラチナブロンドの少女だった。
「じゃあ、次、私ね! 私、ノエルって言うの! よろしくね、みんな!!」
待合室の空気に合わない、明るく快活な声が響き渡り、部屋の温度は若干上がったように感じる。
⋯⋯だが、次にこの少女――ノエルの言った一言で、もう一度凍りつくことになったのだ。
「私ね、レオンの、未来のお嫁さんなの!!」
空気が凍る。まるで氷点下まで下がったかのように。
この空気を切り裂くように、次に言葉を発したのは、黒髪の少女だった。
「⋯⋯私の名前はルナテイシアと言います。⋯⋯ルナとお呼びください」
黒髪の少女――ルナは、眉一つ動かさずに、凛とした声で続けた。
「⋯⋯私も、恐らく、レオンのお嫁さんでしょう。よくわかりませんが、ルナの魂がそう言っています」
「⋯⋯なら、私もそういうことにしておくわ」
ルナの後に続いたのは、真紅の少女だった。
「⋯⋯私はヒルデガルダ。ヒルダでいいわ。レオンは私のものだけど、光栄に思いなさい。貴女達にも分けてあげるわ」
可哀想だからね、と真紅の少女――ヒルダは告げる。
瞬間、この部屋の空気は止まった。もはや時間が動いていないのではないか、と思えるほどに衝撃の一言だったのだ。
永遠にも感じる一瞬。それをこじ開ける黒ポンチョの少女。
「ん〜、私はクロラっていうんだ〜。⋯⋯まあ、喧嘩もアレだし、レオン様は一旦みんなのものってことにしないかなぁ〜?」
彼女――クロラは、周りの怪訝な視線を浴びても構わず続けた。
「みんなでレオン様を取り合うのもいいけどぉ〜、五人全員でレオン様を囲う、って方がより爛れた関係っぽくて、唆られるんだよねぇ〜♡」
ぐへへ! と笑うクロラ。その話を聞いて、何人かは“うんうん“、“確かに“と頷きながら呟いていた。
そんな同意の様子を伺いながら、なおもクロラは続けた。
「⋯⋯だってぇ、みんなも私と同じならぁ〜、ここにいる全員“訳アリ“ってことでしょ〜?」
部屋の空気が変わる。先ほどの嫉妬のような雰囲気ではない。ヒリヒリとした、刃物を突きつけられているような空気。
「だったらぁ〜、独り占めは無理だよ。⋯⋯私も、譲る気はないし」
先ほどの蕩けた雰囲気は消え失せ、クロラの灰色の瞳は冷たく光る。
「⋯⋯確かに、クロラさんの言うとおりですね」
「⋯⋯一理、あるわね」
「⋯⋯ルナも、そう思います」
「じゃあ、みんな仲良くレオンを大事にするってことだね!!」
彼女達が思い思いに言葉を発していき、シルフが両手を叩いて口を開いた。
「⋯⋯では、こうしましょう。レオン様は、ここにいる五人の“共有財産“ということで♡ ⋯⋯抜け駆けは、してもいいですが⋯⋯。その後は皆さんでレオン様に“平等に可愛がってもらう“ということにすれば、不公平感もありませんし♡」
「⋯⋯そうね。ほっといたら無茶するから、皆で“管理“することに異論はないわ」
「⋯⋯ルナも、そう思います」
「じゃあ、レオンはみんなのお嫁さん、てことで、オッケーだね!!」
「⋯⋯彼は一応、男よ。⋯⋯あんなに、可愛いけれど⋯⋯」
悪気が全くない様子でノエルはレオンを嫁扱いし、ヒルダが訂正する。⋯⋯もっとも、ヒルダも完全には訂正しきらないのだが。
五人が協定を結んだところで、シルフが目の前に霧のようなものを発現させた。
「ふふふ⋯⋯♡ では、管理者としてしっかりレオン様を“監視“しなくてはいけませんね♡」
そう言って彼女は、霧の中に映像を映し出す。それは、レオンの髪の中に入って行った光る雪のようなものから発せられているものだった。
レオンの髪の中にある為か、映像は黒が多いが、話し声はよく聞こえる。威圧感のある男性の声と、レオンの可愛らしい声が響く。
対面で座っていた彼女達も、今では全員霧の前に座り、身を乗り出してよく観察していた。
『男なら、女五人くらい、お前がしっかり養って見せろ。“漢“の気概を証明する絶好の機会だぞ?』
男性はそう言っていた。彼女達は思った。「逆、逆!私たちが養うの!」と。
レオンが微妙な反応をしていると、男性は続けて切り出した。
『⋯⋯だが、気をつけろよ。⋯⋯ヘタをすれば、お前、食い殺されるぞ? 多分⋯⋯』
男性の言葉に、彼女達は殺気立つ。
「⋯⋯失礼なおじさまね。後で吊るそうかしら」
「⋯⋯ちょっと、斬ってきますね」
「そうですね。食い殺す、とは⋯⋯。“食い散らかす“ならば当たっていたのですが⋯⋯」
「あ! それノエルもよくやるー!!」
「ノエルちゃん⋯⋯。それ多分、そういう意味じゃないよぉ〜?」
彼女達が口々にこぼす中、レオンが言葉を発した。その瞬間、彼女達は姿勢を正す。
『⋯⋯大丈夫、です。彼女達は、私の恩人です。私には⋯⋯勿体ないくらい、綺麗で、優しくて、温かい人たちです。⋯⋯しっかり、彼女達に恩を返せるような、守れるような立派な男になります』
レオンがそう言った後、男性が『よく言った!』と褒めていた言葉を聞いていたものはいなかった。
「⋯⋯それは反則よ。⋯⋯あんな無垢な声で⋯⋯」
ヒルダは顔を赤らめて口を覆い、ルナは眉一つ動かさずに頬に両手を添えて「⋯⋯好き。結婚する」と宣い、シルフはシルフで顔を真っ赤に染め上げ、
「⋯⋯ああ、レオン様♡ 素敵です。一生、カゴの中に閉じ込めていたい⋯⋯!」
そう言って、シルフは気絶した。
「レオンー! すきー!!!!」
「ああー!! 待って、出ちゃダメだって、ノエルちゃん!!」
ノエルはレオンの元に行こうと扉を開けようとし、クロラはそれを必死に制していたのだった。
五人が全員思い思いに感情を爆発させていると、扉が開く気配がした。
「⋯⋯お待たせ、ごめんね、待たせてしまって⋯⋯」
そう言ってレオンが待合室に入ってくると、彼女達は全員聖女のような満面の笑みで口を開く。
「「「「「大丈夫です! どこまでもついていきます! レオン(様)!!!!!」」」」」
(⋯⋯あれ? なんだか、さっきより身の危険を感じるな⋯⋯?)
レオンは、妙に熱い五つの視線を察知し、背筋に寒気を感じて首を傾げながら皆と出発するのであった。
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