1章:5話「小騎士団(スモール・オーダー)」


 エレオスの丘に吹く風よりも重く、冷たい空気がその部屋を支配していた。


 紫煙の充満する部屋で僕は、葉巻を燻らせながら覇気のある眼光を飛ばす巨人と対峙している。

 巨躯の男は、机の書類と僕を交互に見やり、葉巻の灰を灰皿に丁寧に落とすと、その大きな口を開いた。



「⋯⋯さて、リヒトホーフェン君。なぜ、ここに呼ばれたのか、理由はわかるな?」

「⋯⋯寮の扉を壊したのは、私ではなく寮長です」


 僕がそう伝えると、彼は口をわずかに緩めながら、諭すように続ける。


「随分と生意気な口を聞くじゃないか。そんなんだから、親しい友人もできないんじゃないか?」

「⋯⋯そんなこと、ないです」


返す刀で切り返されてしまった。さすがは英雄。簡単に両断されてしまった。


 目の前の巨人はこの騎士学校の校長であり、その名は“コンラッド・フォン・ベルケ“

 かつてこの聖都で精鋭中の精鋭である「エレオス近衛騎士団」の団長を務め上げ、数多の戦場を駆け抜けた生ける伝説。

 齢六十を超える年齢にあるにも関わらず、見た目は四十にも満たないような、今まさに全盛であるとも思える程覇気に満ちた二メル(メートル)に届かんとする巨躯と、燃えるような赤い瞳を持つ、騎士学校の絶対君主。


 豪放磊落、傍若無人、唯我独尊。そんな言葉が服を着て歩いているともされるお方であるが、騎士学校に所属している全員の学生の名前や出身、好きな食べ物と趣味、特技は把握しているとも噂されている。現に、日陰者である自分の事も分かってらっしゃるような口ぶりだ。

 ⋯⋯自分の事を、知ってもらえていたかもしれない。そう思うと、こんな状況だが、少し嬉しく思ってしまう。


 表情が緩んだのを読まれたのか、ベルケ校長は続ける。


「⋯⋯しかし、貴様。⋯⋯自分の部屋に女子五人を連れ込むとは⋯⋯。一体どうやった? 何をしていた?」


興味津々、といった様相で、ベルケ校長は語る。


「⋯⋯誓って、やましいことは、していません。⋯⋯なぜそうなってしまったのかは、わかりませんが⋯⋯」


 歯切れ悪く僕は続ける。本当にわからないからだ。


「⋯⋯強いて言えば、私が入り口の鍵を閉め忘れていたからでしょうか」

「⋯⋯鍵を開けていれば女が勝手に入って来るのだとしたら、儂は今日から窓も全て開けて寝ることにするぞ?」


 冗談とも本気とも取れる調子で、校長は話す。しかし、葉巻を置いた瞬間、少し緩んだ口角を引き締め直して、校長は続ける。


「だが、規則は規則だ。他の者に示しがつかんからな。貴様を、退寮処分とする」

「⋯⋯はい」


 わかっていた事ではあるが、やはり直接言われてしまうとくるものがある。

 それはそうだ。女子禁制であるはずの男子寮に美女五人を連れ込んだ、なんて話は、少なくとも自分がこの騎士学校に来てからは聞いたことがない。

 聞いたことがあったのは、精々三人の女性を同時に連れ込んで、退寮処分になったにも関わらずそこに住み続けた豪胆な学生の話だけだ。⋯⋯三人でも十分おかしいが。


「⋯⋯まさか、儂も自分の記録が塗り替えられるとは思わんかったわ。しかもこんな軟弱者に⋯⋯」


 あんただったのかよ! ⋯⋯ってか、軟弱者て!!

 

 ⋯⋯と、心の中で突っ込んでしまった。顔に出てないといいが。

 僕の思いを知ってか知らずか、彼は続ける。


「⋯⋯しかし、退寮となって根無草になってしまうのは流石に可哀想だ。特にあの美女達が」


 ⋯⋯このエロジジイ。


「今エロジジイとか思っただろ。⋯⋯まあいい。貴様は“小騎士団スモール・オーダー“を設立しろ。あの美女達を率いてな」


 心を読まれていたことを多少気にしつつ、小騎士団スモール・オーダー? と僕は首を傾げた。

 僕の黒い制服の右肩から下がっている飾緒を一瞥する。まごうことなき青色だ。

 通称「水の学年」。騎士学校三年生を表す制服の印だ。

 通常、小騎士団は騎士学校“五年生以上“でなければ設立できない。


「貴様は現在、水の学年である三年生だ。通常なら小騎士団スモール・オーダーを設立することはできない。だが、あいにくだが儂はこの学校で一番偉いのでな」


 とんでもない事を口走る我が校長である。


「流石にこの状況で退学にまでするのは可哀想だからな。今まで素行不良があったわけでもあるまいし。儂が所有している屋敷があるから、そこを拠点にするといい。安くしておく」


 金取るのかよ。


「それに、貴様、魔剣を手に入れたのだろう?結構な事ではないか。我が学園でも約三年ぶりだぞ?」


 そう言って、校長は僕の背中にある剣の事を話してくる。体格が合わなくて腰に差せなかった事は内緒だ。⋯⋯歩くたびにふくらはぎに当たったり、椅子に座ると剣がつっかえるので、少し前屈みにならなければいけないが。


「⋯⋯話はバルクホルンから聞いた。逃げ込んだ洞窟で、魔剣を抜いたらしいな」

「その通りです。間違いありません」


 最初は僕も夢だと思っていたが、どうやら現実であったらしい。彼女達とどこで出会ったのかは、まるで覚えていないが。


「⋯⋯その魔剣、試し切りはしたのか?」


 そう問われて、僕は言う。


「いえ、まだです。⋯⋯正直、本当に魔剣なのかも、わかりません」

「⋯⋯貴様を疑っているわけではないのだがな。貴様を保護した後、連れていた美女達に聞いて、バルクホルンは洞窟の方に向かったらしい」


 校長は歯切れの悪さを滲ませ、なおも続ける。


「洞窟は、無かったそうだ。⋯⋯そこにあったのは、大量の魔獣と、賊の亡骸だけであったと報告された」


 ⋯⋯心臓が、跳ねた。

 確かに、僕は洞窟に入るまで、賊に追いかけられていた。相手の数が多かったのも覚えている。見つからないように祈りながら洞窟に入ったのも、毒矢に打たれ、意識が薄くなっていた事も。

 その洞窟が、無かった⋯⋯? それに、あの数の賊が、多数⋯⋯?


「⋯⋯魔剣があった場所にはよくある事だ。あれは、銘有り、銘無し問わず、使用者を選ぶと言うからな。問題はそこではない。その賊と魔獣は、誰にやられたか、だ」


 状況的に言えば、彼女達だ。確かに、腕の立つ雰囲気はあった。でも、あの数を⋯⋯?


「あれを彼女達がやったとしたら、あの美女達の戦闘力は異常の一言に尽きる。だが、一番きな臭いのは、賊の装備が統一されていた事だ。調べなければならない事は多いが、時間が無い。明日、“蒼穹の盾アズール・シルト“と共に調査へ向かえ。団長は不在だが。何、安心しろ。団長代理はバルクホルンだし、報酬もきっちり出す」


 装備が統一されていたと言うことは、騎士団、正規軍である可能性が高い。しかし、それしかわからないと言う事は、所属などは示されていないと言うことだ。まさか同盟国内に、敵国が入り込んでいる⋯⋯?


「⋯⋯まあ、本当はグレーネラント諸侯とブリガンティア王国の国境のあの地域に、魔獣が大量発生しているとあったのでな。調査がてら、討伐してきてくれ」


 明日、モルトビールを買ってきてくれ、と言うようなお使いを頼む感じで、気軽に魔獣討伐を依頼してくる。


「もちろん、快く受けてくれるであろう。何せ、小騎士団運営には金がかかるからな」


 ⋯⋯また、心臓が、跳ねた。そうだ、今の自分は首の皮が一枚繋がった状態じゃない。

 なんなら、自分は断頭台にて、今まさに首を刎ねられようとしている事に、気づいてしまった。

 僕の顔から血の気が引くのを感じながら、校長は続けた。


「男なら、女5人くらい、お前がしっかり養って見せろ。“漢“の気概を証明する絶好の機会だぞ?」


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