1章:3話「深窓の美女(男)」
エリザの背中で揺られながら、僕は白亜の荘厳な校舎を見上げた。この場所は、聖都コンスタンティアの中央に聳え立つ白亜の学び舎“エレオス教会騎士学校“だ。
かつて聖龍エレオスがこの大陸を守り、眠りについたとされる地に建てられた、この大陸でも有数の最高学府である。
かつては聖龍エレオスの教えを説く場所の一つであったのだが、時の移り変わりによって、教会と学校は分けられ、今では同盟国である北のフェリス公国、南のブリガンティア王国、東のグレーネラント諸侯、そして聖都コンスタンティアが合同で騎士を育て、鍛え上げる場所になっている。
いくら志高い騎士を育てているとはいえ、この大陸で最も権威のある建物の一つが軍事訓練所の様相を得てしまったのは、それだけ北の軍事国家、南の砂漠の民による脅威が恐ろしいものである証左なのだ。
ブリガンティアの貴族も、グレーネラントの農夫も、フェリスの傭兵ですら、ここでは等しく「騎士候補生」となり、次代の英雄となるために日々邁進している。
剣を学び、魔法を修め、歴史を知る。全ては国、家族、友人、隣人の守護者になるために。
⋯⋯そんな崇高な目的を持った学び舎の広場で、女騎士は深窓の令嬢――に見えるほど見目麗しい“少女“を背負って歩いていた。
――エリザ様、誰を背負っているんだろう?
――待って、背負っている女の子、ものすごく可愛くない!?
――本当!どこかのお姫様かしら?
――長く伸びた睫毛、白磁のような肌、色素の薄い唇。まさに、深窓の令嬢だわ!
――さすがはバルクホルン、あの歳で、姫様の護衛とは。
――とても綺麗な方だわ⋯⋯。
エレオス教会騎士学校の中央広場は、ちょっとした騒ぎになっていた。
「⋯⋯とのことだ。どんな気分なんだ?お姫様」
少し揶揄うように、エリザは呟く。
「⋯⋯みんながっかりするだろうな。背負われているのがお姫様ではなく、落ちこぼれのレオンだと知ったら」
嘆息しながら、呟く。
確かに、いつもは三つ編みにしているが、保健室で看病されている時に解かれて、そのまま髪を下ろしている。たったそれだけで、こうも僕だと気付かれないとは。
「羨ましいじゃないか。私は言われることはあまりないぞ?」
「⋯⋯男へ向ける褒め言葉じゃないよ⋯⋯」
僕にとっては全くフォローになっていない言葉で、彼女は慰めてくれる。
記憶が正しければ、僕は初対面で男に見られたことはない。いつも“とっても可愛い!“とか“ご麗人、お名前を“とか言われる度に嫌になる。⋯⋯真実を伝えるのが申し訳ないから。
エリザは僕をおんぶする形で、寮へと向かってくれている。
先ほどは大変だった。気絶した後、またすぐに目を覚ますことはできたが、ベッドから降りて立ち上がろうとした瞬間、倒れかけてしまったのだ。
それを見ていた五人の少女達が「私が連れてく!」「いや私が!!」と大騒ぎし始め、保健室の室長には怒られ、室長が怒りながら五人を別の宿に連れて行ったのだ。
残ったエリザは、嘆息しながら「私が寮まで運んでいこう」と提案してくれて、今に至る。
「⋯⋯室長、怖かった」
「⋯⋯ああ、全くだ」
僕の独り言に、エリザが反応する。ちなみに宿代は僕持ちだ。⋯⋯仕方のない事とはいえ、手持ちが多いわけではないのに⋯⋯
「⋯⋯彼女達について、落ち着いたら教えてくれ」
エリザがそう言うが、僕は首を振りながら答える。
「落ち着いたらね。⋯⋯正直、僕の方が知りたいけど」
そうか、とエリザが静かに相槌を打つ。気になるのも当然だろう。5人全員が、僕の「伴侶」とか「旦那様」とか言うのだから。
「⋯⋯しかし、お前は、本当に⋯⋯。何を食べて生きてるんだ?」
「⋯⋯ほっといてくれ。これでも元気なんだ」
どうだかな、とエリザは呟く。
エリザは真っ直ぐで裏表の無い人だが、こういう、人の気にしている事も真っ直ぐに伝えて来る。いい人なのに。他の人にもそうなのだろうか?
その後も他愛のない会話をしながら僕を寮まで運んでくれて、寮の窓口で訪問の手続きを取り、エリザは僕を寮の自室まで運んでくれた。
慣れた手つきで、エリザは僕の体をベッドに寝かせてくれた。
「ごめんね、エリザ。ここまで運んでくれてありがとう」
「何、気にするな。私の装備より軽かったからな」
「⋯⋯人が気にしている事を⋯⋯」
「軽口を言える元気があるなら十分だ。ゆっくり休めよ。⋯⋯おやすみ」
そう言ってエリザは部屋から出て行った。鍵をかけなきゃ、と思いながらも、僕は微睡(まどろみ)に落ちていった
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