第21話 温かい家族
館林の住宅街から少し外れた古い一軒家。
木造の平屋で、玄関を開けるとすぐに畳の匂いがした。
山田姉妹の家は、会衆の兄弟姉妹が集まる「第二の王国会館」みたいな場所らしい。
リビングと台所がつながった広い部屋に、すでに二十人近くが集まっていた。
男性も女性も、子供も。
年齢は赤ちゃんから八十歳のおじいちゃんまで。
テーブルは二つ並べて、まるで旅館の大広間みたいに長くなっている。
中央には大きな土鍋から湯気が立ち上り、豚汁のいい匂いが部屋中に広がっていた。
「わあ~! 豚汁、最高~!!」
西村姉妹が、両手を広げて大はしゃぎ。
山田姉妹が、エプロンをしたまま笑顔で迎える。
「さあさあ、みんな座って座って!
今日は特別に、高橋姉妹が唐揚げもたくさん持ってきてくれたの!」
子供たちが「やったー!」と駆け寄る。
三歳くらいの男の子が俺のズボンを引っ張って、
「おにいちゃん、だれ?」
と、俺の膝の上に乗りたがる。
仕方なく抱き上げると、周りの姉妹たちが「かわいい~!」とスマホで写真を撮りまくっている。
あかりは最初は戸惑っていたけど、
小さな女の子に手を引かれて席に座らされ、
「これ食べて!」と煮物を山盛りにされた。
ミカは、もう完全にホームに帰ってきたみたいに台所を手伝いながら、
「山田姉妹! 私、デザート持ってきたんですよ〜! りんごのコンポート!」
と、持参のタッパーを開ける。
男性の兄弟たちはビールではなく麦茶を注ぎ合いながら、
「今日は本当にいい日だね」
「エホバが導いてくださったんだよ」
と、穏やかな声で話している。
一人のおじいちゃん兄弟が俺の隣に座って、
「佐藤さん、初めてのよその会衆の食事会かな?
緊張しなくていいよ。わたしたちは家族なんだから」
と、肩をぽんと叩く。
食事の前、みんなで祈りを捧げる。
山田姉妹の夫・山田兄弟が、静かに祈りを導く。
「愛するエホバ、私たちにこの喜びの日を与えてくださったことを感謝します。
離れていた姉妹たちが再開し、親友が再会できたこの奇跡を感謝します……」
子供たちも小さな手をしっかり繋いで、目を閉じている。
アーメン。
そして、部屋が一気に賑やかになった。
「いただきまーす!!」
子供たちが唐揚げを争奪戦。
姉妹たちは「山田姉妹の豚汁、ほんとにおいしいわよ!」とお椀を回す。
男性たちは子供の頭を撫でながら、
「今日はすごいご馳走だなあ」と笑う。
あかりは、隣の女の子に「もっと食べなさい!」とご飯をよそわれ笑顔になる。
そしてミカがそのあかりのお茶碗に唐揚げをのせて、
「ほら、昔みたいに半分こ!」
と、にこにこ。
西村姉妹は、向かいの兄弟に、
「このひじき、最高ね! レシピ教えてくださいよ~!」
と、大声で盛り上がっている。
俺は、膝の上の男の子に豚汁を吹いてさましてやりながら、周りを見回した。
知らない人たちなのに、誰もが、俺を「家族」として迎え入れている。
笑い声が絶えない。
子供たちが走り回る。
誰かがギターを出して、弾き始める。
みんなが自然にハモる。
声が重なって、部屋中が優しい響きで満たされる。
この瞬間だけはすべてが完璧だった。
あかりの笑顔。
ミカの笑顔。
みんなの笑顔。
部屋は笑い声と湯気で満ちていた。
そして……。
みんなが満腹になり、それでもデザートは別腹と、みんながデザートのりんごのコンポートを頬張っている頃だった。
その時、
突然、ピンポーン!と大きな音がした。
「あら?だれかしらインターホンだわ」
山田姉妹が玄関へと走る。
「はーい!」
という声と、玄関の引き戸を開けるガラガラという音がした。
みんなは気にせずデザートをほおばっていた。
しかし……。
「きゃーー!!!」
という、ものすごい声とドスンと言う、人が倒れるような音が聞こえた。
「なんだ?!」
山田兄弟が立ち上がるより早く、
黒いレインコートの覆面男が土足のまま部屋に飛び込んできた。
フードを深く被り、目出し帽で顔を隠している。
右手には、キッチンナイフのような刃物が光っていた。
男は無言で辺りを見回し、あかりを見つけると真っ直ぐあかりに向かって突進した。
刃物が蛍光灯の下でギラリと光る。
俺は咄嗟に、テーブルの上にあった豚汁の鍋を掴んだ。
鍋はカセットコンロで温めなおされ、まだ熱い。
土鍋ごと、男に向かって全力で投げつけた。
ドバァッ!
熱いスープが、男の頭から顔から胸から、容赦なく浴びせられた。
「ぐあああっ!!」
低く、怒鳴るような叫び声が部屋に響いた。
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