第12話 銀座のバー

俺は東條憲一と、銀座の裏にある会員制バーで会った。


東條はいつもの濃紺のスーツだった。

でも、ネクタイがゆるみ、目の下の隈がくっきり浮いている。

だいぶ追い詰められているように見えた。


「おう、便利屋。どうだ?」


俺は進捗を簡単に報告した。

まだあかりの居場所は掴めていない。

意外にエホバの証人の口は固く、時間がかかりそうだ、と。

もっと深く潜入する必要がある、と話した。


東條はグラスを回しながら低い声で言った。


「……そうか」


沈黙が落ちた。


俺は意を決して口を開いた。


「調査の途中で聞いたんですが……

奥さん……亡くなってたんですね」


東條の指がグラスを握る力が一瞬強くなった。


「ああ」


吐き捨てるように答えて、東條は薄く笑った。


「馬鹿な女だったよ。

 あんな宗教にハマって、

 馬鹿正直に輸血を拒んで死ぬなんてな」


その声は軽く聞こえた。

でも目が、まったく笑っていなかった。


俺はその違和感を頭の奥にしっかりと刻んだ。


東條はグラスを空けて立ち上がった。

グラスを置く手がわずかに震えているような気がした。


「とにかく、娘の居場所がわかったら、すぐに連絡してくれ。

 金は、いくらでも出す

 これは今までの分だ」


東條が封筒に入った金をテーブルに落とした。


そして背中を向けたとき東條の肩がわずかに震えているのがわかった。


俺はその背中を見ながら確信した。

この慌て様……。


単なる勘だが……、


こいつ、何か隠してる。

 絶対に。


なんとかして美津子の死について調べる必要がある……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る