第11話 フードコート

フードコートでミカがデザートのパフェをつつきながら言った。


「……そういえば」



「前に佐藤さんが言ってた、東條さんって人……

 あかりちゃんのお父さんですよね?」


俺の心臓がドクンと跳ねた。

西村姉妹もミカをじっと見た。

ミカは俯きながら続ける。


「あかりちゃん、私の親友だったんです。

 一緒に伝道行ったり、夜遅くまで聖書のこと話したり……

 でも、急に会えなくなって。

 SNSも全部消されてて……

 ものすごく心配してるんです」


声が震えていた。


「会衆の上部の兄弟たちに聞いても、

 『家庭の事情で別の会衆に行った』としか言わないし……

 私、ほんとに、どうしたらいいかわからなくて」


西村姉妹が、珍しく真剣な顔で頷いた。


「私も気になってたのよ。

 あかりちゃん、急にいなくなっちゃって……

 ちょっと探してみよっか、ミカちゃん」


ミカの目がぱっと明るくなった。


「え、でも兄弟たちがはっきり言わないのに探したりしていいんですか!?」


「いいのよ。別に友達を心配しているだけなんだから」


俺は完全に渡りに船だった。


「……俺も、便利屋なりに出来ることは協力するよ」


ミカが顔を上げて俺をまっすぐ見た。


「佐藤さん……ありがとうございます」


その瞳に初めて見る「不安」と「希望」が混じっていた。


俺は、胸の奥が熱くなるのを感じた。

しかし同時に打算も渦巻いていた。


――やっと、

 本当の意味で、

 あかりに近づける。


西村姉妹がニヤリと笑って、

「じゃあ決まりね! 三人で探しましょう!」


しかし、そのあと西村姉妹が急に声を落とした。


「……あかりちゃんといえば、美津子姉妹のこともあるわよね」


ミカがスプーンを置いて小さく頷いた。


「うん……あかりちゃんのお母さん。

 がんだったんだけど……

 無輸血で手術できる病院がなかなか見つからなくて……って聞いた。

 それで、結局……」


言葉を濁した。

西村姉妹がため息をついた。


「残念だったわよね。

 美津子姉妹が亡くなってから、あかりちゃんもどんどん元気がなくなっちゃって……

 そりゃそうよね、急にお母さんいなくなっちゃったんだから」


俺は黙って聞いていた。

エホバの証人が輸血をしないってことは何となく知ってた。

でも、

「無輸血で手術できる病院が見つからなかった」

「それで亡くなった」


その言葉が、 頭の奥に静かに刻まれた。

ミカが俯いたまま、小さく呟いた。


「私たち、あかりちゃんのためにもっと何かできたんじゃないかって……

 ずっと後悔してる」


西村姉妹がミカの肩を軽く叩いた。


「神様に委ねたんだから、仕方ないわよ」


俺はコーヒーを一口飲んで何も言わなかった。


ただ、頭の片隅で違和感がチラついていた。

なぜ東條はいままでこのことを一言も言わなかったんだろう?



そのとき。

フードコートの3人からは柱に隠れて死角になる近くのテーブル。


40代後半。

地味なグレーのジャケット。

顔に薄い傷跡。

コーヒーはもう冷めている。


男は、健太たちのいるテーブルを一瞬だけ氷のような目で見た。


そして、素早くスマホでメッセージを送る。


【東條あかりの名前が出た。

 佐伯ミカともう一人の西村という信者と一緒に探す気だ。

 引き続き尾行を続ける】


背後で健太とミカの笑い声が響いている。

フードコートは何も変わらず休日を楽しむ人々で賑わっていた。

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