第9話 祝日のモール

朝から完全にウキウキだった。

こんなにテンション高い休日なんてしばらく記憶にないぞ。


駅前のモール。

待ち合わせ場所の噴水前で俺は腕時計をチラチラ見ながらニヤけてた。


――ミカと2人きり。

 監視なし。

 聖書なし。

 これはもう、デートだろ。


そう思った瞬間、背後から爆弾のような声が炸裂した。


「佐藤さぁぁぁん!!」


振り返ると、ミカと一緒にいたのは集会でハグされたガハハ系おばさん。西村姉妹だった。


50代後半、でっかい眼鏡に派手な花柄ブラウス。

いきなり俺の背中をバンバン叩いてきた。


「よろしくね〜! 今日は私がガードマンよ! ふふふ!」


俺のテンション、一瞬で地に落ちた。


――監視ついてきたのかよ……!

ちらっとミカちゃんの方を見るが、普通にニコニコしている。

監視付きでも特に何とも思っていないようだ。

エホバの証人はこれが普通なのか?!


でも西村さんは完全にテンションMAX。


「さあさあ! 佐藤さんの服選びましょう!

 集会で着られるちゃんとしたの!」


結局、俺のジャケット選びはミカちゃんと西村さんの共同作業になった。

しまいには西村さんのブラウスまで「佐藤さん、これ似合うと思う?うふふ~」と聞かれ、俺が「似合います……」とか答える始末。


昼、フードコート。

テーブルに座った瞬間、西村さんがニヤリと笑って言った。


「今日は買い物に付き合ったんだし、

 佐藤さんのおごりかな〜?」


ミカが「ちょっと!西村姉妹!」って慌ててるけど、

西村さんはもうメニュー見ながら

「ハンバーガーセットとポテト大盛りにしよ〜!」

ってノリノリ。


俺はため息ついて、財布をバンッと置いてヤケクソ全開で宣言した。


「なんでも頼んでください! 俺のおごりです!

 ハンバーガーでもラーメンでも、全部大盛りでどうぞ!」


西村さん「やったー!」


西村さんがガハハ笑ってる横で、俺はミカと目が合って二人で苦笑いした。


そのしばらくあと。

ミカが「ちょっとトイレ!」と席を立った瞬間。


西村姉妹の顔が、ガハハから急に真顔に変わった。


「佐藤さん」


低い、でもはっきりとした声。


「ミカちゃん、可愛くていい子でしょ?」


俺はハンバーガーを口に運ぶ手を止め深く頷いた。


「……はい」


「でもね、手ぇ出しちゃダメよ」


ドスン、と胸にきた。


「え、いや、そんなつもりは……」


「エホバの証人はね、未信者との恋愛は禁止なの。

 あなたは勉強始めて順調だけど、まだ正式な仲間じゃないでしょう?」


俺は言葉を失った。

西村姉妹はさらに続ける。


「たとえ正式な仲間になって、もし付き合ったとしても、

 セックスは禁止よ!」


「せ、セックスって……!」


俺は思わず声を上げてしまった。

フードコートの周りが一瞬、チラっとこっちを見る。

慌てて声を潜める。


「ちょっと、西村姉妹、ここ大勢人がいるんですけど……!」


「だってそうでしょう!?

 エホバの証人は結婚するまでセックスは禁止。」


「ちょっと!またセックスって!」


周りが完全にこっちを見てる。

俺は顔から火が出そうだった。

でも気になってしまった。

「そうなの!?」


思わず聞き返してしまった。

西村姉妹は真剣な目で頷いた。


「世の中の男女問題って、全部セックスがらみじゃない?

だから、セックスは結婚してから!それが聖書の教えなのよ! 」


西村姉妹は指折りしながら、演説を続ける。


「嫉妬、うらみ、元カレ,元カノ、性病、望まない妊娠…… それに〜不倫の泥沼?

 ぜんぶそうでしょ?

 そういう問題から、私たちは守られてるの。

 だからそれが、男女の本来の姿なのよ。

 結婚して責任持てるようになってからそういうことはするものなの」


俺は、ハンバーガーを握りしめたまま完全に固まっていた。マジか……。


――でも確かに、

 西村姉妹、いや聖書の言う通りかもしれない。


ミカが戻ってきた。


「なに話してたんですか〜?」


西村姉妹はパッと笑顔に戻って、


「佐藤さんが太っ腹だって話よ!」


俺は苦笑いしながら、ミカの無邪気な笑顔を見た。

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