第6話 自分が憎い
「いただきます」
手を合わせ、ラーメンを一口頬張る。
熱いけど…美味しい。香珠さんと食べれてる…ってのも関係してんのかな。
「美味しいです!」
「…うん、美味しいですね!よかった!」
…まるで、バラエティを見ているようだ。
テレビの世界の人間が、私の前に存在している。私しか、彼を見ていない。私も、彼にしか見られていない。
今この世界で彼を見ているのは、私だけ。
…いや、私が見ているのは"香珠さん"であって、テレビの世界にいる"翠"ではない…?
「これ、食べたらどうしますか?」
…いやいや、今更何言ってるんだ。
今は晴美さん探しに集中しないと…ね。
「とりあえず、私は寝ようかなって思います。疲れもありますし…本格的な活動は明日からのほうがいいかなって」
「…それもそうですね。じゃあ、明日に備えて早く寝ましょうか」
私は口を動かしながらコクリと頷き、ラーメンを食べ進める。
寒かったからかな、すごい身体に沁みる。
…幸せだなぁ。
――――――――――――――――――――
部屋に戻り、ベッドに飛び込む。
“本格的な活動は明日から”って言っちゃった。本当は、活動なんてしたくないのに。
ただ、香珠さんと一緒に__
「って…何言ってるんだよ」
パチンと両頬を叩き、深呼吸しえ姿勢を整える。…よし、寝よう。ファンならば、推しが困っている時に手助けをするのは当たり前なんだから。少しでも力になるよう、今は寝る。いい手助けができるといいけど。
――――――――――――――――――――
目が覚めると、雨は止んでいた。雲一つない晴天。雷雨が止んだ後とは到底思えない。
私は着替えて、身だしなみをいつも以上に整えて部屋を出る。
廊下の奥に、警察と会話してる香珠さんがいた。香珠さんがこちらに気付く。
「おはようございます」
…明るい笑顔で会釈してくれた。
昨日より元気が戻ったようだ。よかった。
「…あ、香珠さんは何しますか?今日」
香珠さんは少し悩む素振りを見せた後、ニコッと微笑んだ。
「僕は、山の方を探してみます。やれることと言ってもこれくらいしかなくて」
「じゃあ…私も着いていきます!この辺の山は危ないですから…最低でも二人で行動したほうが身のためです」
そう伝えると、香珠さんは目を見開いて私の手を握った。…え、握られてる!?
「ありがとうございます!では、行きましょう」
「は、はい!行きましょう!」
――――――――――――――――――――
冷たい風が吹く山の中。
急な斜面の崖を登り、坂を下り、浅い水の中を歩き、何もないところで転びかける。
そんなこんなで一時間もせず、私の体力は限界を迎えていた。
「晴美ー!晴美ー!」
「晴…美さーん…!」
力を振り絞って声を上げる。…が、思うように声が出ない。息が上がる。
膝に手をついて肩で呼吸していると、香珠さんと目が合った。
「…少し休憩しましょうか」
「だ、大丈夫です!すみません」
香珠さんは私の言葉など聞かず、近くの丸太に腰を下ろした。私も、隣に腰を下ろす。
ペットボトルの蓋を開けながら、香珠さんが口を開いた。
「晴美、生きてるかな」
つい手が止まる。…生きてるかな、ねえ。
「人間は、飲食しなくても三日は持つ可能性がある、と聞いたことがあります。信じましょう」
“人は飲食しなくても三日は持つ”これを悪く言えば、“三日しかタイムリミットがない”ということ。
“早く三日経ってくれ”
心の中で、そう思ってしまう。そんな自分が憎くて仕方ない。
「ですが…この辺は熊の出没もあり得なくはないんです。危ない道も多いですし…なので、食べ物とか以前に…」
チラリと香珠さんの方に視線を向けてみる。
何もないただの木々を、彼は儚い瞳で見つめていた。その瞳は、微かな水…いや、涙で光っていた。
「…大丈夫です!晴美さんも、香珠さんを探しているかもしれません。頑張りましょう」
私は立ち上がり、手を差し出す。香珠さんは弱々しく微笑んだ後、私の手を取って立ち上がった。
「そうですね。よし、頑張ります!」
…手、また握ってくれた。そう思うと、つい微笑みが隠せない。
って、私だけ勝手に期待して…何してるんだろう。
「じゃあ規制されていないところ、探しましょうか」
――――――――――――――――――――
その後、数時間山の中を探した。気付けばもう太陽が沈み始めている。けど、晴美さんは見つからなかった。手がかりもなし。
警察も複数人動いてくれていたらしい…けど。
ベンチで俯く香珠さんを見ると、胸が痛む。…香珠さんなのは分かってるけど、やっぱり__
「翠、なんだよなぁ」
ボソッと呟くと、背後から足音が聞こえた。
「古城さん、ですね」
警察に、突然声をかけられる。
ボーッとしていたので、つい心臓が跳ねた。
「古城さんにもお話、伺いたくて」
「あぁ、分かりました」
そういえば、私が何をしてたのか〜とか、話してなかったな。アリバイってやつ?
私は警察に連れられ、パトカーの中に入る。
ただ、普通の恋がしたかった 如月 @hoshizukisan
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