第5話 活動休止
「…ありがとうございます。あと…アイドル活動ってどうすればいいと思いますか?」
「アイドル…そうでしたね。晴美さんを探すのならば、仕事に行く時間なんてなさそうですし…」
「そうなんですよね。まあ今後のイベントは公表してないですし、少し休止したほうがいいですかね」
…活動休止か。それは流石に寂し…いや…これから晴美さんを探すにあたって香珠さんとの交流が必須になる…?
つまり、活動休止中に私は香珠さんに会えるということ?じゃあ私は…
香珠さんを"独り占め"できるんだ。
「活動休止…したほうがいいかもしれませんね」
「やっぱ…そうですよね。イベントとか撮影の予定も運がいいことにまだないですし、休止するなら今のうちかなぁ」
いちごみるくを飲む香珠さんに釣られ、私も一口飲む。久しぶりに飲んだ気がするな。
私は無意識にちらりと窓を見る。
まだ雨が降っていて、雨音が室内に響く。
時々、雷鳴も聞こえてくる。
「雨…止みませんね」
「ですね。大丈夫かな」
香珠さんのその声は震えていて、唇が紫がかっていた。
「寒いですか?」
「すみません…ちょっと冷えちゃいました」
香珠さんは腕を擦り、大きくため息をつく。
私はベットの上の掛け布団を手に取り、香珠さんの肩に優しく掛けて席に戻る。
「あ…すみません」
「いえ、気にしないでください」
…ずっと、この時間が続けばいいのに。
――――――――――――――――――――
しばらくして、香珠さんは“部屋に戻る”と
この部屋を出ていってしまった。
ドアが閉まった瞬間、雨音が鮮明に聞こえるようになり、無意識に振り向いてしまう。
「晴美さん…ね」
実際、どこで何をしているのかは気になる。こんな大雨の中、森の中で一人でいるのは心細いだろうに。しかも女性。
すると、またコンコンとドアのノック音が聞こえた。吃驚して、肩が大きく跳ねる。
“香珠さんかな”と思い、勢いよくドアを開ける。けど、そこに立っていたのは受付のお爺さんだった。
「夜ご飯、食べたくなったら来てくださいね。待っています」
…香珠さんではなかったけど。
優しくゆっくりな口調で話すお爺さんを見ていると、少し和やかな気持ちになったような気がする。
「ありがとうございます」
香珠さんでも誘って、食べに行こうかな。
明日に備えて、身体作りしておかないと。
――――――――――――――――――――
私はドアを閉め、ベットに寝転がる。
…今更だけど、あり得ないことが起きているんだよね。たまたまキャンプに行ったら
"推し"に会えて…推しの妻が行方不明になって…何だか、私の妄想通りになってしまいそうで少し怖い。けど、思ってしまう。
「…チャンスなのかな」
って。
もちろん不謹慎なのは分かっている。
けど、推しが近くにいて妻が行方不明…
なんて、都合が良すぎるよ。
「翠くん…香珠さん…なんて呼べば…」
すると、コンコンと再度ノック音が聞こえた。もしかして、今度こそ__
「…古城さーん。香珠です。よければ、ご飯食べに行きませんか?」
木の扉越しだけれど、透き通った声が聞こえた。私は椅子にかかっていた上着を羽織り、ドアを開ける。
「是非!行きましょ!」
――――――――――――――――――――
「僕はカレーにします」
「私もカレー…いやラーメン…餃子…炒飯…」
メニュー表を眺めながら、無意識に独り言を呟いてしまう。すると、クスッと香珠さんから小さく笑い声が聞こえた。
「全部美味しそうですよね」
「ら…ラーメンにします!」
すると香珠さんは優しく微笑み、カウンターへ食券を購入しに行った。私も香珠さんに続き、後ろに並ぶ。
「古城さんの分も買いましたよ」
「あ、ありがとうございます!えっと…六百円ですよね」
私は財布を漁り、五百円玉と百円玉を取り出し、香珠さんに差し出す。
しかし、香珠さんは私の手を優しく包み、押し返した。
「いりませんよ」
香珠さんの手が触れていることに驚きながらも、すかさず対抗する。
「いやいや!ただでさえコーヒー牛乳にいちごみるくまで奢ってもらってるんですし…」
「一緒に手伝ってもらうって言ってくれたので…お礼です」
お礼って言っても__
「…私…まだ何もしてないですよ」
「先払いみたいなやつです。あとは、まだ今日の分のお礼返せてないから。お金には余裕あるので気にしないでください」
香珠さんは“大丈夫”と言わんばかりに微笑み、私にラーメンの食券を渡す。
私はそれを受け取り、香珠さんと共に受け取り口付近に立つ。
利用者は私達しかいないから、すぐに料理が出てきた。美味しそうな…いい香りが漂う。
料理を受け取り、椅子に座る。
「じゃあ…食べましょうか。いただきます」
「いただきます」
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