第4話 私はリアコだ

「一応…一緒にいいですか?」


――――――――――――――――――――


その後警察と共に、起きた出来事を翠から聞いた。何時に来たのか、どのような服装なのか。そして


"薪を取りに行ったきり姿がなくなったこと"


「黒色のワンピースで、編み込みボブですか。分かりました」


警察は手元のメモを丁寧に折りたたみ、胸ポケットに入れ込んだ。


「とりあえず、捜索を続けてい…」


その瞬間、ゴロゴロと雷鳴が響き渡る。

警察の腰についているトランシーバーのような物がザザッと音を立て、パトカー内にいる人たちの視線を集めた。


“雷鳴を確認。雷が落ちる可能性があるため、捜索は厳しいかと”


と、トランシーバーから音が聞こえた。

“捜索は難しい”…か。


「じゃあ…僕が探してきます」


翠はパトカーのドアを開け、歩き出そうとした。私はすかさず手を掴み、引き止める。


「僕には、晴美しかいないんです!晴美は…晴美は僕の…」


彼は目を伏せながら、唇を噛みしめる。

手も声も、明らかに震えていた。


「とりあえず、この辺りは大きい木も多いので室内へ移動しましょう」


私達は警察に言われるがまま、室内へ戻る。


――――――――――――――――――――


ここのキャンプ場には、宿泊施設もある。私達はそこで夜を過ごすことにした。


「私は隣の部屋ですので…何かあれば来て下さい」


翠はコクリと頷き、無のまま部屋へ入って行った。欲を言えば同じ部屋がよかったけど、どっちにしろあのテンションなら別室のほうがよかったか。


「狭い…けど落ち着けそう」


私も部屋へ入る。ベッド、椅子、机。シンプルで狭い部屋だけど、逆に良い。

トイレは…部屋を出ないといけないらしい。ちょっと面倒くさいけど。


それより…室内だからかな。外の雨音は、部屋から聞くと癒されるような気がする。

外ではただの雑音でしかなかったのに。


すると、コンコンと扉のノック音が聞こえた。私はドアをガチャリと開け、顔を出す。

そこには__


「あ、翠く…いや…えっと…」


「鈴原香珠です。翠でもいいですよ」


翠…鈴原香珠さんが立っていた。先程よりも柔らかい表情をしている。


「香珠…さん。どうかしましたか?」


「…いえ、気持ちも落ち着いたので少しお話したいなと」


「なるほど…是非話しましょう。私の部屋にどうぞ」


…危ない。あと少し遅かったら部屋を散らかしていた気がする。


――――――――――――――――――――


「あ、これどうぞ」


香珠さんが差し出してくれたのは、先程のコーヒー牛乳と同じ種類のいちごみるく。


「え、いやいや!さっきもご馳走になりましたし…」


「いえ、それくらい迷惑かけてしまったので貰ってください。飲みながら話しましょ」


すると、香珠さんも同じいちごみるくを片手に、ニコリと微笑んだ。

…ほんと、切り替えが早い。流石アイドル。


「突然なんですけど、古城さんはどう思いますか?慰めとかそういうのなしで…晴美がどうなってるのか」


私はいちごみるくを開ける手を止め、香珠さんを見つめる。

…“どうなってるのか”と言われてもなぁ。


「…まだ分かりませんよ。けど、このキャンプ場には危ない崖が沢山ありますし、何より今は雨。正直なところ、助かっている可能性…は…」


“低いと思います”そう伝えようとしたけれど、伝えられるはずがなかった。

香珠さんの瞳には涙。そして、瞬く間にそれは垂れ出す。


「…あ…すみません…」


涙に気付いた香珠さんは、震える手で涙を乱暴に拭う。

…私はただのファン。ただの運が良いファン。だから、私に出来ることは何も無い。

けど__


「これから…捜索活動が本格的に始まるらしいんです。僕も色々と聞き込みをしないと」


推しが泣いていて、苦しそうにしているのに、何もしないファンがどこにいる?

…もう誤魔化せない。ずっと違うと言い続けてきた。気持ち悪いファンだと思われたくなかった。けど…認めよう。

私は完全にリアコだ。ガチ恋勢だ。

折角近付けるチャンスが生まれたのに、それを水に流すほど軽い女じゃない。


「私も…手伝ってもいいですか?」


「…え?」


「推し…が悲しんでいるのに…何もしないなんて出来ません。手伝わせて下さい」


“手伝いたい”と言ったけど、きっと本心ではない。“手伝えば一緒にいれるかもしれない”という、ただの欲望だろう。


「…いいんですか?」


「もちろんです。手伝わせて下さい」


私は自分の手をギュッと握り、香珠さんを見つめる。香珠さんは泣いていた。泣いていたけれど、その表情は微かに、でも確かに柔らいでいた。

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