来世がある

白川津 中々

◾️

 戦乱の世、私達は時代によって引き裂かれ、命を落としました。


「おさち。来世で……泰平の世で、夫婦になろう」


 敦之あつゆき様は最後にそう言ってくれましたが、こうして生まれ変わってみるとなんとも心許なく感じるものです。私だけがこうして前世の記憶を持っているだけで、彼は全て忘れているかもしれないし、覚えていたってどこにいるか……27歳まで操を立ててきたけれど、さっさと忘れて他に男を作ればよかったと思わなくもありません。アラサー男性経験なし。人生設計を間違えたのかも……


「お幸」


「……え?」


 突然背後から聞こえたこの声。

 覚えている。

 凛々しくて、透き通るような爽やかさを感じるこのお声は……


「敦之……様……」


 振り返ると、そこに立っていたのスキニーにロングブーツを履き、黒シャツの上にベストを羽織ったウルフカットのY2K。いや、なんなら2000年代でも痛いまであるファイナルなファンタジーを感じさせる出立ち。まさか、これが……考えたくない……けれど!  


「お幸。久しぶりだな」


 あぁ、やっぱり敦之様だ。よく見ると顔もまんまだ。日サロ行ってけど……似合ってねぇなぁ。しかも小物ダサ。なにそのピアス。骨? どの部位? 意味はなんなの? 全然分かんない。いやぁマジでこの人……ううん。そんな事ない。そんな事ないのよ。この多様性の時代に見掛けで判断しちゃダメ。せっかく焦がれていた方と出会えたんだから、喜ばなくちゃ……


「よかった……よかった! 出会えて!」


 あ、抱きしめてくるんだ。昼のストリートで人目も憚らず。この人もしかしてこの時代の常識を学んでいらっしゃらない? 声もでけーしなんか変な香水振ってるし。なんだこの匂い。ドンキで買ったんか?


「あ、アッツーじゃん。誰その子、彼女?」


「よっすチエ。まぁ、そんな感じ」


 おいおい誰だその女。そん感じじゃねーんだよ。そこは言い切れよ。


「よかったじゃん。じゃ、私急ぐから」


「はいよ」


 はいよじゃないんだよ敦之。お前、なん、なに?


「あの、敦之様」


「なんだい」


「先程の方は……?」


「え? 元カノ」

 

「は?」


「いや、元カノ」


「いやぁ、いい女だったんだけどね。ちょっと合わなくて……」


「……」


「色々付き合ってみたんだけど、やはりお主しかいないと分かった。ここで出会えてよかった、お幸……此度こそ、俺と……」


「あ、すみません無理なんで、さよなら」


「え? ちょっと、お幸……お幸!」


 敦之の叫びを背にして全力ダッシュ。来世も合わせて一番早く走れた気がする。時を超え、27年待った末に現れたのがあれ。そりゃスピードも上がる。まったくこんな悪夢があるか。やはり適当に男作って遊んでおけばよかった……


「……違うな。むしろ逆だ」


 嘆く必要はない。私は仕事もしているし美容にも気を遣っている。人生上手くいっているのだ。男などどうにでもなる。むしろ、ハイスペアラサーで純潔という希少性が武器になる時代だ。これこそ現代。神様仏様ありがとう平成令和に輪廻してくれて。私、これから楽しくいきます。


 疾走が気持ちいい。しがらみがなくなり、なんだかようやく自分の人生を生きられる気がする。よーし、いい男を捕まえよう。もしダメだったら……


「ダメだったら、来世に賭けよう!」


 希望と可能性。私には、それだけしかない。


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