ショートショート『ある研究者の論文』

505号室

本文

人間の眼球に寄生する菌糸類、“スマホ冬虫夏草”の生態と社会的影響


■序論

 近年、スマートフォンの長時間使用が健康に与える影響について多くの研究が行われている。しかし新たな視点として、人体に寄生し、まるで冬虫夏草のように宿主である人間のスマートフォン依存を促進する寄生菌「スマホ冬虫夏草(仮称)」の存在が確認された。本菌は、眼球内に侵入して宿主の行動を操作する特性を持ち、スマホ等が発するブルーライトを主な栄養源として成長する。以下では、その生態や感染過程、および人体への影響について報告する。


■背景

 冬虫夏草は古来より昆虫に寄生し、宿主の行動を操作して自身の繁殖に有利な環境を整えたのちに、最終的に宿主を死亡させ肉体を蝕みながらキノコと成って、胞子を撒くことで繁殖してきた。しかし「スマホ冬虫夏草」は人間への寄生に特化して進化した新種であり、現代のデジタルライフスタイルに適応したと考えられる。本菌の存在は、特に都市部の若年層を中心に急速に広がりつつある。


■観察記録

 本研究では、感染(寄生)が疑われる被験者5名を対象に、感染初期からの12日間の一時経過を記録した。以下は、被験者A(男性 23歳 事務職)のケースである。


・初期(1~3日目)

被験者はスマートフォン使用中に軽い目のかゆみを訴えた。市販の目薬を使用するも改善は見られず、花粉症のように涙が多く見られた。

 翌日には一時的に改善するも、またブルーライトを発する機器の長時間利用に伴い、同様の症状が確認された。単純にスマホ等の機器使用に伴う眼精疲労かと思われたが、被験者の涙を採取し顕微鏡にて確認したところ、涙の中に休眠状態の胞子が確認された。

 この胞子を麻酔をしたマウスの目に定着させたところ、休眠状態が解除され徐々に菌糸を伸ばし始める姿が観察できた。


・中期(4~7日目)

被験者は眼精疲労や目のかゆみと共に、スマートフォンに対する強い依存を示すようになった。特に、就寝前のスマートフォン使用時間が通常の3倍に増加。スマートフォンをどこにでも持ち歩くようになり、入浴時なども手放すことはなかった。

 また7日目には首や肩の凝りを訴えた。検査の結果、血液内に微量の胞子が確認された。


・末期(8~12日目)

 一日当たりのスマートフォンの総使用時間が13時間ほどに増え、感染前の約4.5倍となった。

 肉体に現れる症状としては、強い眼精疲労と首肩の凝りを訴え、目の充血とかゆみ、そして多量の涙の分泌が見られた。

 成分分析検査の結果では、涙に含まれる胞子の量も感染初期に比べ2倍に増えており、血液は胞子の量は初期と変わらなかったが菌糸の死骸が観測された。


■仮説

上記の観察結果から、本菌の生態と感染メカニズムに関する以下の仮説が立てられる。


・ブルーライトによる成長促進 

 スマートフォンやPCから放出されるブルーライト(波長450~480nm)は、本菌の成長を加速させる主要な要因である。

 この成長促進作用は食用として広く知られるシイタケ等でも見られる作用であり、実際に”森林林業研究所”より2012年に出された論文によれば、青色LEDを照射することにより個体サイズの肥大化や培養期間の短縮が見られた。(※1)

 本菌はその性質がより顕著に表れており、いうなればブルーライトに依存する形で成長をしている。

まず風に運ばれた胞子や胞子のついた手指が眼球や目頭に触れることで、休眠状態が解除され徐々に成長を始める。

 外環境にさらされることを避けるため、またブルーライトを効率的に受け取るために、眼底を目指して菌糸を伸ばしていき、網膜付近で定着する。血液を介して宿主である人間の栄養の一部とブルーライトをもとに成長を続けていく。

 成長が進むとその菌糸は脳へと伸びていき、脳内に定着する。しかしながら同様に人間の脳に寄生する寄生虫”トキソプラズマ原虫”のように、宿主に対してトキソプラズマ脳炎等の重篤な被害をもたらすといった事例は2025年11月現在では観測されていない。


・宿主行動の操作

 序論で挙げた冬虫夏草やそのほか宿主に寄生する寄生虫等そのほか生物に広く見られる性質として宿主の行動を操作するというものがある。

 例としては前段に名前を挙げた”トキソプラズマ原虫”は中間宿主であるマウスに寄生した際には最終宿主である猫に捕食されるように、猫への警戒心が緩むようにしたり、猫の尿のにおいに惹かれるように操作したりするなどがあげられる。(※2)

 脳にまで定着した本菌も同様の性質を持っており、網膜でブルーライトの照射を受けると、脳にまで伸びた菌糸を介してそれを感知し、ドーパミンなどに代表される報酬系物質の分泌を過剰に活性化させる。その分泌を受けて、宿主はドーパミン中毒に陥り、集中力や判断力が低下し、スマートフォン依存となりブルーライトをより効率的に受け取れるようになる。

 こうして自身に対して都合の良い環境を作り上げていく。


・繁殖の仕組み

 前段にて効率的に成長を続ける環境を獲得した本菌は、涙嚢(眼球近くにある涙を貯める器官)へと菌糸を伸ばして、涙へ休眠状態の胞子を流し込み、涙を通じて感染を広げる。

 また成長がさらに進行すると菌糸は涙嚢から鼻腔へと繋がる鼻涙管へと到達し、鼻水や唾液に混ざり、一般的な風邪菌やウイルスのように、接触や飛沫感染で繁殖を広げる。


■デジタル社会による異常成長

 観察記録の中期以降にてみられた首肩の凝りについて、血液から胞子が確認されたことも受けて、

より詳細に検査を行ったところ、首肩にも菌糸が筋繊維に定着していたことが確認された。巻き付くように定着することによって筋硬直を引き起こしており、首肩の凝りの原因の一つであると推察される。

 しかし本菌のブルーライトを必要とする性質を踏まえて考えると首や肩にまで菌糸を伸ばす必要はなく、また繁殖においても首肩に到達することが胞子の拡散に役立つことはなく、本菌自体が急速なデジタル社会の進化および発達に対して最適化されておらず、過剰にブルーライトを受けて無駄に菌糸を伸ばしている可能性が考えられる。

 別の仮説として、アリに寄生する冬虫夏草”アリタケ”はアリに寄生して行動を操作し繁殖するのだが、それは脳に侵入し指令を出しているのではなく、筋肉の中で成長し筋肉を操作することで操る。(※3)

 これはつまり人間に例えれば、精神はそのままに体の自由を奪われて勝手に操作されるような感覚に近い。

 本菌も異常成長をつづけ、アリタケと同様に筋肉から体の自由を奪い、精神はそのままに人間の体を自由に操縦する可能性もあるのかもしれない。


■結論

「スマホ冬虫夏草」は、現代のデジタル環境に特化して進化した寄生菌であり、その生態と影響は現代社会にとって深刻な脅威である。本研究では、感染の進行過程と行動操作のメカニズムについて一定の理解を得たものの、根本的な治療法の確立には至っていない。今後の課題として、感染予防策や菌の増殖を抑制する環境整備が求められる。

 過去に、携帯の販売や通信事業を行っているある企業がキノコをモチーフとしたキャラクターを広報に使用していたが、本菌の存在を暗示していたのかもしれない。


■引用文献&リンク

※1)青色発光ダイオードにより光照射がシイタケ子実体の発生に及ぼす影響(2)ー森林林業研究所

https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030922794.pdf

※2)トキソプラズマ感染とげっ歯類の行動変容およびヒトの精神・神経疾患ー国立感染研究所

https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2563-related-articles/related-articles-505/11047-505r10.html

※3)Zombie ant death grip due to hypercontracted mandibular muscles ーコリーン・マンゴールド氏 他

https://journals.biologists.com/jeb/article/222/14/jeb200683/20797/Zombie-ant-death-grip-due-to-hypercontracted

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