運も実力

 さて、この時点で三人中三人がキータグを得ることに成功した。そこで、会場にはある憶測が広がり始める。


――シャッフルが見えた、見えていないに関わらず、早く言い当てを行った人間にキータグが当たるのではないか、と。


 その憶測を確かめるように、勇気ある数人がステージに上がり、キータグを得ようとした。

 だが、結果はどれも同じだった。


「外れです。次の方どうぞ」


 御堂の事務的な声と共に、箱の中から1枚のタグが映し出される。

 名乗り出た者たちは全員、キータグを掠めることすらできなかった。


 その失敗の積み重ねが、逆に最初の三人の異質さを際立たせる。彼らは全員、あの異常な速度のシャッフルをきっちり見切ったということが、より現実味を帯びていった。


 もちろん、主催者側との癒着という線もゼロではない。

 だが玲からすれば、彼らが並外れた動体視力の持ち主であろうことはなんとなく察しがついていた。


 身に纏う空気と身体つき。普通の人間と同じようで、やはりどこか異なっている。今の所、わかりにくいのは軍服の少年、顕著なのは黒井ともう一人の男。


 あの三人はほぼ確実に、普通と一線を画しているはずだ。――どういう理由かは別にして。


 数人が言い当てを終えると、今度は誰も動かなくなった。

 あてずっぽうで行ってもキータグは当たらない。ならば自分の運に任せて当たるのを願う方がいい。多くの人間がそう考えた結果だろう。


 だが暫くすると、そんな空気をぶち壊す声がした。しかもすぐ隣から。


「はーい!」


 やたらと明るく元気な声は、ずっと玲の横にいた男から発せられたものだった。


「お前……」


 玲は驚愕に目を見開き、隣に立つ火狩を凝視する。


「あ、驚いた?」


 火狩は悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑う。


「失敗したら1枚スタートで大損だろ。死にたいのか」


 顔をしかめて玲は苦言を呈したが、彼はキョトンと目を丸くする。まるで心外だと言わんばかりだ。


「そんなわけないじゃん。大丈夫だよ。オレ、この手の運だけは超絶いいから」


 彼はそう言って不敵に笑うと、すぐさまステージに駆け上がって行った。その足取りは、会場の重々しい空気とは対照的でにとても軽い。


 壇上にたどり着くと、火狩はそこにあるこのホールで最も大きなモニターをじっと見上げる。


「うーん……」


 かと思えば、火狩は顎あたりに手を当てて考える素振りを見せ始めた。まさに絵に描いたような悩むポーズだ。

 近くにある御堂のマイクが、彼の「どれにしよっかなー」という気の抜けた独り言を会場全体に響かせる。


「あいつバカだろ」

「正気かよ」


 嘲笑混じりの声がいたるところから聞こえていた。

 実際、玲も同じことを思った。別に火狩の台詞だけから判断したわけでは無い。シャッフルがおこなわれる際、玲は密かに視界の端で火狩の動きを捉えていた。だからこそ、そう思わざるを得ないのだ。


 見る限り、火狩はシャッフルの間一切モニターを見ていなかった。画面には初め少し関心を向けただけ。その後は明らかに諦めたと言った様子で、ただボーっとその場に立っていただけだ。


 つまりこの男は、最初からシャッフルを見切る気がなかったということになる。


「じゃあ、231……やっぱり279番で!」


 だが、火狩はステージ上ではっきりと宣言する。

 画面が動き、5枚のタグが現れる。

 その中に見えたのは、――ハートのクイーン。


「ウソだろ……」


 玲は目を見開き、息を呑んだ。残りの箱の数と、キータグの残数。計算すれば確率はおおよそ4%程度でしかない。


 外せばノーマルタグ1枚からのスタートという圧倒的不利な状況。

 当たる可能性はあるとはいえ、滅多に当たるものでもない。偶然にしては出来過ぎだろう。

 なにかカラクリがあるのかとつい考えてしまうぐらいだ。


 ……もしあるとしたら、火狩が主催者側と繋がっている可能性。最初からあいつに、御堂が勝たせようとしているならば、このゲームは出来レースということになる。

 いや、例えそうだとしても、考えたところで意味はない。

 

 玲は軽く息を吐く。こんなゲームを主催する時点で、最初から目的などわかったものではない。確かめる手段がない以上は、時間の浪費にしかならないだろう。


『オレ、この手の運だけは超絶いいから』


 火狩の裏表ない言葉が頭に浮かんだ。

 直感か、それとも緻密に計算された演技か。どちらにせよ、あの男は底が見えない。なんなんだあいつ。


「イカれてるな……」


 玲は独りごちてため息を吐いた。


「他には、いらっしゃいませんか?」


 考えている間に御堂が言う。ホールは冷水を浴びせられたように静まり返っていた。


 このまま行けば、もう誰もステージには上がらない気がする。そうなると……――潮時だろう。


「…………」


 玲は周囲の様子を確認し、静かにステージへと歩き出した。


 与えられたタグを嬉しそうに持つ火狩とすれ違い、壇上へ登る。火狩は周りが見えていない様子で、こちらに目を向けることはなかった。当てられたことが余程嬉しかったらしい。


 一段ずつ、重い感触を確かめるようにステージの階段を上る。玲を迎えたのは御堂の朗らかな会釈だった。


「ようこそ」


 マイクを通さない小さな声。そして向けられた、値踏みするような視線。


 それは今までのプレイヤーにはなかったはずの反応で、玲は一瞬警戒し、その場で足を止めてしまった。

 彼女は何故か、嬉しそうにこちらを見ている。

 まるで現れるのを待ち望んでいたかのように。

 

 背筋にぞわりと悪寒が走った。


「何番ですか?」


 尋ねられてはっとする。強い違和感を覚えながらも、一度呼吸を整えた。


 答える番号はここに上がる前から決めている。

 今まで獲得された誰とも数字を被らせないのは不可能だ。ただ、少なくとも黒井と同じ数字は避けたい。


 得体がしれないのは他の三人も同じだが、火狩は正直食えないし、あの小さな兄妹とは――できることなら戦いたくない。子供相手は気が引ける。


 だから選ぶのは、消去法の果てに残ったリスクの低そうな選択肢。


「230番」


 現れたタグの中には予定どおり、スペードのジャックが含まれている。


 御堂から手渡された無機質な金属プレート。指先に伝わる冷ややかな感触に、玲は小さく吐息を漏らす。


 これが、このゲームでの命綱。

 それにしてはあまりに軽くちゃちな5枚のタグを、玲は強く握りしめる。


 もしかすると、御堂の考える参加者の命の重みは、この程度の重さでしかないのかもしれない。


 そう思うと、自嘲気味な笑みを浮かべずにはいられなかった。

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