狂ったゲームの招待状
喧騒を抜け、自宅へ続く道を進む。
道の端にはボロ布を纏ってうずくまる浮浪者や、行き場もなくただたむろしている若者たちの姿がある。
薬物にでも手を染めたのか、目が虚ろな奴もいれば、一心に意味のない祈りを捧げる者も。
あたりにそびえるのは腐食が進んだビル群だ。かつて高い技術を誇ったこの国も、今では無惨な廃墟ばかりが立ち並ぶ。
二十年前の恐慌以来、この国は「持たざる者」と「持つ者」の二つ分断された。
富める者はより富み、持たない者たちは私腹を肥やす富裕層の下で肉体を疲弊させながら、最低限の金と食料をやりくりしている。
教育や福祉は機能不全を起こして久しく、その結果、この国で強い影響力を持つようになったのはわかりやすい力だけ。――すなわち、金と権力、そして暴力だ。
路地裏でストリートファイトが流行るのも、行き場のない不満や不安のガス抜きに近いのだろう。誰かを殴り、刺し、あるいは流れる血を見ることでしか己のストレスを発散できない人間が、この国には溢れている。
社会維持のための必要悪と認識されているのか、はたまたキリがないと思われているのか。
治安維持を担う軍も、道端でのいざこざにはあまり口を出してこない。経済破綻後に機能停止した警察に代わり街を闊歩する彼らもまた、暴力を必要とする側の人間らしい。
そんな背景もあって、ストリートファイトの大会企画は各所で定期的に開催されている。
使用できるのは小型の刃物のみ。表向き、未だに殺人だけは厳しく取り締まられることもあり、殺しもなし。治らないような怪我はさせない。
いくつかの暗黙の了解のもと、一定の金額を払えば誰でも参加することができ、優勝すれば金も、その地域での名誉だって手に入る。
まあ、名誉は不要なものでしかないのだが。
玲はハァっとため息を吐く。
欲しいのは金だけだ。そのためだけに、この野蛮人の巣窟でひとりきりで戦ってきた。
――今日までは。
アスファルトを踏みつけるたび、乾いた音があたりに響く。玲は手に持った紙を見つめながら、見慣れた道を淡々と進んだ。
――これが、例のゲームへの紹介状。
ゲームといっても、たかだか気が向いたぐらいで参加できるものではないだろう。
なんせ、命を賭ける、なんて噂が平然と出回るくらいのものだ。
ルールも不明、参加者も不明。わかっているのはエントリーするのにこの紹介状が必要ということ。そして賞金。
玲は手にした紹介状をじっと見つめた。
噂が流れ始めたのはおよそ二ヶ月ほど前になる。
『御堂という大富豪が大掛かりなゲームをやるらしい』
『勝てば15億が手に入る』
『命を賭けるゲームだとか』
『負ければ死ぬって話だけど』
『どこかでゲームに参加するための紹介状が出回っている』
馬鹿らしいガセネタだと始めは思った。だが、ぽっと出た噂にしては、まわっている情報はやけに具体的にも感じられた。
当初は多くが眉唾だと思っていた噂話。しかししばらくすると、それは信憑性のあるものとして扱われることが増えていく。それからもう少し経つ頃には本当に、ゲームへの紹介状が世に出回り始めていた。
馬鹿げたゲームの紹介状。
それでも、15億という異常な額の賞金は、日々の暮らしに不満を持つ貧困層、特に若者たちに夢を持たせているように思う。
まあ、本来なら一生かかっても手に入らない金額だ。ありえないとは思うものの、むしろそんな荒唐無稽な噂にすがらなければ、夢なんて見ていられない。
玲は深いため息を溢した。
今の生活には決して満足していない。日中はただ部屋に篭って自堕落に過ごし、たまにストリートファイトに勝って金を稼ぐ。
生きているのか死んでいるのかもわからない生活をしている自覚もある。このまま金を稼ぎ続けたところで、失った過去は帰らないし、何も変えられはしないだろう。
ふと、手に持った紙切れを月の光に照らしてみる。闇夜に浮かぶ月の光を浴びた紙の端に、微かに透かしが入っていた。
藤の模様だ。
この技術も、かつて国が栄えていたころには一般に使われていたと、父は昔教えてくれた。
どんなにくだらないことを聞いても、あの人は優しく答えてくれた。その傍らで母もまた、柔く目を細めていたような気がする。
温かな書斎の匂いが鼻を掠める。僅かに昔の記憶が巡った。清潔に整えられた屋敷、温かい両親、遊んでくれた使用人たち。
――もう二度と、帰ってこない日常だ。
冷たい風が頬を叩く。
紙自体に書かれているのは開催日時とゲームの開催場所。
賞金額は間違いなく15億と記載されている。
隣に書かれているのは誰かの直筆サインだろうか。達筆なため読むのは難しかったが、かろうじて【御堂】という名前が確認できる。
御堂といえば、この国では名の知れた企業グループが同じ名前を冠している。
――さて、これが本物であればいいが。
そう思って、玲は紙をポケットにしまった。空を見上げれば綺麗な三日月が浮いている。暗闇の中でくっきりとクレーターが浮き出て見えた。
少し思う。
命を賭けるとはどういうことかと。
どんなゲームかは知らないが、少なくとも死ぬ可能性がある危険なゲームだと言われている。
死にたいとは思わないが、死ぬことそのものに恐れはない。このまま腐った路地裏で何もしないでいるよりは、抗って死ぬ方が幾分かマシだ。
もし勝てなくて、何も手に入らずに生きていたなら、その時はまた何もない生活に戻るだけ。
ただどう転んでも、この街に戻ってくるつもりは既になかった。
未練はない。
友人も、親しい人間もここにはいない。
玲は空に向け息を吐く。煌々と輝く月は吉兆の印か不吉の予兆か。
いずれにせよ、ゲームの開始は一週間後だ。
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