異世界ドール ~未知の世界からやってきた外来種について~

夕藤さわな

第1話

 二〇二五年十二月末――。

 地球上の様々な場所に突如として巨大な扉が現れた。その扉は未知の世界へ――地球とは異なる世界へと繋がっていた。


 多くの国や人々が警戒し、規制線を張って限られた人間しか近付けないようにした。でも、そうしない国もそうできない場所もあった。未知の世界へと繋がる扉を私有化する発見者もいた。

 そんなわけで扉が現れて十年が経つ頃には未知の世界からやってきた本や美術品、鉱物や植物、生物などが大手を振ってではないにしても人々の生活のあらゆる場面、場所に入り込むようになっていた。


 そんな中で一大ブームを巻き起こしたのが〝異世界ドール〟と名付けられた生物だ。


 ペットショップに並べられた色とりどりのタマゴ。そのタマゴを三日ほど温めると生まれてくるのが二頭身の、目がくりくりと大きくてほっぺたがぷにぷにと柔らかな人形のように可愛らしい生き物。

 髪の色も目の色も多種多様。獣の耳やしっぽが生えていたり、鳥や天使、悪魔のような羽根が生えていることもある。


 鳥の刷り込みに似た習性があって、タマゴからかえったあと、初めて触れた相手を親だと認識して追いかける。

 二、三才程度の知能を持っているとされるドールたちは〝親〟の真似をしていくらかの言葉を話すようになり、笑ったり泣いたり、歌ったり踊ったりお絵かきをしたりと個性豊かに育っていく。


 日本のとあるメーカーが作っているアニメやゲームの人形によく似ていることから〝異世界ドール〟は〝Kawaii〟という言葉と共に世界中に、急速に広まっていった。ドールが発売されて五年が経つ頃には犬も猫も抜いて飼育数トップとなるほどの勢いで。


 甘えん坊で〝親〟から片時も離れられないドールたち。学校にドールを連れて来る子供が増えて一時期、問題になったがそれも時間が解決してくれた。


 ――先生のドール、可愛い!


 ――ありがとう、結衣ちゃんのドールも可愛いね。

 ――お名前は?


 先生たちもドールを連れて登校して来るようになったからだ。

 ドールをひざに乗せ、あるいは胸に抱き、あるいは机の上にドール専用のイスやベッドを置いて授業を受ける。そんな光景が学校だけでなく、オフィスだけでもなく、日常生活のありとあらゆる場所で見られるようになった。


 ドール依存症、ドールネグレクトという言葉がにわかに囁かれ始めたのもこの頃のこと。

 ドールの世話にかまけて生まれたばかりの我が子を衰弱死させたとか。度を越した執着にドールを取り上げようとした母親を中学生の息子が撲殺したとか。そんな事件が日々のニュースを騒がせた。


 逮捕後、ドールと引き離された〝親〟たちは狭い室内を落ち着きなく歩き回り、怒鳴り散らした。発熱や腹痛、嘔吐といった体調不良を起こす者や幻覚や幻聴に悩まされる者もいた。


 ――薬物依存者の離脱症状にあまりにも似ている。


 そう警鐘を鳴らした者たちもいたけれど、その声は逮捕された〝親〟から引き離されて衰弱死したドールへの悲しみの声と引き離した警察への怒りの声で掻き消された。

 ドールとはそういう習性の生き物なのだからドールと〝親〟を引き離すのは動物虐待である。そういう空気が世界中に広まり、厳罰化する国も多く現れた。ドールに対する虐待は死刑を科すと法律で規定した国もあった。ドール愛好家として有名なとある国の首相が法制化を押し進めたのだ。


 その頃、未知の世界、地球とは異なる世界の住人たちとぎこちなくもコミュニケーションが取れるようになってきていた。言語学者たちの情熱と努力の賜物たまものだ。

 言語学者たちは未知の世界の未知の人々から聞いた未知の話をすべて、どんな些細なことでも、どんな役に立たなそうなことでも書き留めた。

 その中には地球の人々が〝異世界ドール〟と呼んでいる未知の生き物の話もあった。


 ――そんなものは捨てろ。

 ――それは宿主やどぬしの心を惑わし、精気を吸い尽くす寄生生物だ。

 ――憑りつかれたら最後、死ぬまで離れない悪魔だぞ。


 未知の世界の人々が胸ポケットに入れたドールを指さして話したことを、しかし、言語学者たち書き留めなかった。

 彼ら彼女らの研究費を出している国や企業のキーパーソンの中にはドールの愛好家が山ほどいる。それに彼ら彼女ら自身もドールを飼育している。笑いかければにっこりと笑い返し、泣いていれば小さな手で必死になって涙を拭ってくれる。こんなにも可愛らしいドールが寄生生物や悪魔なわけがない。

 言語学者たちは未知の世界の人々がしたドールの話を役に立たない話、書き留めるまでもない話と判断した。何人もが、何度も、未知の世界の人々から話を聞いたのに誰一人として書き留めた者はいなかった。


 ドールの寿命は〝親〟が死ぬときだ。〝親〟が死ぬのを見届けたドールはその数時間後に死ぬ。タマゴをいくつか産んだ後、〝親〟の後を追いかけるように息を引き取るのだ。


 浮気をすることも心変わりをすることもない。生まれたときからずっとずっと可愛らしい姿のまま。一切の比喩なく自分がいなければ死んでしまう存在。

 そんな存在を前に人間の結婚率も出産率も急激に低下していった。平均寿命もまた急激に低下していった。


 ドールを飼い始めてから十五年が経つ頃、〝親〟は精気を吸われ尽くして衰弱死する。


 平均寿命の急激な低下の原因がわかった――というより、原因はドールだとようやく認めるようになった頃には人間は絶滅の危機に瀕していた。


 未知の世界へと繋がる扉が現れた二〇二五年頃、八十億人を超えていた世界人口は一時、二万人以下にまで減少――。


 ***


「現在は十万人にまで回復していますが、滅亡した国、絶滅した人種も相当数いるそうです。隊長が訪れるのを楽しみにしていた〝Kawaii〟文化の中心地、〝ニホン〟は早い段階で滅んでいますね」


「……え?」


「さすがは〝Kawaii〟文化の中心地。ドールへの依存度が異常に高かったようで瞬殺です」


「……瞬殺」


 地球ではグレイ型宇宙人と呼ばれている丸い目と大きい頭、銀色の肌が特徴の彼だか彼女だかは部下の調査結果に呆然とつぶやいた。

 数億光年の距離を進むには彼だか彼女だかの星の技術をもってしても数十年かかってしまう。到着するまでのあいだに故郷で渡された情報と現地の状況が変わってしまっていることなんていくらでもある。

 そのための調査、そのための報告ではあるからある程度は覚悟していたけれども――。


「あと未知の外来種に絶滅に追いやられた経験から今現在の人間たちは驚くほど未知の生物に対する警戒心が強いです。隊長が練りに練っていた〝未知との遭遇〟風登場演出は却下です」


「あんなに練習したのに!?」


「はい、却下です。あと、その可愛さで人間たちを魅了して絶滅の危機に追いやったドールに魅了されなかったおかげで生き残った人間の子孫たちなので〝Kawaii〟という感性は死んでいます。……こちらが現在、子供たちに人気のキャラクターになります」


「〝Kawaii〟が! 〝Kawaii〟が絶滅している! 許せない! 〝Kawaii〟が……〝Kawaii〟が……!」


「落ち着いて。隊長、落ち着いて」


 宇宙のどこかからやってきた彼だか彼女だかは未知の世界からやってきて地球の在来種たる人間を絶滅の危機に追いやった外来種ドールへの殺意で暴れ狂った。おかげで地球の人々との交渉は難航しそうだ。楽しみにしていた〝Kawaii〟との遭遇も絶望的だ。


 地球上の様々な場所に未知の扉が現れて云十年。

 宇宙からやってきた彼らだか彼女らだかとの未知との遭遇まで――あと、云時間。

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