彼女との遭遇

うびぞお

彼女との遭遇

 おおよそ真面目な女子大生であるカヌキさんこと香貫かぬき深弥みやは、無類の映画好きであり、特にホラー映画を好んで観ている。そんなカヌキさんは、大人っぽいけれどちょっとばかしワガママなミヤコダさんこと都田みやこだ架乃かのとお付き合いをしていて、古い一軒家で同棲生活を送っている。

 そんな二人のなり初めなどは、さておいて。





 __________





 わたしと彼女は、出会ってから交際を始めるまでに1年ちょっとの時間が掛かった。

 アパートのお隣さんから友達、友達から親友っぽい距離の近い友達になって、それから今のわたしたちになった。

 そこから更に半年。今では一つ屋根の下で過ごしているわけなんだけど。


 どうして、こんなに一緒にいたいんだろう? 自分でも分からない。


 わたしたちの出会いは、大学に入ったばかりの春で。

 同じアパートの2階で隣同士。大学に鍵やらスマホやら財布やら入ったポーチを落として、アパートの部屋のドアの前で途方に暮れて座り込んでいた。

 助けてくれたのが、隣に住んでいた彼女だった。肌寒い廊下から暖かい部屋の中へ入れてくれたのだ。


 ……その代わり、ぐちゃぐちゃのSFほらぁ映画を見せられたけど。

 あれが、わたしが初めて見たほらぁ映画だった。


 ん?

 あれ? もしかして、あれって初めてのSF映画でもあった、てこと?



「うーん、あれは、確かにSFホラーですね、発見した宇宙船から発生した細胞レベルの生命体の話、っていうとSFなんだけど、実際の画面はホラーですから。70年代って、オカルト映画ブームとスペオペ映画ブームの両方が始まってるんです……」


 夕飯を食べる手を止めて、彼女が映画について語り出す。その視線の先には、おかずの焼き魚があるのだけれど、彼女の目は頭の中に浮かぶたくさんの映画を観ているに違いない。そうなると、彼女の視界から、わたしも消えてしまう。寂しいけれど、そういう時の彼女の瞳が綺麗だから、それでいい。

 なんて思いながら、わたしは彼女の話を聴いてるフリして聞き流してる。


「ねえ、じゃあ、わたし、SF映画って見せてもらったことあったかしら? 」

「……えっと、見たとしてもSFホラーばかりですね」

 だよね。彼女の普通の映画って、ほらぁ映画だもの。

「今度の週末の夜にでも、時間があるなら、SF映画を観ましょうか、どんなのがいいですか?」

「……どんなのって言われても分かんないわ」

 わたしは彼女に会うまで、ろくに映画を見ていなかった。付き合いで見たことはある、けれど、ホントにただの付き合いだったので、何を見たのか覚えてないくらいだ。だから、どんな映画が観たいのって尋ねられても困る。

「メジャーなところでいいかな。有名どころで『スターウォーズ』とか」

「May the Force be with you(フォースと共に在らんことを)ね」

「なんで、それだけ知ってるんですか? 」

「ちゅーがくの時のえーごの先生がよく言ってたの」

 彼女が肩をすくめた。なんとなく、彼女は、スターウォーズを選ばない気がした。

 

 

 結局彼女が選んだのは、印象的な5音のメロディーが流れる昔のSF映画だった。

 UFOに誘われるように集まった人たちが、UFOに乗ってと一緒に旅立つ物語だ。

 ちょっと感動。


「Close Encounters of the Third Kind……?」

 わたしが原題をつぶやく。

「直訳すると、第三種接近遭遇だそうですよ」



 

「第一種接近遭遇は、近くでUFOを目撃すること」

  

 彼女がそう言った時、わたしの記憶が突然蘇った。


 大学に入学したばかりの春。まだ、入学式から1日、2日、というところ。アパートの部屋から出ると、階段の下の駐輪場から黒髪セミロングの小柄な女の子が自転車を出しているところだった。わたしが部屋を出る少し前に隣の部屋のドアの閉まる音がしていたから、あれは、同じアパートに住んでいるお隣さんだ、と思った。横顔が幼くて、一瞬、私服の高校に通う高校生かと思ったくらい。

 お隣さんは、颯爽と自転車にまたがって大学へと向かっていく。

 今度会ったら、挨拶しなきゃ、そんなことを思った。


 

「第二種接近遭遇は、UFOが何かしら影響を与えること」 


 大学の掲示板が置かれているピロティで、彼女と一度すれ違っている。

 あ、お隣さん。同じ大学なんだ。何年生だろう?

 わたしは気付いたけれど、彼女はわたしのことを見ていないから、わたしが隣人だと知らない。

 やっぱり小さい。150cmあるかないか?

 メガネ掛けてたんだ。真面目そう。……可愛い。

 今度こそ、ちゃんと挨拶しよう。

 そう思いながら、少しだけ彼女を目で追った。

 この後の自分たちがどうなるかなんて、もちろん、何も知らなかったけれど。




「第三種接近遭遇。UFOに乗っている人と接触すること」

 

 あの日のわたしと彼女だ。


「あはは、今思うと、私たちが出会った日は、いわば第三種接近未知との遭遇ですね」


 彼女がわたしと同じことを考えたことが嬉しくなる。


「第四種接近遭遇から、えっと、第九種まであるんですね、知らなかっ……」


 わたしは話している彼女に接近し、




 遭遇ではなく、接触し、侵略を開始することにした。



 レミドドソ


 映画で何度もリフレインした音階が聴こえた気がした。


 

 




 


 

 

 


 

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

ネタにした映画

「未知との遭遇」(1977)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女との遭遇 うびぞお @ubiubiubi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画