第5話武装とは、思想である
泉帝国中央庁舎・第二会議室。
前回の円卓よりも小さな部屋だが、空気はさらに重かった。
ここに集められたのは、軍務卿、長老数名、技師代表、内政官アイン、そして鈴木龍太。
議題は一つ。
――泉帝国の「新しい抑止構想」について。
「結論から言おう」
最初に声を上げたのは、穏健派として知られる長老リュネだった。
「我々は、武装思想そのものに反対だ」
室内が静まり返る。
「この国は、
“魔法を持たぬ者が、知恵と協力で生きる国”として建てられた。
武力に頼らぬことこそが、泉帝国の誇りではないのか?」
「同意する」
別の長老が続く。
「武器を持てば、いずれ使う。
使えば、我々は魔法国家と同じになる」
龍太は腕を組み、黙って聞いていた。
軍務卿が低く唸る。
「だが現実を見ろ。
大清全帝国は、すでに我々を試している」
「だからこそ、だ!」
リュネが机を叩いた。
「我々が武装すれば、
“やはり危険な思想国家だ”と証明するだけだ!」
全員の視線が、龍太に集まる。
アインが小さく言った。
「……説明してくれ。
君は、この国を“武装国家”にしたいのか?」
龍太は、ゆっくりと口を開いた。
「いいえ。
私はこの国を、武装しないと滅ぶ国家だと定義しているだけです」
ざわり、と空気が揺れる。
「違いが分からん!」
軍務卿が声を荒げる。
「分からなくていい」
龍太は冷静だった。
「ですが、聞いてください。
私は“使うための力”を提案していません」
彼は机に置かれた資料には触れなかった。
数字も、図も、示さない。
代わりに、言葉だけを置く。
「私が提案しているのは、
相手が勝手に計算を狂わせる存在になることです」
「……計算?」
「ええ」
龍太は会議室を見渡す。
「大清全帝国は、我々を
“魔法がなく、攻撃手段も乏しい国”として見積もっている。
だから侵攻の損失が、計算可能なんです」
「だが、もし――」
彼は一拍、間を置く。
「もし“理解できない力”が存在したら?」
沈黙。
「使われるかどうか分からない。
だが、存在するだけで被害予測が立たない。
そうなれば、彼らは踏み出せません」
長老の一人が、苦々しく言った。
「……それは、脅しだ」
「いいえ」
龍太は首を振る。
「これは、防御です」
「言葉遊びだ!」
「違います」
龍太の声が、初めてわずかに強くなる。
「泉帝国は、
すでに“思想”という武器を持っている。
魔力がなくても国家は成り立つ、という思想です」
誰も否定できなかった。
「大清全帝国は、それを恐れている。
だから観察している」
龍太は、静かに言葉を重ねる。
「ならば我々は、
“恐れられている自覚”を持つべきです」
リュネは、深く息を吐いた。
「……君は、我々が純粋であることを、捨てろと言うのか」
「いいえ」
龍太ははっきり答えた。
「守れ、と言っています」
「純粋さは、
守られて初めて意味を持つ」
その言葉は、刃のようではなく、
重い現実として、会議室に落ちた。
長い沈黙の後、アインが口を開く。
「……試験運用はしない。
だが、“存在させる”ことは許可する」
軍務卿が驚き、長老たちがざわめく。
「公表もしない。
だが、破棄もしない」
それは、妥協だった。
龍太は、小さく頷いた。
(十分だ)
会議が終わり、人々が去る。
最後に残ったリュネが、龍太に問いかけた。
「君は……
この国が、戦争を避けられると思っているのか?」
龍太は即答しなかった。
「避ける努力は、できます」
「勝つ気は?」
「ありません」
静かな声で、彼は言った。
「負けない気はあります」
泉帝国は、この日、
武器を手にしたわけではない。
だが――
“覚悟”という思想を、初めて共有した。
それが、
この国を最も変えた出来事だった。
異世界に転生した成功者、魔法の世界で魔力を持たないが努力で成功する。 雫tv @aWrtyijSe36
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