第4話観察者たちの帝国
大清全帝国・天衡宮。
白玉と金で飾られた広間に、濃密な魔力が満ちていた。
柱に刻まれた魔法陣は脈動し、帝国そのものが呼吸しているかのようだ。
「報告を」
玉座の前にひざまずいたのは、東方監察官・劉文清(りゅう・ぶんせい)。
「泉帝国――魔力を持たぬ者たちの国。
人口は少なく、魔法戦力はほぼ皆無。
しかし、国家としての崩壊兆候は見られません」
重臣たちがざわつく。
「ありえん。魔法なしで国が保てるはずがない」
「内部反乱は?」
「統治の混乱は?」
劉文清は首を横に振った。
「確認できません。
むしろ――秩序は異様なほど安定しています」
沈黙。
宰相・張瑞安がゆっくりと口を開いた。
「魔法を使わぬ理由は?」
「思想です。
“魔力は個に依存する。だが仕組みは誰でも使える”
彼らは、そう考えているようです」
その言葉に、老将軍が鼻で笑った。
「愚かな理屈だ。
魔力こそが天の恵み。選ばれぬ者は従うべき存在」
「……その“選ばれぬ者”が、増え続けています」
劉文清の声が低くなる。
「我が国でも、魔力を持たぬ者は一定数生まれています。
泉帝国の存在は、彼らに“別の生き方”を示す」
宰相の目が細くなった。
「だからこそ、すぐに滅ぼさなかった」
「はい。
力で消せば、“正しさ”が残ります」
張瑞安は静かに結論づけた。
「泉帝国は――思想災害だ」
「では、どう処理しますか?」
「観察を続ける。
可能なら内部に入り、分解し、利用する」
玉座の奥で、皇帝が初めて言葉を発した。
「……最近、泉帝国に“異物”が流れ着いたと聞くが?」
「はい。
魔法を使えぬが、異常な知識体系を持つ男。
国政に関与し始めています」
「異世界の者、か」
皇帝は小さく笑った。
「面白い。
しばらくは、泳がせよ」
大清全帝国は、まだ理解していない。
泉帝国が変わり始めた“理由”を。
そして、泉帝国では
地下の工房。
魔法灯の代わりに、安定した油灯が並ぶ。
壁には図ではなく、「概念」を示す板書が貼られていた。
「魔法に頼らない“遠距離の抑止力”が必要だ」
鈴木龍太の言葉に、技師たちが息を呑む。
「剣や弓では、大清全帝国には届かない」
「だが、我々には魔法がない……」
「だからこそだ」
龍太は静かに続ける。
「個人の才能に依存せず、
訓練で再現でき、
集団で運用できる力」
誰かが、震える声で言った。
「……武器、ですか」
「違う」
一拍置いてから、龍太は否定した。
「これは“均衡”を作るための道具だ」
彼が示したのは、
魔法ではなく、火薬でもなく、
**“仕組みとしての力”**という考え方だった。
「泉帝国は、戦争をしたいわけじゃない。
だが――舐められたままでは、必ず滅ぶ」
工房の奥で、金属が静かに打たれる音が響き始める。
それはまだ、
名前すら与えられていない“概念”にすぎない。
だが後に、大清全帝国は知ることになる。
魔法では止められない秩序が、
泉帝国で、静かに形を取り始めたことを。
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