第3話合理と感情、そのどちらが国を守るのか

泉帝国中央庁舎――

石造りの円卓の間には、重苦しい空気が漂っていた。


円卓を囲むのは、泉帝国の中枢を担う者たち。

建国に関わった古参、現場叩き上げの将官、内政官、そして――異世界から来た男、鈴木龍太。


「まず前提を確認しよう」


低い声で口を開いたのは、長老格の一人、グラードだった。


「我々は“魔力を持たぬ者の国”だ。

 武力も資源も乏しい。だからこそ、余計な刺激は避けねばならん」


龍太は黙って聞いている。


「だが近頃、国境付近の動きが妙だ」


内政官アインが資料を広げる。


「東方に位置する大清全帝国。

 大規模魔法国家であり、この大陸最大の人口と魔力量を誇る国だ」


その名が出た瞬間、室内の空気が一段重くなった。


「偵察魔法の増加、交易路への圧力、難民の流入……」


「偶然ではない、ということだな」


龍太が初めて口を挟んだ。


視線が一斉に集まる。


「君はまだ、この世界の政治を理解していない」


軍務卿の一人が苛立ちを隠さず言う。


「大清全帝国は魔法文明の象徴だ。

 我々の存在自体が、彼らの価値観を否定する」


「だからこそ、分析が必要だ」


龍太は立ち上がり、円卓の中央に歩み出た。


「感情論は置いてください。

 彼らが“いつ・なぜ・どの手段で”動くか。それを整理しましょう」


ざわめきが起きる。


「無礼だぞ」


「無礼なのは承知です。ただ――」


龍太は淡々と続けた。


「大清全帝国は、まだ侵攻していない。

 それが答えです」


「何?」


「彼らは力で押し潰せる。にもかかわらず、様子見をしている。

 理由は三つ」


彼は指を一本ずつ立てる。


「一つ。泉帝国の実態が不明。

 二つ。魔力を持たぬ国が“どうやって成り立っているか”を知りたい。

 三つ――」


一瞬、間を置く。


「失敗したくない」


「失敗?」


「ええ。

 もし泉帝国が“魔法なしでも機能する国家”だと証明された場合、

 それを武力で潰す行為は、国内の魔力を持たぬ者たちに疑問を抱かせる」


長老たちの表情が変わった。


「つまり彼らは、

 我々を消す前に、我々を理解し、利用し、分解したい」


沈黙。


アインがゆっくり息を吐いた。


「……では、どうすべきだと?」


「簡単です」


龍太は円卓に手を置く。


「こちらから“見せる”。

 だが、核心は見せない」


「危険すぎる!」


軍務卿が声を荒げる。


「交流は侵略の前段階だ!」


「逆です」


龍太は即答した。


「交流がある限り、全面侵攻はできない。

 彼らは“観察対象”を壊せません」


「君は……我々を餌にするつもりか?」


「違う」


龍太の目は冷静だった。


「これは推理です。

 相手が最も嫌がる選択肢を選ぶだけ」


円卓の中央で、理性と恐怖がぶつかり合う。


長老グラードが、深く目を閉じた。


「……鈴木龍太。

 君は、この国を守れると本気で思っているのか?」


「ええ」


即答だった。


「魔法はありませんが、

 この国には“再現可能な仕組み”がある。

 それは、どんな魔法よりも強い」


長い沈黙の後、グラードはゆっくり頷いた。


「よかろう。

 まずは君の案を、小規模で試す」


会議が終わり、人々が席を立つ。


アインが小声で言った。


「……敵に回したな、上層部の半分を」


「想定内です」


龍太は静かに答えた。


(次は――敵国の内部を推理する)


大清全帝国は、まだ気づいていない。


自分たちがすでに、

“分析対象”に入っていることを。

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