第2話魔法のない国で、当たり前を疑う

泉帝国の朝は、静かだった。


鈴木龍太は、木製の簡素な宿舎の一室で目を覚ます。

天井は低く、梁がむき出しになっている。装飾はほとんどないが、無駄もない。


「……寝具の構造は悪くないな」


最初に出た感想がそれだったことに、龍太自身が少し驚いた。

異世界に来たという現実を、まだ完全には飲み込めていない。それでも彼の思考は、いつも通り“評価”から始まる。


部屋を出ると、廊下ですれ違う人々が一様にこちらを見て、軽く会釈をした。


「おはようございます」


年齢も性別もばらばらだが、口調は丁寧で統一されている。

そこに、恐怖や卑屈さはない。


(差別されてきた人間の集まり、という話だったが……思ったより落ち着いている)


外に出ると、帝国の街並みが広がっていた。

石と木を組み合わせた建物が整然と並び、道はきちんと区画されている。

露店では金属製の簡易工具や、手作りの器具が売られていた。


――魔法の気配が、ほとんどない。


「不思議だろう?」


声をかけてきたのは、三十代ほどの男だった。

黒い外套を着ており、胸元には泉帝国の紋章が縫い付けられている。


「私はアイン。泉帝国の内政官だ。君の案内役を任されている」


「鈴木龍太です。……確認ですが、ここでは本当に魔法を使わない?」


アインは苦笑した。


「使えない者が大半だからね。使える者もいるが、原則は禁止だ」


「禁止?」


「魔法は便利だ。だが、使える者と使えない者を分断する。

 この国は、それを嫌った」


龍太は足を止め、街を見渡す。


歯車式の水汲み装置。

人力で回す簡易クレーン。

記録用と思われる木板と紙束。


(魔法がない前提で、社会設計をしている……)


それは、彼の世界で「インフラ未整備地域」に対して行ってきた設計思想と酷似していた。


「この国、いつできた?」


「約三十年前だ。魔力を持たずに生まれた者たちが、逃げ続けた末に集まった」


「三十年で、ここまで?」


「必死だったからな」


アインの言葉は短いが、重みがあった。


二人は工房地区へ向かった。

そこでは、多くの人々が同じ型の部品を黙々と作っている。


「分業制か」


「知っているのか?」


「当然だ。効率がいい」


龍太は、作業工程を一つひとつ観察する。

誰がどこでミスをしやすいか、工具の配置、動線。


「この工程、改善できる」


アインが目を見開いた。


「まだ何も説明していないが?」


「十分だ。

 作業者の集中力が切れる位置に、重要工程がある。

 あと、部品規格が微妙にズレてる」


「……それは、ずっと問題になっている」


「魔法があれば、力業で誤魔化せる。

 でも、ここは誤魔化せない。だから――伸びしろがある」


その言葉に、アインはしばらく黙り込んだ。


「君は何者なんだ?」


「ただの経営者だ。前の世界ではな」


昼食は共同食堂だった。

質素だが、栄養バランスは考えられている。


「統計でも取ってるのか?」


「簡単なものだがな。病気が出ると、すぐ広がるから」


「合理的だ」


龍太はスプーンを置き、真剣な表情でアインを見る。


「率直に言う。この国は、今後必ず狙われる」


「……やはり、そう思うか」


「魔法国家から見れば、危険思想の塊だ。

 “魔力がなくても生きられる”なんて、証明されたら困る」


アインは静かに頷いた。


「だから君を、上に引き合わせたい」


「断る理由はない」


龍太は、初めてこの世界で“仕事”を引き受ける覚悟を決めた。


(魔法はない。

 だが、論理はある。

 そして――推理する余地が、山ほどある)


泉帝国は、まだ知らない。


この男が、

戦争を「謎解き」として扱う存在であることを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る