第5話 製本完了

地下の記録室に、いつもと違う音が混じっていた。

紙を束ねる音ではない。金属が噛み合い、一定の間隔で圧をかける、低い音。


「製本機、動かします」


ヨモギがそう告げると、シャルロットは軽く頷いた。

止める理由はなかった。


机の上には、同じ厚みの冊子がいくつも並んでいる。

表紙には、部隊番号、期間、そして「戦時記録」とだけ記されていた。


「終戦、という噂が回っています」

ヨモギが、独り言のように言う。


「公式通達ではありません」

シャルロットは書類から目を離さない。


「ですが、補給申請が止まりました」

「そうですか」


クラストは、冊子の一つを手に取った。

思ったよりも重い。中を開くと、整った文章が並んでいる。


「……きれいですね」


「規定通りです」

シャルロットは答える。


「戦争が、こんな形になるとは」


「戦争は、いつもこの形になります」

シャルロットは淡々と言った。「終わったあとは」


クラストはページをめくる。

第何日、どこそこ部隊、損耗、整理、名誉、想定外。

どれも見覚えのある言葉だ。

だが、自分の記憶と重なる部分はなかった。


「この中に……」

彼は言いかけて、言葉を止める。


「何か?」

シャルロット。


「いえ」


言えなかったのは、誰のことか分からなかったからだ。


製本機の音が止まる。

ヨモギが、完成した一冊を持ち上げる。


「これで、確定です」


「保管番号を振ってください」

シャルロットが指示する。


「了解しました」


背表紙に番号が書き込まれる。

それで、その冊子は「記録」になった。


「これで、戦争は……」

クラストは再び口を開いた。


「記録されました」

シャルロットが言う。


それ以上でも、それ以下でもなかった。


扉の外で、誰かが足を引きずる音がした。

負傷帰還兵かもしれないし、別の誰かかもしれない。

扉は開かれなかった。


「次は?」

ヨモギが尋ねる。


「棚に戻して、次の束を待ちます」

シャルロットは言う。


冊子は棚に収められる。

隙間なく、同じ高さで。


地下の記録室に、また静けさが戻った。

戦争が終わったのかどうかを、確認する者はいなかった。

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戦後の記録室で言葉を選ぶ【異世界】 zakuro @zakuro_1230

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