第五話「やさしさの紋章」
訓練所の朝は、いつも同じ匂いがする。
木の床、汗、鉄――そして、少しの緊張。
アルマは剣を握り、いつもの部屋で一人、型の練習をしていた。
ここは初心者用の訓練室。
同じ年代の冒険者見習いたちが、日替わりで使う場所だ。
……けれど。
「……あ」
ふと視線を感じて、アルマは剣を止めた。
部屋の隅。
木箱に腰掛けて、こちらを見ている少年がいる。
柔らかそうな茶色の髪。
少し垂れた目元が、どこか眠たそうで――でも優しい。
確か、同じ部屋を使っているはずなのに。
今まで、一度も話したことがなかった。
「えっと……」
声をかけようとした、その瞬間。
「最近、すごく頑張ってるよね!」
先に話しかけてきたのは、彼のほうだった。
少し照れたように笑いながら、続ける。
「毎日、剣振ってるの見てたからさ」
「……!」
アルマは一瞬、言葉を失った。
見られていた。
でも、それは嫌な感じじゃなくて。
「……ありがとう」
少しだけ、胸が温かくなる。
「僕、クラム。君は?」
「アルマ。ウォーリアー……です」
「そっか。アルマ!」
名前を呼ばれただけで、なぜかくすぐったい。
それから、少しだけ一緒に練習することになった。
クラムは前に出て戦うタイプじゃない。
剣を振るより、アルマの動きを見て、応援する。
「今の踏み込み、すごく良かったよ」
「え、そ、そう?」
褒め方が、やさしい。
飾り気がなくて、まっすぐで。
――一緒に冒険、できたらいいな。
ふと、そんな考えが浮かんでしまう。
そのとき。
アルマが剣を振り抜いた拍子に、腕を少し切ってしまった。
「っ……」
「だ、大丈夫!?」
クラムが慌てて駆け寄る。
「このくらい……」
そう言いかけたとき、クラムがそっとアルマの腕に触れた。
「……ちょっとだけ、我慢してね」
次の瞬間。
温かい光が、ふわりと広がった。
「……え?」
傷口が――消えている。
血も、痛みも、まるで最初からなかったかのように。
「……今の……?」
「回復だよ」
クラムは、少し困ったように笑った。
「補助系〈サポート〉の紋章。回復が、使えるんだ」
アルマは息をのむ。
回復は、本来とても難しい。
集中と時間が必要で、初心者が簡単に使えるものじゃない。
「……触れただけで……?」
「うん……たぶん……」
クラムは自分の手を見つめる。
「昔から、こうなんだ」
アルマは、その手を見る。
――ただの回復じゃない。
直感で、そう思った。
「……すごい」
その一言に、クラムは少し照れたように笑った。
「ありがとう」
夕方、訓練室を出るとき。
「また、明日も来る?」
クラムが聞いた。
「うん」
アルマは即答した。
「……一緒に練習、しよう」
「うん!」
その笑顔を見て、アルマは思う。
剣の強さだけじゃない。
支えてくれる誰かがいることが、こんなにも心強いなんて。
こうして、アルマは初めての“友達”を得た。
まだ一緒に冒険はしていない。
けれど――その未来は、もうすぐそこにある気がした。
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『紋章剣士 ―仲間と刻む未来―』 モカ @arata1011
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