第三話「紋章が応えるとき」

訓練場に通う日々が、いつの間にか当たり前になっていた。


朝、剣を振る。

昼、身体を鍛える。

夕方、もう一度剣を握る。


アルマは一度も手を抜かなかった。

昨日よりも一歩前へ。

昨日よりも、ほんの少しだけ強くなるために。


「……いい……」


木陰から、ミカゲが静かにその様子を見ていた。

恥ずかしがり屋な彼女は、声をかけるタイミングをいつも迷う。

だが、この数日で、アルマの動きははっきりと変わっていた。


剣筋は鋭く、無駄がない。

踏み込みは深く、体重移動も自然だ。

何より――反応が異常なほど速い。


「……そろそろ……かな」


ミカゲは小さく呟いた。


「今日は……ちょっと……違うこと、やろう……」


いつもの基礎練習を終えたあと、ミカゲはそう切り出した。


「違うこと……?」


「うん……紋章の……使い方」


アルマの目が、ぱっと輝く。


「スキル、ですか?」


「……そう」


ミカゲは剣を抜き、アルマの前に立つ。


「紋章は……ただ強くする力じゃない……」

「使う人の……想像に……応える……」


アルマは息をのむ。


「イメージ……?」


「自分が……どう戦いたいか……」

「何を……守りたいか……」


ミカゲは、静かに剣を構えた。


「だから……同じ攻撃系でも……スキルは……人それぞれ……」


そう言って、剣を一閃。


次の瞬間、空気が裂けたような音が響く。

速く、正確で、迷いのない斬撃。


「……これが……私のスキル」


アルマは、思わず息を止めていた。


「アルマも……考えてみて……」


ミカゲの言葉に、アルマは目を閉じる。


――どう戦いたい?


力で押し切る。

正面から叩き潰す。


それも、ウォーリアーらしい戦い方だ。

でも、それだけじゃない。


アルマの脳裏に浮かんだのは――

相手の攻撃を、紙一重でかわし、弾き、崩す自分の姿。


「……受け流す」


剣で受け止めるのではない。

ぶつかるのでもない。


相手の力を、斬撃で“裁く”。


「タイミング……」


ほんの一瞬。

わずかなズレ。


「……これだ」


アルマは目を開き、剣を構えた。


「ミカゲさん……少し……打ってきてもらえますか?」


「……無理は……しないで……」


ミカゲはそう言いながらも、軽く踏み込む。


――来る。


アルマの感覚が、研ぎ澄まされていく。

紋章が、微かに熱を帯びる。


剣が振られた、その瞬間。


「――今!」


キン、と澄んだ音が響いた。


アルマの剣が、相手の刃を弾き、同時に一閃。

目で追えないほど速い斬撃が、空間を切り裂く。


次の瞬間、ミカゲの剣は弾かれ、動きが止まっていた。


「……っ」


沈黙。


アルマ自身が、一番驚いていた。

心臓が激しく打ち、剣を握る手が震える。


「今の……」


ミカゲは目を見開いたまま、しばらく動かなかった。


そして――ゆっくりと、深く息を吐く。


「……すごい……」


アルマは、はっと我に返る。


「ご、ごめんなさい……!」


「違う……」


ミカゲは首を振り、少しだけ笑った。


「……あれは……スキル……」


「名前……ある……?」


アルマは少し考え、口を開いた。


「……ジャッジ」


「裁く……みたいに……弾いて……斬るから……」


ミカゲは、何度も小さくうなずいた。


「……いい名前……」


そして、はっきりと告げる。


「反射神経……異次元……」

「アルマだから……できる……」


その言葉に、胸が熱くなる。


「……ありがとう……」


「……これから……もっと……強くなる……」


ミカゲは少し照れながら、いつものように言った。


「……今日は……お疲れ様」


夕焼けが、訓練場を赤く染めていた。


アルマは剣を胸に抱き、空を見上げる。


――また明日も、頑張ろう。


努力は、確かに力になっている。

そして、紋章は――アルマの想いに、応え始めていた。

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