第二話「剣を振るう理由」

朝の訓練場は、ひんやりとした空気に包まれていた。

まだ日も高くない時間帯だというのに、すでに剣を振るう音がいくつも響いている。


アルマはその一角で、一人黙々と剣を振っていた。


「……っ」


昨日の依頼の疲れが、まだ身体に残っている。

腕は重く、踏み込みも鈍い。

それでも、アルマは剣を下ろさなかった。


――弱いままじゃ、終われない。


斬る。

構え直す。

また斬る。


動きは決して派手ではない。

けれど、一つ一つを確かめるように、真剣だった。


「……その振り、力が逃げてる」


突然、背後から声がした。


アルマは驚いて振り向く。

そこに立っていたのは、黒髪を後ろで束ねた女性だった。

年上だとすぐに分かる落ち着いた雰囲気。

腰には使い込まれた剣が下げられている。


「え、あ……」


「ご、ごめん……勝手に……」


女性は少し視線を逸らしながら、もじもじと指先を動かした。


「でも、そのままだと……腕、すぐ疲れる……」


「……先輩、ですか?」


「う、うん……ミカゲ。ウォーリアー……」


名乗る声は小さいが、その佇まいには無駄がなかった。

アルマは直感する。


――この人、強い。


「アルマです。昨日、冒険者登録したばかりで……」


「そ、そう……」


一瞬の沈黙。

ミカゲは少し考えたあと、意を決したように口を開いた。


「……練習、見る?」


ミカゲの指導は、思っていたよりずっと厳しかった。


「違う……そこ……」

「踏み込み、浅い……」

「剣を振る前に、もう一歩……考えて……」


言葉は短く、表情もあまり変わらない。

だが、指摘はすべて的確だった。


「はっ……!」

「……もう一回」


何度も繰り返す。

腕が上がらなくなっても、足が震えても。


それでも、ミカゲは決して適当な妥協をしなかった。


「……でも……今のは、よかった」


その一言で、アルマの疲労は少し和らぐ。


昼を過ぎ、夕方になる頃には、アルマは汗だくで立っていた。

けれど、不思議と身体は軽い。


剣を振る感覚が、昨日とは明らかに違う。


「……すごい」


「真面目に……やったから……」


ミカゲは少し照れたように視線を逸らし、続けた。


「一日で……ここまで変わるのは……珍しい」


アルマは息を整えながら、ミカゲを見る。


「私……強くなれますか?」


その問いに、ミカゲは少し驚いたように目を瞬かせた。


そして――小さく、でもはっきりとうなずく。


「……剣士の才能、ある……」


一拍置いて、ぎこちなく拳を握る。


「がんばれ……!」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。


「……ありがとうございます!」


自然と、笑顔がこぼれる。


ミカゲは少しだけ照れながらも、最後にこう言った。


「今日は……ここまで……お疲れ様」


その一言が、何より嬉しかった。


夕焼けの中、アルマは一人、ギルドへの帰り道を歩く。


身体は疲れている。

でも、心は軽い。


――また明日も、頑張ろう。


一人で始めた冒険者の道。

けれど、導いてくれる先輩がいる。


アルマは剣を握り直し、前を向いた。


強くなるために。

いつか仲間と並び立つ、その日のために。

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