『紋章剣士 ―仲間と刻む未来―』

モカ

第一話「刻まれし紋章、交わる運命」

この世界に生きる者は、誰しも一つの力を授かる。

〈能力〉――またの名を〈紋章〉。

それは祝福であり、同時に逃れられない運命だった。


攻撃、補助、技術、魔法。

四つの系統の中で、最も多くの者が選び、最も多くの者が挫折するのが、攻撃系〈アタック〉である。


「……やっぱり、これだ」


少女アルマは、静かに自分の腕を見下ろしていた。

右前腕に刻まれた刃の紋様が、淡く光を帯びている。


剣技と身体強化に特化した、純粋な攻撃の紋章。

ウォーリアーにとっては王道であり、初心者向けとも言われる力。


だがアルマは、その評価を好きになれなかった。


――簡単なんかじゃない。


力は、持っているだけでは意味がない。

使いこなせなければ、ただの重荷だ。


冒険者ギルドの扉は、思っていたより重かった。


木製の扉を押し開けると、酒と鉄の匂いが鼻を突く。

ざわめく声、笑い声、怒号。

壁には無数の依頼書が貼られ、ここが「生き残った者たちの場所」だと語っていた。


アルマは一歩、足を踏み出す。


「登録を」


受付に立つ女性が、ちらりとアルマを見て言った。


「年齢と紋章は?」

「十六。攻撃系〈アタック〉。職業はウォーリアーです」


女性は一瞬だけ眉を上げ、すぐに書類に目を落とした。


「一人?」

「はい」


「……忠告しとくわ。最初はパーティを組んだ方がいい」


アルマは首を横に振った。


「まずは、一人でやります」


その声に、迷いはなかった。


最初の依頼は、森の周辺に出没する小型魔物の討伐。

初心者向けと書かれたその文字が、逆に重くのしかかる。


「初心者向け、ね……」


アルマは森の入り口で剣を抜いた。

深呼吸し、紋章に意識を向ける。


「身体強化……少しだけ」


光は弱く、持続も短い。

まだ、紋章を完全には扱えない。


それでも、一歩ずつ前に進む。


魔物はすぐに現れた。

鋭い爪を持つ、小型の獣型。


「来い……!」


アルマは正面から踏み込んだ。

剣を振るうが、浅い。

反撃を受け、盾が大きく弾かれる。


「――っ!」


腕が痺れる。

一瞬の隙。


その瞬間、アルマは思い出す。


逃げた背中。

守れなかった約束。


「……負けない」


歯を食いしばり、姿勢を立て直す。

斧を引き抜き、重心を落とす。


力任せじゃない。

狙うのは、一点。


「はああっ!」


振り下ろした一撃が、魔物の動きを止める。

続けて剣で止めを刺し、ようやく敵は倒れた。


アルマはその場に膝をついた。

息が荒い。

腕も、脚も、震えている。


ギルドへ戻る道すがら、夕焼けが空を染めていた。


「全然、足りない……」


攻撃力も、防御力も。

自分の未熟さが、はっきりと分かる。


それでも、アルマは剣を握り直した。


「強くなる」


誰かに頼る前に。

仲間と並び立つ前に。


一人で立てるだけの力を、手に入れるために。


ギルドの前で、アルマは空を見上げる。


まだ、物語は始まったばかりだ。

孤独な剣士が、やがて仲間と未来を切り拓く――その第一歩として。

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