第2話 28人の仲間たち
「いいでしょう」
コメントが流れた。
「この二十八人で、世界を救いましょう」
……一瞬、理解が追いつかなかった。
「救う?」
俺が聞き返すと、コメント欄が静まる。
いつもなら冗談や茶化しが混じるはずなのに、
誰も割り込んでこない。
「あと一月で、この世界は終わります」
淡々とした一文。
心臓が、嫌な音を立てた。
「え……?」
「正確には、
ダンジョンという“仕組み”が臨界を迎えます」
画面の奥で、
見えない誰かが説明を続ける。
「崩壊後、都市部から順に飲み込まれます。
あなたのいる地域も、例外ではありません」
喉が、ひくりと鳴った。
「……待て。
そんな話、ニュースで――」
「公表されません」
即答。
「混乱を避けるため、
管理AIは“段階的被害”として処理します」
コメント欄が、ざわつく。
「マジかよ……」
「一月?」
「冗談だろ?」
俺は、深呼吸した。
「……防ぐ方法は?」
少し間を置いて、
答えが表示される。
「一つだけ」
文字が、はっきりと浮かぶ。
「ダンジョン【虚空の塔】の攻略です」
その名前を見た瞬間、
嫌な予感が確信に変わった。
「虚空の塔って……
そもそも、入れないんじゃないか?」
探索者なら誰でも知っている。
存在は確認されている。
だが、入口は常に封鎖状態。
挑戦条件すら、非公開。
「正確には、“入る資格がない”だけです」
コメントが続く。
「Sランクダンジョン
【深淵】
【天空】
【森羅】」
三つの名前が、並んだ。
どれも、
死亡者数が桁違いのダンジョン。
「それらを全てクリアした者は、
“アギト(挑戦者)”と呼ばれます」
「……アギト」
聞いたことはある。
だが、実在するかどうかは、
都市伝説扱いだったはずだ。
「アギトとなった探索者だけが、
虚空の塔へ挑戦できます」
俺は、乾いた笑いを漏らした。
「……ちょっと待て」
低層専門。
底辺配信者。
視聴者二十八人。
「どう考えても、
俺がやる役じゃないだろ」
すると、
あのコメントが、静かに返す。
「だから、あなたなんです」
「Sランクを攻略した者たちは、
皆、途中で“考えること”をやめました」
「強さ、効率、名声。
それに飲み込まれた」
そして、最後の一文。
「あなたは、
まだ“選べる”」
配信画面の向こう。
二十八人の視聴者。
冗談みたいな話。
世界の終わり。
虚空の塔。
俺は、ゆっくりとカメラを見る。
「……分かった」
逃げても、意味はない。
「一月だな」
コメント。
「ええ」
「じゃあ」
俺は、笑った。
「この二十八人で、
Sランクダンジョン三つ、
全部攻略してやろう」
同時接続、二十八。
底辺配信は、
いつの間にか――
世界存亡の作戦会議に変わっていた。
■
最初に漏れたのは、切り抜きだった。
《底辺配信者、世界の終わりを語る》
《あと一月で世界が終わるらしいw》
《虚空の塔って何?》
俺の知らないところで、
動画は短く、刺激的に編集され、
ネットを流れていった。
コメント欄を、俺は見なかった。
見る必要がなかったからだ。
どうせ、答えは一つ。
「釣りだろ」
「売名乙」
「ラノベの読みすぎ」
「世界終わる系はもう流行らん」
信じる者は、いない。
ニュースにもならない。
まとめサイトにも、数時間で埋もれた。
世界は、
何事もないように回っている。
――それが、一番怖かった。
次の限定配信。
同時接続、二十八。
「やっぱり、信じられませんでしたね」
あのコメントが、静かに流れる。
「当たり前だ」
俺は答える。
「証拠がない。
実感もない。
今は、平和すぎる」
コメント欄が続く。
「だから、崩壊は止められなかった」
……過去形?
「“いつも”です」
胸の奥が、ひやりとした。
「人類は、
世界が終わると知っても、
“日常が壊れない限り”信じません」
「小さな異変は、
デマとして処理されます」
「真実は、
信用の外に置かれる」
二十八人のうち、誰かが打つ。
「じゃあ……
俺たちが騒いでも意味ないってこと?」
「いいえ」
即答だった。
「意味がないのは、“多数派に訴えること”です」
「あなたたち二十八人は、
もう“外側”にいます」
外側。
「だからこそ、
行動できる」
俺は、息を吐いた。
「……なるほどな」
信じられない話。
誰も信じない話。
それを背負って、
黙って動くしかない。
「なあ」
俺は、カメラに向かって言う。
「もしさ、
俺たちが失敗したらどうなる?」
一拍。
「世界は終わります」
淡々と。
「誰も、
“あなたたちが挑戦していたこと”すら
知りません」
コメント欄が、静まる。
英雄にもならない。
名前も残らない。
ただ、
何もなかったかのように――終わる。
「……それでも、やるしかないか」
俺が言うと、
二十八人のコメントが流れ始めた。
「やるしかない」
「信じる」
「ここまで来たら最後まで」
あのコメントが、最後に一文。
「世界を救う者は、
いつも“誰にも信じられない者たち”です」
画面の端に、
新しい表示が浮かぶ。
【Sランクダンジョン【深淵】
出現予兆:確認】
タイムリミットは、
確実に近づいていた。
■
限定配信。
同時接続、二十八。
少しだけ、空気が変わっていた。
恐怖でも、興奮でもない。
――覚悟に近いもの。
最初に流れたコメントは、短かった。
「私、高校生なんですが、
何か出来ることはないでしょうか?」
俺は、一瞬言葉に詰まった。
「……高校生?」
「はい。
探索者じゃないし、
戦えもしません」
画面の向こう。
制服のまま、スマホを握っている姿が浮かぶ。
「でも、
何もしないで終わるのは嫌で」
続けて、別のコメント。
「俺はサラリーマン。
ダンジョンには行けないけど、応援してる」
「配信はいつも見るよ!
世界を救おう!」
一つ、また一つ。
声が、重なっていく。
俺は、深く息を吸った。
「……ありがとう」
そして、正直に言う。
「正直、
今の俺じゃ全部は出来ない」
「Sランクダンジョンを攻略するには、
情報、記録、検証、監視……
全部必要だ」
コメント欄が、静かになる。
あのコメントが、流れた。
「だから、
あなたたちは“視聴者”ではありません」
続く。
「解析役が必要です」
「記録役が必要です」
「異常検知役が必要です」
高校生のコメント。
「解析……
なら、出来るかも。
数学、得意です」
サラリーマン。
「記録なら任せてくれ。
議事録、毎日取ってる」
「俺、夜勤だから
配信ログ全部追える」
次々に役割が埋まっていく。
俺は、思わず笑った。
「……なんだよ、それ」
たった二十八人。
でも、
誰も“無力”じゃなかった。
「じゃあ、決まりだ」
俺は、画面を見る。
「俺は現場で考える。
みんなは、
俺が見落とす未来を見てくれ」
あのコメントが、最後に一文。
「それが、
この世界を救う唯一の形です」
画面に、新しい表示。
【攻略準備:開始】
【役割分担:確定】
高校生も、
サラリーマンも、
ただの視聴者も。
全員が、
“アギト候補”だった。
世界はまだ、
何も知らない。
だがこの夜、
二十八人だけの作戦が動き出した。
底辺ダンジョン探索配信者の俺は、唯一のコメントに従ったらいつの間にか最深層を踏破していた 空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~ @Arkasha
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