底辺ダンジョン探索配信者の俺は、唯一のコメントに従ったらいつの間にか最深層を踏破していた
空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~
第1話 コメント欄は知っている
同時接続、2人。
コメント、1行。
「今日も低層?」
「はいはい、第一層です。平和が売りの配信だからね」
現代日本にダンジョンが現れて五年。
探索者は資格制、配信は義務。
強いやつはスポンサーに囲まれ、弱いやつは――俺だ。
登録者数二十八人。
今日も低層を淡々と進む。
「スライム湧き、いつもより少ないな」
通路を歩いていると、コメントが流れた。
「そこの壁、怪しいですよ」
「え?」
画面越しに指を差すようなタイミング。
言われてみると、壁の一部だけ妙に綺麗だ。
「……こんなの、今まであったっけ」
半信半疑で近づき、手で押す。
――沈んだ。
「うわ」
壁の向こうに、細い通路。
表示が切り替わる。
【未登録エリア】
コメントが増える。
「隠しエリアですね」
「低層にもあるんだ」
「まじかよ……」
進むべきか迷っていると、またコメント。
「そこ、危ないですよ」
反射的に足を止めた。
次の瞬間、
床から鋭い杭が飛び出す。
「っ……!」
ギリギリで後退。
冷や汗が背中を流れる。
「罠!? 低層に!?」
「だから言ったのに」
「完全初見殺し」
息を整え、慎重に床を観察する。
「……ありがとう、助かった」
コメントが続く。
「次、左壁沿いで」
「真ん中踏むともう一個あります」
「いや、なんで分かるんだよ……」
指示通りに進むと、何も起きない。
逆に、少しでもズレると罠が作動する。
全部――当たっている。
「……ちょっと待って」
俺はカメラに向かって呟いた。
「もしかして、コメント欄……」
画面の端に、見慣れない表示が出る。
【視聴者補助:有効】
同時接続数が、5に増えていた。
低層ダンジョン。
底辺配信。
――なのに、
俺は今、誰よりも安全に未知のエリアを進んでいる。
このコメント欄が、
世界最強の攻略ツールになることを、
まだ誰も知らない。
■
配信を終えてスマホを置いた瞬間、通知音が鳴った。
ピロン。
「……?」
見慣れない番号からのメッセージ。
続けて、SNSの通知が一気に増える。
「え、なに……?」
恐る恐る開くと、そこに貼られていたリンク。
【タイトル】
《底辺ダンジョン配信者、コメント欄がチートすぎる》
「は?」
再生数――三万。
「……三万!?」
心臓が跳ねる。
俺の配信、同接最高でも五だぞ?
動画を再生する。
――「そこの壁、怪しいですよ」
――壁が開く。
――「そこ危ないですよ」
――罠、発動。
コメント欄は大盛り上がりだった。
「未来人いて草」
「コメント欄が攻略本」
「これ運営案件だろ」
「仕込みじゃなかったら怖すぎ」
俺は、笑えなかった。
「……いや、マジで知らないんだって」
次の配信。
開始三分で、同時接続が二桁を超えた。
「え、え、ちょっと待って」
「きたきた」
「本人来た」
「今日はどこ行くん?」
コメントの流れが、明らかに違う。
「……じゃあ、昨日の続き、行きます」
ダンジョンに入ると、すぐに指示が飛ぶ。
「三歩先で止まって」
「天井見て」
「今は絶対に攻撃しないで」
言われた通りに動く。
――正解。
「……全部、当たってる」
モンスターの奇襲も、罠も、隠し通路も。
俺はただ、コメントを読むだけ。
画面の隅に、またあの表示。
【視聴者補助:有効】
【同時接続:127】
「……百、二十?」
コメントが流れる。
「もう底辺じゃないだろ」
「これSランク案件」
「運営、気づくぞ」
その言葉を裏付けるように、
画面に赤い警告が表示された。
【管理AIより通知】
【異常な攻略効率を検知しました】
背筋が、冷たくなる。
「……え?」
配信は、まだ続いている。
――この瞬間、
俺は「偶然バズった底辺」から、
監視対象に変わろうとしていた。
■
配信を切ったあと、帰宅した俺の部屋はやけに静かだった。
スマホの画面には、増え続ける通知。
フォロワー数、登録者数、DM。
「……すげぇな」
昨日まで、誰にも見られていなかった。
それが今じゃ、次の配信時間を聞いてくる人間が何十人もいる。
このまま行けば――
有名になれる。
スポンサーが付く。
安全なダンジョンを優先的に回される。
生活は、確実に楽になる。
でも。
俺は、配信中のコメント欄を思い出す。
「三歩先で止まって」
「今は攻撃しないで」
「次、右」
あの中にいた。
必ず正解を投げてくる、あの一人。
「……」
もし、俺が有名になったら。
コメントは流れる。
ノイズだらけになる。
冗談、煽り、自己主張。
――その中で、
あの人は、まだコメントしてくれるのか?
そもそも。
「なんで、俺なんだ?」
もっと人気の配信者はいる。
もっと派手で、もっと強い探索者もいる。
なのに、あのコメントは、俺の配信にだけ現れた。
俺が底辺だったから?
人が少なかったから?
それとも――
考えていると、スマホが震えた。
新着コメント。
さっきの配信のアーカイブに、たった一行。
「有名になると、指示は聞こえなくなりますよ」
……心臓が、止まったかと思った。
「え?」
続けて、もう一行。
「だから、今のうちに考えてください」
画面を見つめる。
既に、そのユーザー名は消えていた。
俺は、椅子に深く座り直す。
「……ああ、そうか」
これは、ただの成り上がりじゃない。
選択の物語だ。
――
有名になるか。
それとも、
未来を知るコメントを選ぶか。
俺はまだ、答えを出せずにいた。
■
次の配信。
俺は、配信開始ボタンを押す前に設定画面を開いた。
公開範囲――限定。
視聴可能ユーザー、二十八人。
「……これでいい」
コメントが少ないことを、
俺はもう“弱さ”だと思っていなかった。
配信開始。
同時接続、二十六。
「え、入れないんだけど?」
「限定?なんで?」
「バズったのに?」
その中で、
見慣れた、静かなコメント。
「判断、早いですね」
……いた。
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
「聞きたいことがあります」
俺は、カメラを正面に向けた。
「あなたは――俺が有名になっても、
コメントしてくれますか?」
一瞬、間が空く。
コメントが流れる。
「無理でしょう」
「埋もれます」
「今が限界です」
「だから、今のあなたが必要なんです」
息を、飲む。
「今の……俺?」
「人が少ない。余計な声がない。あなたが、自分で考える」
続けて、表示される文字。
「あなたは“聞く”探索者です。“従う”探索者ではない」
俺は、思わず笑った。
「……買いかぶりすぎだろ」
「いいえ」
「それができなくなった人を、私は何人も見てきました」
見てきた。
――未来か?
過去か?
「じゃあさ」
俺は、少しだけ前に身を乗り出す。
「この二十八人だけで、どこまで行ける?」
返事は、すぐだった。
「最深層まで」
コメント欄が、ざわつく。
「マジ?」
「低層だぞ?」
「夢見すぎ」
でも、その一行だけは、断言していた。
「ただし条件があります」
画面を見つめる。
「条件?」
「あなたが、
自分で考えることをやめた瞬間、
私は消えます」
……なるほど。
それなら、悪くない。
「分かった」
俺は、笑って言った。
「じゃあ――
俺たち二十八人で、
攻略しよう」
同時接続、二十八。
最初の視聴者。
最初の仲間。
この小さな配信が、
やがて世界のダンジョン攻略史を書き換える。
その始まりは、
誰にも見られない、
静かな夜だった。
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