第2話

風が流れた。


燃える木。痛みを訴える声。

そして──泥。


それが、その匂いが鼻をかすめる。


蹲るように座った金髪の女兵士。

シャーロットのもとに長身の女兵士が現れた。


「……生きてたか。馬鹿野郎が……」


ヘスターだった。

彼女は水筒を投げ渡し、シャーロットの横に腰掛ける。


「あっ……ありがとうございますわ」


水筒をなんとか受け取ったシャーロットは、蓋を開けると、

一気に喉に流し込んだ。


その様子は貴族然としてはいなかった、必死に飲む様子に、

ヘスターは何も言わなかった。


彼女は懐から携行食を取り出し、齧る。

ぱさついた、不愉快な味が口の中に広がる。


「私達……勝ちましたわね」


水を飲んで落ち着いたのだろう。

シャーロットはそのように言った。


ヘスターはその顔を見ない。

ただ、風景が綺麗だとでも言うように、

なんでもないようなことを言うように言った。


「すぐに移動だろう。アタシ達は突出しすぎた。あっという間に敵に囲まれる」


シャーロットの顔がこわばる。


「そんな!? 皆、必死に戦ったのに?」


怒りを覚えたのか、シャーロットは立ち上がる。


「まぁ、いいだろ。とりあえずは生きて帰れるし、敵の物資も手に入るしな」


「よくありませんわ! 手に入った陣地を捨てますの? このまま有利を……」


シャーロットが言葉を続けようとすると……


「クソ野郎共め! こっちにきやがれ!」


怒号が響いた。

王国兵が敵兵を引きずり、開けた場所に連れ出した。


「や、やめてくれ……降伏、降伏したじゃないか……」


「……な、なにをしてますの……?」


シャーロットはそれを見ていた。


「部隊章からすると敵の砲兵だろ? まぁ……見ないほうが良いぞ」


つまらそうに言うヘスターは、携行食の味に顔をしかめる。


「ふざけんな! 俺達を殺そうとしやがって!」

「ナメやがって! クソ野郎が!」

「ミルディンは結婚したばかりだったんだぞ!」


王国兵は荒ぶる声とともに暴行をし始めた。

一人は歩兵銃に装填し始めている。


「ちょっと……なにを……」


シャーロットはその光景とヘスターを交互に見るが、

ヘスターは食べ終わった携行食の包を放り捨てる。


「……いくぞ。シャーロット。なんか、美味いものでも探そう」


立ち上がりながら服についた泥をはらい、歩き出した。


「勝者は敗者を辱めるものではないはず! 降伏した者には……」


シャーロットの声を……



銃声が遮った──



「残念だったな。シャーロット。もう手遅れだ」


シャーロットは拳に静かに力を込めた。

広場の様子は見れなかった。


そんなことすら、彼女には出来なかった。



「ふざけるな! 銃殺にされたいのか!」


男が机を叩きながら、吠えた。

豪奢な軍服に立派な髭。


階級章は大尉だった。


その声を背筋を伸ばして受けるのはシャーロットとヘスターだった。


「お言葉ですが、私たちが突撃したことで敵を倒せたのは事実ですわ」


「な、なんだと?」


大尉は目を剥く。まさか二等兵風情に反論されるとは思っていなかったようだ。


ここは先程の戦場後方の駐屯地。

ヘスターの言う通り、敵増援が現れたことで部隊は撤退。


この場所に帰ってきたのだが、

帰って来ると即座にシャーロットは指揮官室に呼び出され、

お供にヘスターまで連れてこられていた。


勝手な突撃を咎められていたのだ。


「貴様! 二等兵の分際で抗弁する気か!」


「しますわ! 私は公爵家。

 貴方の理屈では、貴方こそ私に意見できないはずですわ!」


「はぁあ!?」


大尉は驚きとともに声を上げる。

公爵家? この二等兵は何を言っている?


そんな視線をヘスターに向けるが、ヘスターはすました無表情。


私に聞くな。


という態度だった。


「貴様……命令は指揮官しか出せない事は、知らんのか?」


「小隊長さんは残念ながら、名誉の戦死をなされた。

 あそこで手をこまねいてろと、おっしゃるのかしら?」


ああ言えば、こう言う。

指揮官室に来てからシャーロットはずっとこの調子だった。


話にならない。


大尉はそう結論づけて、席を立つ。

ツカツカと歩く彼は、へスターの前に立つ。


「この新兵を教育したのは貴様だな。上等兵?」


その言葉にヘスターはより、背筋を伸ばす。


「ハッ! ご期待に添えずに、申し……ぐぅッ!」


言い終わる前に大尉の拳がヘスターに叩き込まれる。


「な、何をなさるの!?」


シャーロットは声を上げるが、当のヘスターはすぐに姿勢を戻した。


「貴様は新兵にどういう教育をしている? 上官には逆らえと教えているのか?」


「いえ! 王国への忠誠を教えましたが、自分の指導が足りませんでした!」


「忠誠だと? 王国の慈悲で生かされてる民族の分際で忠誠の意味がわかるのか?」


その言葉にシャーロットの髪が逆立つ。


「おやめなさい! 貴方、何を言っているか、おわかりなの!?」


大尉を止める為、肩に手をかけようとするが、それをヘスターの手が制した。


やめておけ。


彼女の瞳がそう言っていた。


「今は補給が窮しておるのだ、無駄な攻撃をしている暇はない!

 それをわかっているのか!」


大尉の言葉は止まらない。

彼女たちはそれを受け止めることしか出来なかった。


そう、何も出来ないのだった。



叱責は長かった。

辺りは日が落ち、かすかにいい匂いが鼻をくすぐる。


どうやら夕食の時間になってしまったようだ。

早くしないと配食に間に合わない。


歩くヘスターにシャーロットがまとわりついていた。


「ああ……こんなに腫れて……許せませんわ!」


ヘスターの頬に濡らしたハンカチを当てながら、

心配したり、怒りに満ちたりと忙しいシャーロットだった。


(これは……?)


ハンカチは柔らかい。

とても雑兵の私物とは思えなかった。


まぁいい。どこかで盗んだものだろう。

ヘスターはそう結論づけた。


まさか、本当に貴族なワケがない。


「まとわりつくな、鬱陶しい」


ヘスターはそう言ってシャーロットの手を払った。


「だって、ありえないでしょう? 私に文句があれば、直接言えばいいものを!」


「下らないこと言いやがって、そのせいでこのザマだ」


そう言うとヘスターは足を早め、食堂を目指した。

シャーロットは濡れたハンカチがなぜだか冷たく感じながら、

彼女の後を追うのだった。




「やっぱり、納得いきませんわ!」


食事のスープその中に沈む“自称肉団子”をフォークで刺しながら、

シャーロットは言った。


「まだ言ってるのかよ。もういいだろ」


ヘスターは代用パンをスープに付けながら呆れたように言う。

ついにマトモなパンもなくなったか。

そんな事を考えていた。


「さっき、聞きましたわ! あのまま陣地を抑えていれば補給は安定。

 この戦域の勝利も夢ではありませんでしたわ!」


シャーロットは大口を開け、肉団子を一口で頬張る。

貴族とかいう設定はどこに言ったんだよと、

ヘスターは思うが、言えば面倒くさいことになることもわかっていた。


「維持できればな」


「するんですのよ! 騎兵や砲兵、追加の歩兵を集めて、工兵には……」


まくし立てるシャーロットの声を、鈍い音が遮った。

ヘスターの拳が机を叩いていた。


「黙ってろ」


「えっと……」


スープに浮かぶ野菜をつつきながら、シャーロットはなにか言っている。

訓練時に食らったヘスターの鉄拳を思い出して、

青ざめたシャーロットを尻目に、

ヘスターは代用パンに集中することにした。



「……ほう? 面白いことを言うな?」


声が二人の間に割って入る。

椅子に座った二人が見上げると……


「我が軍にまだ使えそうなのが残っていたとはな」


現れた少尉は机に紙を叩きつけた。


命令書。


「それでは頼みたいことがあるのだ」


ヘスターは代用パンの味がますます不味くなることを感じていた。



第二話 終わり

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