第3話 悲劇のヒーローごっこと、冷酷な帰還

 王都、ローゼライト。中央広場には、大勢の市民が集まっていた。壇上に立っているのは、勇者リガス率いる『栄光の盾』の面々だ。


 彼らは全員、これ以上ないほど悲壮な表情を浮かべていた。


「市民の皆よ……。我々は、この国の未来を担うべき尊い犠牲を払ってしまった……!」


 リガスが声を震わせ、天を仰ぐ。


「我らが友、アレン。彼は、我々を逃がすために……。押し寄せる数万の魔物を一人で引き受け、壮絶な最期を遂げたのだ!」


 周囲から、すすり泣く声が漏れる。


「なんてことだ……あの荷物持ちが」


「無能だと思っていたが、最期は立派だったんだな」


 聖女ルナが、目元をハンカチで拭いながら付け加える。


「私たちは、彼を止めました! でも、彼は笑って『僕が死んでも、世界を救ってくれ』と……。ああ、アレン! あなたの犠牲は無駄にしないわ!」


 魔導師ゼクスも沈痛な面持ちで頷く。


「彼の装備品マジックバッグだけは、何とか持ち帰った。これを、彼の供養として王室に献上しよう……」


 ……嘘ばっかりだ。群衆の後ろで、俺はシルビア王女と共にその光景を眺めていた。俺の荷物は、あいつらが捨てていった。あそこにあるのは、俺の名を借りて「自分たちが頑張った証拠」として捏造した偽物だろう。


「……アレン様。あの方々は、何を言っているのですか?」


 俺の隣で、フードを深く被ったシルビア王女が、氷のような声を出した。彼女は道中、俺から事の真相を聞いていた。勇者が、ただの荷物持ちを囮にして見捨てたこと。そして、その荷物持ちが、自分を救ってくれた真の英雄であることを。


「いい見せ物だろ。自分たちを悲劇の主人公に仕立て上げれば、支援金も名声も思いのままだからな」


「許せません……。王族として、いいえ、一人の人間として」


 俺はふっと笑い、一歩前に出た。


「そろそろ、出番かな」


 俺は人混みをかき分け、壇上へと歩き出す。背後には、騎士団を伴った王女が続く。


「――おい、リガス。感動的なスピーチの最中、悪いな」


 俺の声が、魔法で増幅されて広場に響き渡った。壇上の三人が、凍りついたように静止する。


「なっ……あ、ア、アレン……!?」


 リガスの顔から血の気が引き、幽霊でも見たかのような表情になる。ルナは持っていたハンカチを落とし、ゼクスは杖を震わせた。


「……生きて、いたのか……?」


 リガスが、数秒の沈黙の後、無理やり口角を吊り上げた。さすがは「勇者」だ。演技の切り替えが早い。


「ああ、アレン! 生きていたんだな! 奇跡だ! 神は我らを見捨てなかった!」


 リガスが両手を広げて歩み寄ってくる。


「さあ、こちらへ来い! 皆、見てくれ! 我らが勇気ある友が、地獄から帰還したぞ!」


 観衆が沸き立つ。だが、俺は差し出されたその手を、冷たく払いのけた。


「……触るな。汚れる」


「なっ、アレン、お前何を……」


「『我らが友』?『壮絶な最期』? よくもまあ、スラスラと嘘が吐けるもんだ。俺の足に呪いをかけて、魔物の前に突き出したのはどこのどいつだったかな」


 広場が、水を打ったように静まり返る。


「アレン、あなた何を言っているの!?」  


 ルナが金切り声を上げた。


「ショックで頭がおかしくなったのね? 私たちは、あなたを助けようと……」


「黙れ。お前の『祈り』の真似をして鼻血を出していたのは、お前の祈りに『邪念』が混ざりすぎていて、術式が汚染されていたからだ。……今なら、浄化のやり方も本物を見せてやれるぞ?」


 俺は指先をパチンと鳴らす。その瞬間、ルナが隠し持っていた「魅了チャーム」の魔道具が砕け散り、彼女が市民にかけていた「好印象を与える暗示」が解けた。


「……え、何? 今、急にルナ様が怖く見えたんだけど……」


「勇者様の顔も、なんだか卑屈に見える……」


 ざわつく観衆。リガスは焦り、怒鳴り声を上げた。


「アレン! 分不相応な妄言を吐くなら容赦はしないぞ! お前のような無能な荷物持ち一人の言葉を、誰が信じると……!」


「――私が、信じます」


 俺の背後から、シルビア王女がフードを脱ぎ捨てて歩み出た。その神々しい姿に、市民たちが一斉に跪く。


「シ、シルビア王女殿下!? なぜ、このような場所に……!」


「私は、ダンジョンで絶体絶命の危機にありました。その時、私と騎士たちを救ってくださったのは……勇者リガス、あなた方ではない」


 王女は、俺の隣に立ち、俺の手をしっかりと取った。


「そこにいる、アレン様です。彼は一人で暗黒竜の群れを討ち払い、私を地上まで送り届けてくれました。……リガス、あなた方はアレン様が死んだと嘘を吐き、王室を欺こうとした。この罪、万死に値します」


 リガスの顔が、今度こそ真っ白になった。


「そ、そんな……アレンが? こいつは【誇張ものまね】しかできない無能ですよ!? 何かの間違いだ!」


「間違いではありません。私は、この目で『本物』の力を見ました。……リガス、今この瞬間をもって、お前たちの勇者称号を剥奪し、国家反逆罪および虚偽報告の罪で拘束します」


 周囲を、王宮騎士団が取り囲む。ルナは腰を抜かして泣き叫び、ゼクスは逃げようとして騎士たちに取り押さえられた。


 リガスだけが、往生際悪く俺に手を伸ばす。


「待て、待ってくれアレン! 悪かった、俺たちが間違っていたんだ! お前の力があれば、俺たちはもっと上に行ける! もう一度、パーティーを組もう! 今度は荷物持ちじゃない、副リーダーにしてやる! だから……!」


 俺は、哀れな男を見下ろした。かつては、この背中を追いかけていたこともあった。だが、今見えるのは、虚飾に塗れた小さな背中だけだ。


「リガス。お前、さっき言ったよな。……『ゴミにはゴミらしい最期がお似合いだ』って」


 俺は一歩、彼から遠ざかる。


「もう遅い。お前たちの席なんて、どこにもないんだよ」


 騎士たちに引きずられていくリガスたちの叫び声が、夕暮れの王都に響き渡った。

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