2.不思議な黒い種

兄が実家から王城に帰って3日後。

僕はいつものように学校生活を終えて、帰路についていた。


学校が終わったというのに、脳内に浮かぶのは先生…叔父の顔ばかり。

あの鋭い目で一日中睨みつけられたのだ。

もうトラウマだ。


僕は地面に転がっていた小さな石ころを、靴の先っぽで蹴り飛ばした。

軽い石ころは、自分で思っていたよりも簡単に宙を舞った。

そして、そのまま近くで眠っていた猫にコツンと当たってしまう。


「や、やばい!」


僕は慌てて猫に駆け寄った。

怪我はしていないだろうか。

そんな心配を抱えるも、その気持ちはすぐに小さくしぼんでいく。





「あ、あれ?」





猫は僕が駆け寄って、その軽い毛皮に触れてもピクリとも動かなかった。

いや、それだけじゃない。

猫は硬くて、そして冷たかった。





「死、死んでる」





それに気付いた途端、僕はその場に尻餅をついていた。

よくその猫を見てみれば、酷く痩せており、そして皮膚にも斑様の湿疹がある。


「な、なんだ病気?」


僕は咄嗟に鞄の中から手袋を取り出した。

その白い手袋をはめ、僕はそっと猫を担ぎあげる。


「ごめんよ、でもちょっと気になるんだ。もしかしたら、君の病気は感染病かもしれない。だからちゃんと調べなきゃいけないんだ」


この時僕の脳内に浮かんでいたのは、小動物を媒介する伝染病だった。

小動物から人間へと、大きく街全体を飲み込むそれは酷く恐ろしいものだ。


「治癒師の授業で習ったことがある。1匹の死骸を見つけたら、すでに100匹には広がっていると思うようにと。100匹は10000匹へ。そしていずれは人間へ。かつて流行った、全身出血病もそうやって始まったって」


僕は走った。

目指すは昔からの秘密基地。

ここには、簡単な解剖セットが用意されている。


亡き父も、よくこうやって小動物の死骸を解剖していたことを覚えている。





「ごめんね。終わったら、お墓をつくるから。僕に命をください」





僕は猫に向けてゆっくりと手を合わせた。

しばらく目を瞑ってそうした後、僕はナイフを取り出す。


「よし」


僕は大きく息を吸い込んだ。






「…ん?なんだ、これは」




解剖を進めていた僕は、内臓の奥深くに何かを見つけて手を止めた。

近くにあったランプを間近で照らしてみれば、そこに何やら黒い物体があるのを発見する。



「内臓の腫瘍?いや、違う。これは石?いいや、石じゃない…え、た、種?」



器用にピンセットを使い、それをゆっくりと取り出す。

血液にまみれながらも出てきたそれは、紛れもない植物の種だった。



「黒い。本当に。それも漆黒。なんでこんなものが身体の中に?しかも胃じゃないぞ」



まじまじと眺めながら、心臓が激しく動くのを感じていた。

冷や汗が流れ、そして何やら息苦しささえ感じる。



「…これはダメだ。絶対にダメだ」



これが何かも分からないのに、自然とそんな感覚に陥る。

授業でも習ったことがない。

本でも読んだことがない。

だけど、なぜかこれが危険なものだとすぐに理解できた。


「早く、早く知らせないと…!」


僕は猫の死骸をそのままに、秘密基地を飛び出した。

手袋も赤い血を付けたままである。


すれ違う人から悲鳴が聞こえる。


でも、そんなの構っていられる余裕なんかなかった。


「あ、兄ぃ!」


僕は自然と兄の名を呟いていた。


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