第4話 守られたくない
学園での「非干渉」は、私にとって理想的な解決策だったはずだ。
なのに、帰宅後の空気は重かった。
私の精神状態が不安定なせいで、リビングの空気まで重苦しく感じられる。これは明らかにおかしい。
夕食時、母が仕事で不在のため、テーブルには私とフィオナの二人だけ。
並んでいるのは、フィオナが作った完璧なクリームシチュー。悔しいが私の料理とはコクが違う。
「......今日は、どうだった」
沈黙を破ったのは、フィオナの方だった。
彼女はスプーンを止めず、視線も合わせずに問いかけてくる。
「何が」
「学園のことだ。中庭で少し騒がしかったようだが」
ピクッ、と私の眉が跳ねる。
知っているくせに。
あそこで私を見捨てて通り過ぎたくせに、今さら姉のような顔をして何を言うのか。
「別に。いつものことだし」
「そうか......ならいいが」
フィオナはそれ以上追求しなかった。
その淡々とした態度が、私の神経を逆撫でする。
彼女にとっては「些細なトラブル」なのだ。私が泥水をすするような日常も、彼女の高い視点から見れば、取るに足らない背景に過ぎない。
苛立ちが、喉元までせり上がってくる。
私はスプーンを乱暴に置いた。カチャン、と陶器が鳴る音が、静かな部屋に響く。
「ねえ、言っておくけど」
私は顔を上げ、フィオナを睨んだ。
外では――学校では、絶対に言えない言葉。
ミリアたちの前では縮こまっているくせに、家の中でだけは強気になれる。自分でも吐き気がするほどの『内弁慶』だ。
「今日みたいに、私に関わらないで。学校でも、家でも」
「関わってはいないつもりだが」
「『つもり』なだけでしょ! あんたがいるだけで、空気が変わるの。私が積み上げてきた『目立たない平和』が、あんたの存在感だけで壊されそうになるんだよ!」
八つ当たりだ。わかっている。
彼女は約束通り、私を無視した。助けなかった。それは私が望んだことだ。
だけど、「助けなかったこと」を肯定されるのも、「助けて欲しかった」と認めるのも、どっちも死ぬほど惨めだった。
だから、私は彼女の存在そのものを否定するしかない。
「私は、あんたに守られたくない。
言い切った後、激しい自己嫌悪が襲ってきた。これじゃあ、駄々をこねる子供と変わらない。
フィオナは、静かに私を見ていた。
怒るでもなく、呆れるでもなく。
その瞳は、深海の底のように静まり返っていた。
彼女はゆっくりと立ち上がり、自分の食器を片付け始める。
「......わかった」
短い肯定。
「不快にさせたなら詫びる。お前の領域には、今後一切立ち入らない」
フィオナはそれだけ言い残し、リビングを出て行った。
足音すら立てずに、気配が遠ざかる。
彼女の背中は、学校で見た時よりも少しだけ小さく、そして拒絶の壁を厚くしたように見えた。
残されたのは、半分も減っていないシチューと、最悪な気分の私だけ。
「......馬鹿みたい」
私は冷めかけたシチューを口に運ぶ。
味がしなかった。
自分の言葉で自分の首を絞める。
これほど効率の悪い自傷行為があるだろうか。
守られたくない、なんて嘘だ。
本当は、誰かに状況を変えて欲しかったのかもしれない。
でも、それを認めたら、私は一生『陰キャ』という名の殻から出られなくなる気がした。
だから私は、
この選択が、最悪のトリガーになるとも知らずに。
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お読みいただきありがとうございます。
「守られたくない」 「領域には立ち入らない」
売り言葉に買い言葉。 夕食の席で、二人の間に明確な「不可侵条約」が結ばれました。 これでセレナは満足……のはずですが、後味は最悪です。
そして、こういうフラグを立てた翌日に限って、事態は悪化するものです。
次回、第5話「破られた均衡」
その約束は、たった一日で試されることになります。 お楽しみに!
次の更新予定
魔力ゼロの技術屋、学園の裏支配者になる 八坂 葵 @aoi_yasaka_1021
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