孤独なランナー
高圧洗浄機によって、壁画は無残な灰色の染みへと変わった。
トオル、佐々木、ハルの三人は無期限の停学処分となり、学校から追放される。
特に、医学部受験を控えた佐々木への風当たりは過酷だった。自宅に連れ戻された彼を待っていたのは、教育虐待に近い父の「矯正」だった。
「これがお前の欲しかった自由か?」
佐々木の父は、息子の部屋にあるスケッチブック、筆、パレットをすべて庭の焼却炉に投げ込んだ。
「お前は医者になるんだ。下らない感傷に浸って、人生を棒に振るな。現実を見ろ」
佐々木は、燃え上がる自分の情熱を黙って見つめるしかなかった。部屋のドアは外から鍵をかけられ、文字通り「孤独なランナー」として、決められたコースを走ることを強要される。
一方、トオルもまた、自分の部屋で動けずにいた。
壁画は消された。仲間は散り散りになった。
「やっぱり、化物には勝てないのかな……」
筆を握る力も湧かないトオルのスマホに、一通の動画リンクが届く。送り主はリョウだった。
それは、あの日「謎の男」が歌っていた動画がSNSで密かに拡散され、ハッシュタグ #化物と戦う者たち がトレンド入りしている様子だった。
消された壁画の前で立ち尽くすトオルの写真に、全国の「現実」に押しつぶされそうな若者たちからメッセージが寄せられていた。
『私も、本当はデザイナーになりたかった』
『正論ばかり言われる毎日が苦しい。この絵に救われた』
『消されても、そこにあったことは忘れない』
トオルは、自分たちが戦っていたのは、たった一枚の壁のためではなかったことに気づく。
「……まだ、終わらせてたまるか」
その頃、軟禁状態だった佐々木は、窓から夜の街を見下ろしていた。
父に奪われたのは道具だけだ。頭の中に刻まれた色彩までは奪えない。
彼は、窓の鍵を内側から壊した。
「……僕は、僕の人生を走る」
二階から飛び降り、夜の街へ駆け出す佐々木。向かう先は、あの消された壁がある場所。
深夜の校門前。息を切らして走ってきた佐々木を待っていたのは、自転車に乗ったトオルと、懐中電灯を抱えたハルだった。
「部長、遅いですよ」
「……ああ。寄り道が長すぎた」
三人は再び顔を合わせた。道具はない。許可もない。
けれど、彼らの瞳には、高圧洗浄機の水でも消せなかった「炎」が宿っていた。
「壁がダメなら、別の場所に描こう。……学校そのものを、僕らのキャンバスにするんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます