仮面の住人たち
「昨日のあれ、どう落とし前つけるつもり?」
放課後、美術室に現れた佐々木は、いつもの「完璧な部長」の仮面を被り直していた。しかし、その声には以前のような冷たさはない。
「落とし前なんて……。描き続けるしかないでしょ」
トオルの言葉に、佐々木は苦笑しながら、医学部の参考書が詰め込まれた鞄を机に置いた。
そこへ、音もなく扉が開く。生徒会長の一ノ瀬だった。
「佐々木君。君ほどの人間が、どうしてこんな『ゴミ』を放置しているんだい?」
一ノ瀬が指差したのは、昨日二人が無茶苦茶に絵具をぶちまけた、あのキャンバスだ。
「これは、制作過程の実験で……」
咄嗟に言い訳をしようとする佐々木を遮り、トオルが前に出る。
「ゴミじゃない。僕たちが、今ここで生きてる証拠です」
一ノ瀬は眼鏡の奥の瞳を冷酷に細めた。
「朝比奈君、君は勘違いしている。学校は君の感情を垂れ流す場所じゃない。社会に出れば、求められるのは『成果』と『調和』だ。こんな無意味な汚れを撒き散らすのは、ただの幼稚な自己満足だよ」
一ノ瀬の言葉は正論だった。ぐうの音も出ないほど、真っ当で、そして鋭い「現実」という名の刃。
佐々木の肩が、かすかに震えている。彼は親からも、教師からも、ずっとそう言われ続けてきたのだ。
「無意味かどうか、あんたが決めるなよ」
トオルは一ノ瀬の目の前で、真っ黒なインクを指に浸し、自分の進路希望調査票に力強く線を引いた。
「調和なんてクソ食らえだ。あんたの言う『正しい現実』が、僕らを窒息させてるんだ」
一ノ瀬は無表情のまま、一通の書類を机に置いた。
「文化祭のメイン展示、美術部の枠は取り消しになった。代わりに、最新のAI生成アートのプロジェクションマッピングを行うことに決定した。……君たちの席は、もうどこにもない」
葛藤と決意
一ノ瀬が去った後の静まり返った美術室。
「……やっぱり、勝てないよ」
佐々木が膝をつく。「一ノ瀬の言う通りだ。僕らはただの子供で、現実はいつだって残酷だ」
その時、トオルの耳に、またあの歌がリフレインした。
「誰かが決めた『普通』を 壊して進め」
「場所がないなら、作ればいい」
トオルは、窓から見える中庭の、巨大なコンクリート壁を指差した。
「あそこに描こう。誰にも消せない、巨大な化物の絵を。学校中の視線を、全部塗りつぶすくらいのやつを」
佐々木は顔を上げた。その瞳からは、迷いが消え、狂気にも似た光が宿っていた。
「……退学になるかもしれないよ」
「その時は、一緒に泥まみれになりましょう」
二人は、誰にも頼まれていない「戦争」の準備を始めた。
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