第4話 初めてのトレーニング
ギルドの朝は静かだった。冒険者たちは既に任務に出かけ、広間にはローグとマスターだけが残っている。
「さあ、今日から本格的な訓練だ」
マスターはゆっくりと歩きながら告げた。
「お前には、まず身体の基本から鍛えてもらう。覚醒力に頼るだけでは、いつか自分を壊すことになる」
ローグは小さくうなずく。胸の奥には、森での初戦闘の感覚が蘇る――瞬間的に湧き出た力、恐怖と焦りが混ざった覚醒の感覚。その力を制御できなければ、ただの暴走で終わってしまうことを、彼は理解していた。
マスターは広間の奥に設置されたトレーニング器具を指差した。木製の訓練棒、重り付きの器具、体幹を鍛えるための縄梯子など、見た目だけでも一筋縄ではいかないものばかりだった。
「まずは基礎だ。腕力、脚力、体幹――そして持久力。順番に鍛える。お前の身体はまだ弱い。痛みを恐れず、自分の限界を押し上げろ」
ローグは剣を脇に置き、訓練棒を握った。重さがずっしりと腕に伝わる。最初は全く振り回せず、汗が額を伝った。だが、何度も繰り返すうちに、少しずつ腕の感覚が変わるのを感じた。
「……腕が、少し動きやすくなった?」
小さな成長に心が弾む。しかし、次の訓練はもっと厳しかった。縄梯子を使った体幹訓練だ。身体を支える筋肉が悲鳴を上げる。何度も落ちそうになりながら、ローグは必死に手足を動かした。
「落ちるな、ローグ!」
マスターの声が背中を押す。
体幹の強化は、覚醒時の反射速度や安定性にも直結する。ローグは痛みに耐えながら、身体の奥に力を感じ取ろうと意識する。少しずつだが、筋肉が反応するタイミングが短くなり、動きが滑らかになる。
休憩時間、ローグは息を整えながら鏡に映る自分の姿を見た。汗まみれで、肌は赤く、筋肉はまだ細い。しかし、目の奥には決意が宿っていた。
「俺……変われるかもしれない」
午後からは、剣の振りとステップの連動訓練だ。剣を振る動作に合わせてジャンプ、回避、踏み込みを繰り返す。覚醒の力を意図的に抑え、身体だけで動くことを意識する。最初はバランスを崩し、倒れることもあった。だが、繰り返すうちに反応速度が上がり、動きにリズムが生まれる。
「よし、その調子だ」
マスターが微笑む。
ローグは初めて、自分の身体が少しずつ覚醒力に頼らず動く感覚を味わった。恐怖や焦りに飲まれる前に、動きを制御できる手応え――これが、自分の力になる。
夕暮れ、ギルドの屋上でローグは空を見上げた。夕日の赤が広がり、影が長く伸びる。身体は痛いが、心は充実感で満たされていた。
「これが……俺の力になるんだ」
ローグは拳を握りしめる。初めての訓練で、身体と心が少しずつつながった感覚を確かめる。森での覚醒力はまだ制御できないが、この日、自分の身体そのものを強くすることの大切さを知った。
Fランクの弱小冒険者――ローグの成長は、こうしてゆっくりと、しかし確実に始まったのだった。
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