第44話


王城に張った結界に動きがあった。

その通知のような知らせは、起きるには充分な出来事だった。


でも………


やっぱりまだ眠っているみたいだ。

それなら結界の動きも夢の中での出来事なのかな?


「ヒナノ、起きたか」


やっぱり夢だ。

ソファに横になっている私の上にはデズモンド様の服だろう物があり、それを取り払うデズモンド様は慣れた手つきで私を抱き上げる。

昔の夢を見てるんだと分かったけど、こんなチグハグは嫌だとも思った。

だって今見てる場所は天界にある、私自身を慰めるように創ったデズモンド様の作業部屋だ。

デズモンド様が必要とする全ての部屋もあるんだ。

慰みのように創り出した部屋たちは“そこに居る”と錯覚できるから、時々、どこかの部屋に座り、目を開けながら夢見た場所でもあるここじゃない方がいい。

魔国にあったデズモンド様の作業部屋がいい。

夢を見るならそこがいいよ。


「何故起きた」


今日はデズモンド様の声が鮮明に聞こえる。


「ヒナノって、呼んで、くださ、い。いまだけで、いい、から」

「…」


名前を呼ばれたい。

こんなに近くで鮮明に聞けるなら、名前を呼ぶ声だけを聞きたいなぁ。


「怖くない、起きろ」

「デズモンド、さ、ま、あいして、います」

「………大丈夫だ。私はここに居る」


やっぱり夢って都合良くいかないよねぇ…。

名前を呼んで欲しいのに、ちっとも呼んでくれない。


「ヒナノ」


ああ、やっと聞けた。


「ヒナノ、私を見ろ」


デズモンド様らしいなぁ…なんて思いながら、顔を覗き込むと、真っ赤な瞳と目が合って、


「…………ん?」

「…」


キスされた?

なんか感触が………。


「夢じゃない?」

「起きて私を見ろ」

「………デズモンド様」

「大丈夫だ、ここにいる」


そうだ。

どうしてか生きていたデズモンド様を…ううん、デズモンド様の眷属になったんだった。


「デズモンド、さまっ、わ、わたしっ、あいして、いますっ、あいっ、ひっく!」

「私も愛している。大丈夫だ」


もう一度キスをされて、ようやく現実なんだと体感した私は………。


「んっ!ああ!」

「…」

「行かなきゃ!バーナビーに幸福を!」

「…」

「ん?」

「……分かった」

「はい!………え?」

「…」


デズモンド様を見た。

目の前にいるのは間違いなくデズモンド様だ。


「どうし、て…」

「分からない」


きっと身長は177センチだ。

一瞬だけ黒目になったデズモンド様の瞳はドロドロとした濃い赤の瞳になっている。

感情が昂ぶった時や、私に愛を伝える時はいつだって赤くなるあの目で見つめられている。

あの頃とは違う短髪だけれど、黒色の髪は私の大好きな色。

顔も、髪も、手も、姿形も、声も、全てがデズモンド様になっているけれど、あの頃とは異なるモノがある。

竜人の魂と、あの頃も手にしていた魔王の魂が。


「魔王と竜王の魂があります…」

「分かるか」

「多分…」

「説明しろ」

「主の元へと返ったんです」

「…」


私の中にあった竜王の魂と魔王の魂が欠けている。

まるで主の元へと返ったかのように輝きを放っている。


「魔王の魂は元々デズモンド様のモノです。そして、新たな種族となった竜王の魂までもが………奪われた」

「…」


そうだ。“奪われた”のだ。


「………本当にデズモンド様なんですね」

「そうだ」

「夢を見ました…」

「…」

「デズモンド様が何度も生まれ変わった毎日を…全て」

「私も見た」

「へ?」

「お前の人生全てだ」

「それは………」


あまりにも滑稽だっただろう。

私が探しにさえ行けばデズモンド様と会えたのに。

私が諦めてしまったせいで無駄な時間を過ごさせてしまった。


「ごめんなさい」

「いい、私の不足だ」

「え?」

「お前を守れなかった」


それはデズモンド様を取り込んだ時の話だろう。


「でもそれは…」

「私に意見するか」


私の罪なのに、デズモンド様の罪のように伝えてくる。


「どこへ行く」

「へ?………あ!バーナビー!」

「…」

「行きたい、あ!きっと覇気やら威圧が漏れてます。抑えるネックレスがありますよ。いりますか?」

「欲しい」

「お仕事です!おー!」

「…」


とは言ったものの、ようやく頭に現状の景色?見た目?が入ってきて今更ながらにテンパった。

だってだって、デズモンド様の髪が短い!?

嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ!?

見たかった光景が今ここに!

どうしてか姿形が戻ったデズモンド様の短髪の黒髪!

長いのも好きだけど、こっちも好きぃぃぃ!


「かっこいいです…魔王様」

「名で呼べ」

「素敵すぎますデズモンド様!」

「…」

「でも……」

「言え」

「ぅ゙っ……」

「…」

「わがままです」

「言え」

「当分は長い髪を見ておきたいです」

「分かった」

「ふわあぁぁっ…!」


どうしよう!元の長さだ!

そんなに軽々しく髪の毛をイジれるなんて…!

力を理解しただけでなく、容易く扱ってみせるだなんて…!


「かっこいいです!」

「向かう」

「はい!」


私が起きた原因に会いに行く為、天界からアレス世界へと連れて来てもらった。うん。

上空から見える城は変わり果てていたよ。

いや、建物が変わっている意味は分かるよ?渡した魔法陣で変えたんだよね?アレスが次の天使を召喚する場所さえ確保出来てたらいいもんね。うん。そうじゃなくてね?


「母様!」「父ちゃん!」「お母様っ」「母上!」


う、うん。呼び名はね、なんだっていいんだけど……。

こんなにいるかな?一体どれほどの神がこの世界にいるの?バーナビー達は心労で倒れたりしてないかな?魂はね?確認してあるから無事なのは分かってるけど………。


「父ちゃん!母ちゃん起きたっすね!良かったっす!」

「(なでなで)」


うん、あとで色々聞いておこう。


「みんなおはよう」

「「「「「「「「「おはよう!」」」」」」」」」


うん、えっと、うん。ちょっと眠りたくなっちゃったな?


「どこに行く」

「あ、あっちです」


指差した方向に進むと、数人の庭師かな?庭師が見えた。


「ちょっとこっそり見てみます」

「…」


少しだけ上空で人間を観察する。

と言っても、こっそりではなくなっているけれどね。

デズモンド様の姿を知っているのか、あまりにも恭しく、仰々しい挨拶を長めにしてるからバレてるけどね。


デズモンド様が眷属になったとて、無から有の力はない。

漏れているか分からないのと、どれほどの加減をしたらいいか分からないから、ネックレスの他に常時全てを遮断する力を付与したピアスも一応着けようとはするんだけど……


「やれ」

「あう…」

「…」

「…」


なんだか恥ずかしい。

だって伴侶とは言ってるし、伴侶だとも思ってるけど、こう、なんていうか、私にとって誓いのようなピアスの穴を私が空けるなんて…


なんだか緊張します。


「い、今じゃない時にします!と、とりあえず、ブレスレットにします!そっちでも気恥ずかしいですけど!」

「…」

「いいですか?」

「構わない、楽しみだ」

「………」


なんだか雰囲気が妖艶です。


「運命とは厄介だな」

「へ?」

「感情の制御が今まで以上に難しい」

「っっ、もっ、もうそれ以上はっ、なんっ、いっ、色々と心臓が持ちません!」

「それはいい」

「っっ〜〜」


もう無理!

なんだかとっても無理!

そうですよね!竜王の魂までもあれば、今まで以上に強く感じるんですよね!?知らないですけど!

い、今、デズモンド様に気を取られていたら一生仕事が出来ないよ!

無理矢理にでも意識を逸らします!

触れている体にも緊張してきちゃいましたから!


「………」


無理!

こんな気持ちで観察なんてできる訳ない!

もう突撃!突撃しちゃうよ!


「何処へ行く」

「あ、ごめんなさい。癖で…」


一人で行こうとしちゃった。

というか、行っちゃった跡を着いてきてくれた。うん、目の前だけどね。


「ごめんなさい、怖かったですね」

「離れるな」

「頑張ってみます!」


私たちは恐れている。

死に別れし、探し回った過去を思うと、手の中から離れてしまうのが怖くなるんだ。

でも、私はその中で随分と一人で動く事に慣れすぎていて、簡単に離れてしまう。

うん、反省だ。


「こんにちは」

「…」

「こんにちはでございまする!て、天使様!神様!」


面白い人だな。


毒の守りとは別に、一つの魔力が城に立ち入ったら反応するような結界を張ってあった。

そして反応したのが、目の前の老いた魔人に対してだった。


「お庭を整えると聞いて、来てしまいました」

「…」

「ごゆっくりなされよ!」


随分と可愛らしい人だ。

想像とは違ったけれど、精霊である土のの加護が施されている少し棘のある魔力を持つ人。


「花はどうですか?」

「…」

「む…。良き環境だ。だが、少し成長しすぎているのが心配になる」



ああ、良かれと思って魔力を与えた神でもいるのかな?

あとで伝えておこう。


「もう成長しすぎないので大丈夫ですよ」

「それならいい」


ほっとしながら、花を愛でて大切にしているのが分かる。


「「ヒナノ!」」


あ、バーナビーとルーシャンだ。

そんな遠いところから声をかけてくれてくれる程、心配させちゃったかな。


「あと30秒ってところかしら」


バーナビーの声に反応して、大げさに体を揺らした魔人を見上げてタイムリミットを伝える。


「選択は今、あなたの手の中に」

「…」


強張った表情をしている目の前の子がなにを思っているのかは分からない。


「あなたはなにを選択する?」

「ワ、ワシは……」


近付いてくるバーナビーから一度、目を逸らしたけれど、やはり目に入れておきたいのか、視線を上げ、バーナビーを見てる瞳は…。


「ダバーーー!」

「くすっ」

「…」


花を愛でていたよりも、愛おしそうに見ている瞳からは涙が溢れすぎていて、花にまで潤いを与えてしまいそうだ。

そんな彼を気にせずに、私の元へ来た二人は恭しく挨拶した後、私を抱きしめてくれた。


「「おかえり」」

「ただいま」

「…」

「うわっ!」


まさかのこの距離で転移ですか!?デズモンド様!

あっという間にデズモンド様の腕の中にいる私をポカンとした表情で見ている二人。


「今日はルーシャンに話があってきたの」

「どうした?」


分かりやすく手の中で卵の殻を創って見せた。


「っっ」

「?」


あとはルーシャンにお任せしようと、老いた魔人の背中をポンと押して、


「終わりましたよ」

「話し合おう」

「はい」


天界に戻った。


まだ一言二言しか話していないけれど、いい人だと信じよう。


バーナビーの兄は涙脆い可愛い人だな。


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