第42話


デズモンド様と手は繋いだまま、


空いている手のひらで、


頬を、


まぶたを、


おでこを、


唇を、


確かめるように、


「ん…」

「…」


私に、触れる。


デズモンド様の手が、また震えてきたと同時に、私も震えてる。

興奮の匂いをさせているデズモンド様に当てられてもいるけれど、それ以上に、傍にいて、触れられて、見つめ合っている事実に…。


嬉しさと、恐怖が襲ってきて、震えてしまう。


「はぁっ、」


吐く息が熱い。

それをもったいないと思ってしまった。

今は、デズモンド様だけの熱を感じたい。


そんなに優しい触り方でした?なんて、聞きたくなるほど、


優しくて、


残虐性なんて微塵も感じさせてくれない、


薄い赤の瞳を真っ赤にさせようと、努力しているみたいに、


強く、


熱く、


縛り上げようとしているような、


抗えない熱と、


抗えない甘さ。


「変だ」

「………え?きゃぁ!」


なぜだか、ソファに優しく落とされて、「観察」される。


「どこが変ですか?」

「熱か?」

「………ふはっ!」

「…」


私とデズモンド様が一緒にいた期間。

私の魂は欠けすぎていて、昔とは異なる今の私に違和感を覚えているのかもしれない。

その時、取り込んでいたのは獣王の魂だけだったから。


そうだね。

デズモンド様も変わったけれど、私も変わったんだ。

あの頃のような熱ではないだろう。


ああ、私の心配ばかりするのは、相変わらずだ。


「淫魔でもあるんです」

「その可能性は考えたが違った」

「へ?」

「尻が濡れるのは淫魔だけだろう」


そんな事で確認しないで欲しいです……魔王様。


「私、淫魔がいるって知りませんでした」

「…」

「教えたくなかったですか?」

「奔放だ」

「へ?」

「…」


奔放?私が?淫魔が?

でもでも、淫魔なんだからそうじゃない?

むしろ奔放じゃない淫魔を見かけたら警戒すべきじゃない?


「?」

「誘惑は危険だ」

「………」

「…」

「………」

「…」

「………ああ!」

「………」


デズモンド様が初めて私に媚薬を飲ませた時か!

人間だと思い込む事で体が脆くなっていた私は、その媚薬によって生死を彷徨っていたように見えてたもんね。


「ごめんなさい」

「もういいんですよ」


どうやら、しでかした事を口にする勇気がなかったみたい。

説明してくれる時は声にちゃんと出してくれるのに、こんな簡潔に…


「ふふ、可愛いです」

「…」


その後は、デズモンド様が手作りした媚薬だけを摂取していたけれど…そっか。

淫魔は確かに奔放だ。

その奔放さや、淫魔の匂いによって誘惑される人間が中毒になってしまう事になる。

そういう危険までも排除してくれていたのか。


「知らない事がたくさんありそうです」


デズモンド様が魔国で暮らしていた時、きっと眠っている私を片時も離さず、本当に色々な事をして、なにも見せないようにしていたんだろう。


「拗ねたか」

「当たり前です。デズモンド様を知らないのは嫌」

「私もだ」


そんな事言いながら秘密にしてたくせに。


「淫魔ではない」

「はい、“あの時”は淫魔ではありませんでした」

「…」

「あの時は、竜王の魂を取り込もうと画策していませんでした」

「…」

「あの時は、リヴァイアサンの魂を己自身の手で確実に、モノにしよ、うと、取り込んでは、いません、でした」

「…」

「わたしは、わた、…………。私は、」

「…」


本当に最悪だ。


「私はデズモンド様を、魔王様を、取り込みました」

「取り込ませた者がいるはずだ」


どうしてだろう?

遥か昔の記憶なのに、デズモンド様にとってもきっと、昔の記憶なのに…どうして覚えているの?どうして瞬時にその考えに至るの?どうしてすぐに、「取り込むとはなにか」と、聞かないの?どうして…


どうして変わらず私を見つめ続けてくれるの?


私が殺したのは事実なのに。


「あのあと、は、」

「誰だ」

「わ、私はまた巡り」

「言え」

「魔力が、あって、」

「誰がやった」

「ごめんなさいっ、わ、わたしと、楽園の者が…!」

「…」

「果実が取り込ませました、わ、私は…」

「………知らなかったはずだ」

「し、知りませんでした、知らない事が私の罪です!し、知っていれば、あ、あんな事にはならずに、わ、わたしが、わたしを、ごめんなさいっっっ!」

「説明しろ」

「は、い、っ、」


泣く権利なんかない。

しっかりしろ、私。

向き合うと決めたんだ。


目の前の人間をデズモンド様だと認め、傍にいると、拒絶されるまでいようと決めたはず。


そして先に話さなければならない。

デズモンド様の人生を聞く前に。


だって、“生きて、死に、また生きている”んだと、そういう風に言っていた。


それならば必ず原因があるはず…。


その原因はきっと、私に関連しているはずだから………。


「ね、眠たい時は我慢せず、に、」

「…」

「ご、ご飯、も、ちゃんと、わ、渡します。これを、と、取り出して、くだ、さ、」

「…」

「のみもの、も、ちゃんと、」


しっかりしろ。


泣く権利も、向き合わないという選択肢も、私は持ち得ていないんだ。







「私は人ではありません。あの頃は、その事実を忘れていました。私の魂がバラバラに散り、その1つがデズモンド様の魂…王となる魂、本来は私の魂です。私は楽園という場所で創られ……」


話した。

全てを話したよ。

イヴな私も、私となった今も全部。

感情的になりすぎているのだろう。

上手く伝えられていない時は、質問され、それに答え、また話していくを繰り返した。

長く続く、楽園の世界と、アダムの世界での人生を嘘偽りなく伝えている最中、何度か食事をしてくれたから安心して、また話し出す私の言葉を、聞き逃す事なく見つめ、真剣に聞いてくれていた。

私の愛も伝えたよ。


“2人でいい”

いつかそう言ってくれた時があった。

その時と変わらない愛情を与え、変わらず一途に私を想ってくれていると、恥ずかしながらも、感じるんだ。


デズモンド様の全てで。


だから、私の伝えた内容は気に食わない事だらけだろうし、呆れてしまうかもしれない。

「お前のせいで」なんて言われてしまう近い将来を思うと、絶望に染まりそうになるけれど………。


これが例え、私が作り上げてしまった人格だとしても………


“今”幸せなら、少しはマシに生きていける。


いつだって、これからなにを言われようと、デズモンド様は私を奮い立たせてくれるんだ。


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