第39話


「ほ、本当に?デズモンド、様…ですか?」

「そうだ、なにがあった」

「なに…なにって、デズモンド様の方こそ、な、なんで、だって…」

「話せ」


はっと、思わず彼の魂を確認する。

魂を故意的に創り出す事は出来ないけれど、器となる肉体を創るのは可能だ。

そして私は淫魔でもある。

淫魔は夢見という、夢の中に潜り込んで人間相手に“お遊び”をする事が出来る。


魂は問題ない。

肉体も、無意識に創った形跡も見当たらない。

ただの竜人だ。


それなら。


「ち、違い、ます」

「…」

「デズモンド様じゃないです」

「…」

「き、きっと、私が、ゆ、夢見で、デズモンド様との記憶を見せて、それで、あ、あなたが勘違いを…」

「私が間違えるはずはない。これは私のモノだ」

「で、でも、私の記憶をデズモンド様に渡した時は勘違いを」

「なに?」

「私の感情までも感じたって言いました。そんな事は不可能です」

「…」


デズモンド様と出会ったばかりの頃、日本にあったパソコンが欲しいと溢したことがある。

作り方なんて分からないと伝えたら、「作れるか記憶を見るか」と言われて見せたことがある。

そして、私の記憶に当てられたデズモンド様は感情までも伝わったと言った事があったけど、あれは勘違いだ。


「私の記憶を見たデズモンド様が、感情があれば…と思った心で芽生えた感情だったんです。だから今回も私がなにか」

「それがなんだ」

「え?」

「お前が夢見で植え付けたとしても、私は私だ」

「それ、は…」


確かに言う通り、1つ裏付ける事柄がある。

魔国の魔法陣だ。

ディアブロに記憶を渡したとしても、それはあくまで私の過去を、私視点で見せただけで、その間に起きた出来事や、学んだ事は映像で見せる事しか出来ない。

例え、魔法陣の構築の全てを誰かに見せたとて、だからといって呼吸するように扱えたりしない。

私が目の前の人間に、人格を形成し、全てを見せていたとしても。


「あ、ありえない、よ」

「…」

「そんな夢物語が私の人生にあるだなんて!絶対に信じない!!!」

「…」


そうだよ、だってそんな現実ない。

私は全てを失敗した。

デズモンド様と一生一緒に生きていけると心の底から思えた時も、私が私を思い出さなかったせいで果実が取り込むよう、殺した。

間違いないもん。だって、ほら、私の魂にはデズモンド様の魂が、魔王としての唯一無二の魂があるんだもん。

楽園の者までもを全て取り込んだ私だ。

魂には、私の目には全てが映ってる。


「怖がるな」

「い、いやです!」

「ヒナノ」

「嫌!ありえない!全て失敗したのに!誰も傍に居ないのに!1人じゃ生きていけないのに!みんな!みんな私が殺したんだ!!!」

「説明しろ」

「嫌だよ!あなたはデズモンド様じゃない!黒髪だもん!短髪が好みだから見てみたかったけど、長髪の黒髪で!黒い瞳だった!私に愛を伝えてくれる時はいつだって赤く染まった瞳で見つめてくれてたんだ!デズモンド様じゃない!デズモンド様は!デズモンド様は!」


私が…。


「私が殺したんだ!!!」


バキッッッ!!!


扉が壊れる音がした。


私の感情の昂ぶりによってではなく。


「「ディアブロ!」」


護衛たちの力で。


「私を殺した説明をしろ」


そんな事、構わないというように私と対話しようとするデズモンド様は昔と変わらない。


けれど、私は変わった。

彼が展開する魔法陣や、入ってきた人間たちを排除しようと攻撃魔法や、私を転移させようとしているのが分かる。

私は変わりすぎた。


あの頃とは変わりすぎたんだよ。


「随分と上手く使うな」

「…」

「私はどれほど見逃した」

「…」


全てを無効化し、私と彼が居る場所までみんなが入って来れないようにした私に怒ってる。

「一体なにを私は見逃したのか」と。

全て見て、同じ感覚を味わっていたはずなのにと。


「ヒナノ」

「嫌です」

「ヒナノ」

「嫌です、拒絶します」

「言え」

「私が作り上げてしまった人格と、一体なにを話せって言うんですか」

「私を偽物扱いか」

「デズモンド様はなにも分かってない」

「言え」

「っっ〜〜!私はデズモンド様だけじゃない!あの世界ごと!私は消滅させてしまった!あの世界だけじゃない!アダムの世界ごと!」


そうだよ。そうじゃん。

私は全てを失敗した。

なにもかもを取り込んだのが今の私。

成れの果て。


「私がなにも知らないと言ったな」

「…」

「お前もまた、私を知らない」

「…」







「何万年か?私が巡り、死に、新たに生を受けたのは」







言われた言葉の意味はよく分からなくて、一番理解出来る内容だった。

生きて、死に、また生きて歩んだと、そう思ってしまえるほど、声音はハッキリとしていて、疑う余地なんてどこにもないと伝えている。


そして、その言葉を聞いて色々と考えた。

そのうち一番いいと思える選択肢は、ここではなく、天界に連れて行き、ゆっくり彼の話を聞き、原因の追求と思いを受け止める事。

だが、それは私と、“デズモンド様”にとっての一番の選択だ。

目の前の彼が夢見で形成された誰かなら、元通りにしてあげなければならない。

彼には人生があり、親が存在し、生活をしている。

そんな彼の全てを私が奪ってはいけない。


今は、戻す為にここで、天使様と護衛という立ち位置として、運命として向き合わなければならないと結論付け、心配そうに見つめるリンジーに声をかけた。


「バーナビーに」

「逸らすな」

「今は、ここで暮らし、この国のルールに従い生きています。私も、あなたも」

「名を呼べ」


相変わらずだ。


なんて思った。


魔王様とつい言ってしまう私にいつもそう言うんだよ?

「お前しか呼ばない名を呼べ」と。

魔王様であったデズモンド様の名を呼ぶ事さえ出来なかった。あの国では。

魔王様はいつだって覇気を出していたから、そのせいで名前さえ呼ばれなかった。

私はいつだって分からない。

威圧も、畏怖も、本能も。

だから呼べた。

愛する魔王様の名前を。


制御出来ないと、残念そうに言いながらも、少ない関わりを大切にしていた人。


そういう想いや思い出が、ポタポタ、ポタポタ、私の心に広がっていく。


「っっ〜、どうしたら、いいか、わか、分かりません、どう、っっ」

「今を見ろ」


その言葉はいつだって私を奮い立たせてくれた。


「っっ、ひっく!」

「…」


どうしたらいいの。


「っっ」

「…」


だって、もう、


「っっ」

「…」


私一人の気持ちじゃない。


「うあっっ、ぐすっ!」

「…」


目の前に居る“彼”は、とても怖がっている。


「どうっ、っ、」

「…」


触れたくて、指先を動かしては手のひらに閉じる彼は、


「っっ」

「…」


とても…


とても、怖がっている。

私がどこかへ行ってしまうんじゃないかと。

“昔”のようになにも分からず、魔力もない私じゃない。

彼の魔法を軽々しく弾き、彼の魔力を無効化する私に怖がってる。


守る事ができないんだと。


どこへでも行けてしまう私を、心底怖がり、離れて欲しくないと…


そう願っていると気づいてしまった。


だって、私はずっと傍に居た。

本当に、片時も離れず傍に…。


「デズ、モンド、さまぁっ…!」

「…」


なにを言いたいのか分かる。

そして、また、彼も私の事を知っている。

私もまた怖がっている事に気付き、どこかへと、消えてしまうのではないかと不安がって、でも…見える“今”を見ようとしている彼に私はどうしても…


「ひゃっ!」

「…」


怖がりながらも、勇気を出して、


私の手を引いて胸に仕舞う彼を、“彼”だなんて思えない。


伝えたい全てが我慢できなくて………。


「デズモンド様っ、あい、愛していますっ、いつだって、あ、愛してっっ、」


胸の中で伝えてしまった言葉に、これが正しい選択だなんて思えない。




「私もヒナノを愛している。お前だけを求め、生きてきた」




そんな事を言い、彼は、ディアブロは、


デズモンド様が。


あまりにも優しく私の涙を拭うから、


熱い手で、


私の熱も感じて、


唇をなぞる指先に、


見つめる薄い赤が、


全てを見ようとするその瞳に、


心を預けて、


全てを委ねた。












「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」


瞳を閉じずにキスをする癖も変わらず、また私も変わらない“今”を感じて、


「ごほんっ!えほん!えほん!ごほんっ!」

「「「「「「「「「………」」」」」」」」」「「…」」


えーっと………。


今どんな状況だっけ?なんて、バーナビーのわざとらしい咳払いを聞きながら思ってる私の唇から離れそうにないデズモンド様に向けて眉を下げるけど、離す気がないのは私が一番よく分かってる。


でも、きっと…。


「ちゅ」


離すんだろうとも分かった。

私のそういう姿は見せたくないんだろうなって。


「あー…説明出来そうか?」

「「…」」


説明したいんだけど…デズモンド様から「逸らすな」という視線を頂いている私は、逸らす事も、口を開く事も出来ない。


だって、それが私の望みでもあるから。


デズモンド様だけを感じたいという、私の望みも叶えてくれている。


「必要か」


デズモンド様から発せられたその言葉は、私に向けられたモノで、これからどうしたい?とも聞かれている意味合いも込められていた。


「私は天使様なんです」 

「分かった」

「きゃっ!」

「…」


軽々と、いつものように抱き上げたデズモンド様の手も、姿形も、見つめる瞳も、全てが違う違和感が、ずっとずっと、心に襲ってきてる。


「嫌か」

「いいえ、嫌ではありません。でも慣れるまで少し時間がかかりそうです」

「…」

「デズモンド様もですか?てっきり姿形を気にしていないかと思ってました」

「お前が気にしている」

「はい」

「好きか」

「それは……その……」

「言え」

「す、好きです。黒髪に黒目のデズモンド様が大好きです。瞳が赤くなるのも大好きですなんです」

「短髪が良かったか」

「そんな事言いました!?言ったかな!?言ったかも!?す、拗ねないで下さい!フルーツタルト…あ!手作りフルーツタルトを半分こしましょう」

「…」

「なんですか?」

「私が用意する」

「ふふ、はい。でも、私の手作りも食べて欲しいです」

「分かった」

「分かってくれて嬉しいです!」


どんなフルーツタルトを最初に食べてもらおうかな?なんて思考している私の、私たちの前に来たバーナビーとルーシャン。


「そのままだといつまで経っても話せそうにないぞ?」

「「…」」

「説明が先だ」

「「…」」


普段通り、いつものデズモンド様とヒナノで居続けちゃったらしく、困惑顔が2つ……10あります。


「あ!攻撃は駄目ですよ?」

「…」

「駄目ったら駄目です!バーナビーは王……」

「言え」

「ぅぅ…どうしよう…デズモンド様がいるのに、デズモンド様が魔王様じゃないなんて…なんだかとっても違和感です……」

「分かった」


すぐに分かっちゃうんだから。

ここであっさりとバーナビーを殺し、玉座に座ろうと、私の想いを汲み取ろうとしちゃうんだから。


「分からなくていいんです!分かっちゃ駄目です!こんなところでデズモンド様の素敵姿を見せてしまったら、周りから反感しか買いません!」

「…」

「だ、駄目なの!それに、デズモンド様とはたくさん話したい事がありますから、仕事ばかりされても寂しいです」

「私も話したい」

「はい!」


「「……話をするぞ」」


困った………。

デズモンド様と居ると、なにも考えなくていいと思ってしまうのか、何も目に入らなくなってしまう。


「デズモンド様、話しながらフルーツタルトを食べましょう!」

「…」

「分かってくれて嬉しいです!」

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」


「…」

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