第38話


「ヒナノ、早く起きなさいよ」


グロリアの声がする。


「パジャマパーティーするんでしょ」


パチパチと目を覚ますと、グロリアが寝間着を着てベッド端に座っていた。


「支度してる間に起きてよね」


そう言いながらテキパキと、私が思い描くパジャマパーティーの準備をしていくグロリアの手元を見ながら覚醒していく。





「ふわああぁぁぁ………」

「ディアブロが好きなんでしょ」

「………」


起き上がった私に放たれた言葉にもう一度寝たくなってきたよ。


「なにがいいのよ、あんな男」

「………グロリアが言う台詞かな?」

「私だから言えることでしょ」


まぁ、それもそうか。

きっと他の誰よりもディアブロを見ていたんだもんな。


「好きじゃないよ」

「それなら戻していい?」

「なんでよ」

「弟が筆頭護衛になってんのよ、鬱陶しくて仕方ないんだけど」


ええ?ディアブロの弟が?

あの時ちゃんと伝えたはずなんだけどな? 

弟にも父親にも用がないって。

まぁ、弟はバカそうだから通じないか。


「………やだ」

「ほら、好きなんじゃない」

「好きじゃない!」

「好きになりなさいよ」

「………は?」


どうしてグロリアの元好きな相手を紹介されているんでしょうか。


「新しい恋をしたっていいじゃない」

「…」


新しい恋の応援をしてもらっているようです。

そろそろ次を見ろよとでも言いたいのかな?


緑茶を渡してくれたから喉を潤して、どうしてか無理矢理詰め込まれたお菓子を噛み砕く。


「あんたがなにも言いたくないのは分かるけど、見てると心配になってくんのよ」

「ごめんね」

「勝手に心配してるだけ」

「うん」

「もういいんじゃない?」

「………やだ」

「じゃぁせめて教えなさいよ」

「うん?」

「あんたの伴侶、どんな人か聞かせなさいよ」


え?ノロケ話ってこと?


「ええ?」

「嫌とは言わせないわよ」


嫌な訳じゃないんだけど………

どう説明すればいいんだろう?デズモンド様のことを誰かに話したことなんかなくて、困っちゃう。


「うーん…心配ばっかりしてる人」

「それで?」

「常に傍に居てくれて、なにを考えてるかまでは分からないけれど、なにかを考えてるのは分かるみたいで、考え事をしていると必ず「なにを考えている」って聞いてくれる人」

「めんどくさくない?」

「はあ?はあああああああ!?どこが!?どこが面倒なの!?デズモンド様ほどいい男なんてどの世界にもいないわよ!」


どこが面倒なんだろう!?

いつだって私を見てくれて、私の考えを知りたいって言ってくれる可愛い魔王様なんだよ!?


「分かった分かった、それで?」

「ええ?んー…無口だけど優しくて、怪我なんかしちゃったら顔を真っ青にしちゃって、私の全てを見逃さないようにしてる人…かな?」

「ディアブロじゃん」

「ど、どこがだろうか!?」


私も似てるとは思っちゃってるけども!

一体どこが似てるんだろうか!


「………ふぅーん」

「含みのある“ふぅーん”はやめて」

「重ねちゃってるんだ」 

「核心を突くのもやめて!」

「ふぅーん?」

「うざああああああい!!!」


ふぅーん、なんて言いながらお菓子を食べ続けてるグロリアに本気で腹が立ってくる。

この友達イライラするぅぅぅぅ!!!


「似てる?」

「………ちょっとだけ」

「ほんとは?」

「デズモンド様と出会った最初の頃の雰囲気とよく似てる」

「ふぅーん」

「殴っていい?」


もうやだ。この友達。


「あんたの………なに?」

「どうしたの?」


廊下側を向いて意識を尖らせたから耳を澄ませてみるけど、私にはまだ聞こえてこない。


「ここに居て」

「うん」


寝室から出て行ったグロリアは一体なにを感じ取ったんだろう?なんて思いながら、忠告も忘れて隣の部屋に足を運んだ。


「〜〜、っ………〜〜〜………」


外から怒鳴り声と魔法が弾かれる音がした。


「襲撃かな?」


天使様を害そうとするような人なんていないと思ってたけど、見誤ったかな?なんて思いながら、グロリアが応戦してるなら私も戦おうと廊下に続く扉を開けた。


「ヒナノ!!!」


その声にびくっと体を揺らしたのはデズモンド様を感じたからじゃない。

そうやって心うちを誤魔化しているのに、変わらず見つめてくるディアブロから感じるのは「無」なんかじゃなかった。


どうやらディアブロが襲撃?してるみたい。

感情的になって。


意味が分からなかった。


そんな行動をするディアブロにも、


「え?」


魔法陣を放つディアブロにも。


「な、んで……」

「ヒナノ!ヒナノ!」

「なにしてんだ!捕らえろ!!!」


大勢の護衛に囲まれながら額から血を流しているディアブロが放つ魔法陣は私がよく知る魔法陣だった。


私が扱う魔法陣だ。


この国に来てから目に見える形で使用した魔法陣はこの国の物だ。

一度も見せたことなんてない。

デズモンド様が操る…魔国にあった魔法陣を容易く扱い、護衛を排除しようとしているディアブロは一体なんなのか。


「ヒナノ!!!」


どうしてそんなに必死になって私の名前を呼ぶの?


「っ、この化け物を早く殺せ!!!」

「ヒナノ!」


ディアブロの赤の目からは愛しか感じ取れない。


「天使様、早くお部屋に」


ディアブロの弟が私の肩を掴んで部屋に戻そうとした。


「っっ、それは私のモノだ!気安く触れるなよ!!!」


そんな声を放ったディアブロは油断したんだろう。

国一番の力がある癖に背後を取られ、床に叩きつけられた。


「ヒナノ!」


そんなことは些細な事というように、私へと手を伸ばす。


その情景は、


『ヒナノ!っっ、ふざけるなよ!』

『デズモンド様ああああああ!』


まるであの時の…悪魔達がデズモンド様を殺そうと私たちを囲ったあの景色とダブった。


「天使様、お早く」


そうやって意識を過去に飛ばしていたからか、ディアブロの首に剣が当たった。


血が、


流れた。


「あ、あ………」


またデズモンド様を失ってしまうと思った。


「っっ」


だから咄嗟に床に手をついて、無から有の力を使い、床の上を土に変えて、ディアブロの首に当たっている剣の形を短剣に変えた。


「ヒナノ!!!」

「デズモンド様!!!」


思わず走った。


彼の元へ。


彼も背に乗る護衛を吹き飛ばし、私の元に走った。


「ヒナノ………」


無遠慮に抱き着かれた体は熱くて、生を体感した。


「ヒナノ、ヒナノ」

「デズモンドさま……」


私の頬を持ち上げ、観察する目はデズモンド様だと感じた。


心配そうに見つめる瞳。


愛が溢れているぬくもり。


震えている手が離さないようにとしている。


「しんだ……のか……?」


震える声音で聞かれた言葉の意味が分からなかった。


「デズモンドさま?」

「そうだ」


目の前にいるのは間違いなくディアブロで、デズモンド様じゃない。


「デズモンド、さ、ま、です、か?」

「そうだ」


姿形も、声も違う。

体格はよく似ているけれど、デズモンド様は血なんか流さない。だって強いもん。


「っ、け、怪我をしてます」

「問題ない」

「だ、駄目!どう、グロリア!助けて!」

「今呼んでるから」


今の私じゃ助けられない。

人体に関することなんか尚更だ。


「っっ」

「なにを見ている」


私の首を掴んで不貞腐れているのは、


だれ?


「………え?」

「問題ない」


彼の手が私から離して魔国の魔法陣を展開した。

治癒魔法を。


「あなたは、だれ、ですか?」

「デズモンドだ」

「う、そ、です」

「嘘はつかない」


デズモンド様は嘘をつかない。

そしてディアブロも嘘をつかない。


「きゃっ!」

「…」


私を抱きかかえて室内に入っていった彼は扉を乱雑に閉めた。

誰も入ってこれないよう、魔法陣をかけて。


「だれ?」

「デズモンドだ」


彼は一体誰なの?


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