第21話


そういえば予定を聞いていなかったなと思ったのは、リンジーから無情な内容を受け取った時。


「この後は貴族数名と食事を。お茶会でしたが、時間が押しましたので、変わりに夕食を」


リンジーとグロリアと一緒に食べたかったのに…なんて傷心しながら部屋に戻ると、追い打ちをかけるように叱られました。


「天使様、よろしいでしょうか」


ディアブロから。


「はい」

「あのように好き勝手動き回る事を、今後一切なさらないよう願います」

「はい、ごめんなさい」


彼の言う通りだ。

守る対象があんな行動に出たら守れない。

あれで死なれて責任を問われても不条理だ。


「予定通りの動きをなさって下さい」

「はい、ごめんなさい」

「申し訳ございませんが、信用出来かねますので、しばらくは近くで護衛をさせて頂きます」

「はい、迷惑かけてごめんなさい。お願いします」


みんなの仕事をきちんと全うさせてあげられなかったな。

私は私が強いと知っている、けれど力に驕らず傲慢にならないよう注意もしている。

いつ、どこで、なにがあり、心を壊されるか分からないから。

でも、私は強いという認識ももちろんある。

だからあんな行動をしてしまったけれど、みんなには無茶で、酷く傲慢に映っただろう。

民らには良き顔見せだったとは思うけれど…うん、ごめんなさいだ。


「みなさん本当にごめんなさい。とても浅はかな行動をし、みなさんの命まで危険に晒しました。二度としないとは言えません。愚かを繰り返すかもしれませんが、変わらず付き従えて下さると嬉しいです」


謝罪に基本なモノが足りていないと気付き、ガバッと飛び上がり、地面に頭を擦り付けた。

いつの世も、正座は基本です。

綺麗な正座ができました。


「顔上げて、大丈夫だから。ディアブロはキツイ言い方しか出来ない訳?」

「…」


なんて事!?


「グロリア!どうしちゃったの!?」


反省中だなんてすっかり忘れて、顔を上げちゃったよ!なにその言い方!


「だってどこがいいのよ、この男」

「「「「「「「…」」」」」」」


どうだろう…それはどうなんだろうか…。

彼は一応、私の運命なのだ。

運命と出会ったら、相手が幸せになれればいいとも昔は思っていたから…。

ううん、ちょっと複雑ぅ。


「どこがいいと思う?」

「それが分からなくなった瞬間、どうでも良くなったわ」

「もういいの?」

「私、お喋りな男が好きみたい」

「「「「「「「…」」」」」」」


それは今更なんじゃないだろうかと、きっと室内に居る全員が思っている事だけど…。


「「「「「「「…」」」」」」」


口には出さないでおこう。







そんな失恋というか、目が覚めた?グロリアが今日はエスコートしてくれるらしく、食事会?の、後ろに立ってます。

どうしてか護衛として、視線が厳しくなり、優秀になったグロリアが。 

ちなみに離れず、ぴったりとくっついて横に浮いてたのもグロリアです。

歩く練習はまだ続けてるけど、早めの移動なんかはまだできないから、浮く機会も多いです。


「久しいな」

「お久しぶりです!土のご飯ありがとうございました!とっっても美味しくて、思わず叫んじゃいました!」

「ならいい」


テレンス公爵も夕食の場にいる。

相変わらず伴侶を表に出す気はないようだ。


そういえば、他数名の貴族たちの名前忘れちゃった………。

急いでたから、リンジーと覚えようね?さんはい!みたいな復唱もなかったし、実はまだちょこっと落ち込んでる私の耳には挨拶が届かなかったのだ…。

うん、まぁ、いいか。

あとで聞こ。


「天使様とこのような場を共有できるとは…」


キラキラと目を輝かして、心からの台詞を吐き出す赤頭。うん、色味で判別しよ。


「天使様がご降臨なされてから幸福ばかりが訪れている」


嘘を並べて私の機嫌を取ろうとしている黄色。


「…」


ディアブロか!みたいな突っ込み待ちなんじゃなかろうか?なんて思えるほどに無言な緑頭。


ちなみに私は、今この場でテレンス公爵以外と直接会話をしていない。まだ。

一度、話しかけようとしたら、テレンス公爵からの視線が厳しくなったので、大人しくしておくのだ、話しかけなくていい理由でもあるんだろう。

仕事の邪魔はしないのだ!


「天使様、お好きになった料理でも…失礼」

「もぐもぐ」


失礼されるよ。口いっぱいに頬張ったからね。物理的に話せなくなってるよ。


「早く食してみたいものだ」

「既にマーティンデイル公爵の元では作り終えていると」

「今日の顔見せでも食べる姿が民衆の目にとまったと聞いた」


土丸ごとご飯の話のようだ!

一体利益はどこへ向かうんでしょう?天使サマー気になるなぁ?テレンス・マーティンデイル公爵はどこまで稼ぐつもりかにゃー?


「このように相まみえる席を作って下さった王様と、心優しい天使様に……改めて感謝を」

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ………はい、私もお話できて嬉しいです」


どうやら緑髪は天使様という存在自体が好きらしい。

今までの無表情は一体どこに…なんて思えるほど、ふにゃんて顔を崩してる。

可愛いよね。

そんな緑の対応を見て、話してもいいと勝手に判断した私は言葉を返す。


どうやら黄色と赤は私と“仲良く”なって、紹介したい人物がいるらしい。

だからこそ、テレンス公爵は“仲良く”して欲しくない事情があるんだと察した。


「そういえば、継承が決まったとか」

「ええ、優秀な子に育ってくれました。そちらも、お噂はかねがね」


婚約者を紹介したいらしい。

できれば己らの子を。

この国では一人の相手としか婚姻出来ない。

だが、離縁率も多いと小説を読んで学んだ…多分そう。そんな事しか書いてなかったから。

うーん…小説ばかり読んでいるからなぁ…。歴史に疎く、常識もそこまで学んでいない。

今日から歴史書にでも手を出すか。


「もぐもぐ」

「…」


ちょうどいいと、サラダに入っている赤と黄色の野菜の1つを端に寄せ、緑だけを口にする私をテレンス公爵は気付いた。

なにをしたいのか分からないけど、こういう認識ですよー。なんて、伝えられたらいいなー。ってね。

緑は安全、赤と黄色は馬鹿という意味を込めて。


「天使様は……失礼」

「もぐもぐ」


タイミング悪いね、赤。

また口いっぱいに頬張っちゃったよ。


「にしても喧嘩2国の争いがこちらに流れてきそうですね」


なんて、黄色が私にも向けて話すけど…嫌味かな?幸福が訪れてるはずなのにって言いたいのかな?

ていうか、喧嘩2国ってなんだよ。


「我が国には天使様がいらっしゃる。無駄な心配はするな」

「その通りだな」


まさか緑が反論すると思わなかった。

テレンス公爵も乗っかってるけど、テレンス公爵が反論するかと思ってたのに。

ふん。

緑からの印象は悪くないらしい。私の。


「天使様、我が領地では豆の栽培が主となっておりまして、王城にも献上しているのですが…気に入りましたか?」


今食べてるスープの事かな?赤は主語が足りないね。


「コクコク」

「それは良かったです」

「私はそろそろ戻る」


観察が終わったらしいテレンス公爵は、仕事に戻るらしいので、私も普通にお話しようと、口いっぱい頬張るのはやめた。




「マーティンデイル公爵に、素晴らしい王様、そして最たる幸福である天使様がいらっしゃれば、魔王共などすぐに倒せてしまうでしょう」

「それもそうだ!」




なんて、赤と黄色が言い放った。

テレンス公爵へ、帰りの挨拶として。


バリバリバリバリバリバリバリバリッッッ!!!


そして私は感情の制御が出来なくなった。


「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」


体中から雷が放出されて、


ドンッッッッ!!!


テーブルを雷で叩き割って、


ガシャンッッッ!バリバリッッッ!!!


部屋中を、

扉を、

人以外の全てをめちゃくちゃにして。


「っっ〜〜!魔王様はもういないんだ!!!」


八つ当たりした。


「どこ、にもっ、っ、どこにも、いない、のにっっ…!」


魔王なんて言葉はどこにでもある。


「お前らが口に出していいお方じゃない!」


ただの比喩かもしれない。


「もうっ、どこ、にもっ、いなっっ……!」


魔王と呼ばれるただの人間がこの世界にはいるのかもしれない。


「っっ、魔王様は唯一無二だったのに!なん、で、なんで!わた、私が…!っっ〜!」


なのに、その単語を聞いただけで制御ができなくなってしまった。

人間に危害が及ぶ前にやめなくちゃいけないのに。

心の制御をしなくてはならないのに。

デズモンド様みたいに、害を及ぼさないようにと、そういう優しい心を真似たいのに。


『デズモンド様!作りました!』

『知っている』

『贈り物です!』

『ふっ』


思い出が心を濡らして、ポタポタと溢れさせていく。




「デズモンド様はもうどこにもいないんだ!!!私が!私が私を思い出さなかったから!私が!」




どうして傍にいてくれないんですか?

なんで一人にするんですか?

私は一人で生きていけないって、知ってるじゃないですか。


どうして…。




「大丈夫だ」




「っっ〜〜、うあああああああああああん!」


どうしてか視界の端にディアブロが映って、その目は焦りと、愛が溢れていたような気がした。


焦りながら必死に私へと手を伸ばし、


熱いぬくもりが私を包んだ。


無遠慮に抱きしめられた体は相変わらず熱くて………


「デズ、デズモンドっ、さまぁっ!」

「大丈夫だ」


怒りで溢れた雷はいつの間にか収まっていて、でも、変わりに深い悲しみが心を覆うのに………


「大丈夫だ」


彼の熱いぬくもりと、彼の言葉に、


甘えて、


そして、


デズモンド様と重ねてしまった。


「魔王とは喧嘩2国の王らの事を指す。お前が思う魔王じゃない」

「うあああああっっっ!」

「大丈夫だ」

「デズモンドっ、さま、ど、して、ツライ、ツライ、ですっ、いない、どこにも、いない、のが、いや、ですっ、」

「大丈夫だ」

「ど、して、しなない、って、いってくれた、のに、わた、わたしが、わたしの、せい、で、」

「大丈夫だ」

「うあっ…!うええええええええん!!!」


天使という立場も、世界様という立場も、なにもかもを忘れて、彼に縋った。

すり寄って、甘えて、頼った。

びえびえと泣いて、泣いて、泣き疲れて眠ってしまうまで、その場で泣き続けてた私を、いつまでも抱きしめていてくれた。

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