第13話


ディアブロは鈍い。

今はそう、結論付けている。

なにもかもに鈍いのだ。

私よりも鈍く、己の感情さえ理解できているかどうか…それすらも疑心になるほどに、鈍く、そして鋭い。

彼自身に分からない感情が湧き上がると、周囲など、その後に降りかかる全てを投げ捨て、その一つを追求しようと行動する。

テレンス公爵との密会に怪しさを感じたディアブロは、“運命”の私ではなく、違和感を感じた己の心に素直になっただけ。

バーナビーたちとの食事の際も、なにを思ったか知らないが、素直になる感情が湧き上がってきたんだろう。


それはまるで、


「ヒナノ!」

「……また夢中になっちゃってた」

「知ってる、昼食を一緒にする人は?」

「ビタバレティモ国王、モナハン・ラングリッヂ」

「正解、行こう」

「うん」


小説を取り上げるように奪い去ったリンジーから、私はどう思われているんだろう?


彼と同じで赤子にでも見えているのかな?


転移した先で人間だけが頭を垂れているから、またまた疑問に思った。

結局、私って敬う存在になったのかな?

神の遣い的な?神より下で、王より上みたいな感じ?なんて考えている私の後ろで、服の擦れる音がたくさんした。

多分ディアブロだけは傅いてないんだろうけど、咄嗟に傅いたみんなに…今は気づかないフリでいいか。


「顔を上げてください」


そう言ってね?って、リンジーから言われました。


「バーナビー・エインズワース王の元へと、降臨してくださった天使様に、ご挨拶を申し上げる。ビタバレティモ国王、モナハン・ラングリッヂだ」


うん、「誘惑されないように」という意味が分かりました。

ビタバレティモ国王の後ろに控えるように立つ、黒髪に紫の瞳の妖艶美女。


「ふふ♡」


君、淫魔連れて来たんだね。


そして、


「わたしく、天使様と仲良くしたいと思っておりますの♡」


精霊が一人。

目の前の子が放つキラキラ〜に、みんな傅いてたけど、パラパラと顔を上げて職務に戻っています。

相変わらず、私には分かりません。


「はい!私も友達が欲しいと思ってたんです!」

「………まぁ………」


何その顔。分かるけど。


脳内に直接語りかけるか。


『なんで来たのよ』

『あら、お話もできますの?ふふ、だって、楽しそうではありませんか』


ありませんか♡じゃないんだよ。


「お座りください」

「うん、あ、あえ?なんで跪いてる人いるの?」

「精霊様の存在に気圧されております」

「精霊?だあれ?」

「ふふ、わたくしですわ」


だろうな。


「わあ!精霊様なんですか!?お会い出来て光栄です!」

「気分がいいですわぁ」


殴るぞ。


席に座ると何故か、本当に何故か私の両隣に座る精霊と淫魔。

精霊はまだ分かるけど、淫魔お前、初対面だろ。

君たち、モナハン王についてるんじゃないの?加護やら、淫魔世界にある装飾あげてるじゃん。


「話もしたいが、先にこちらを。熱いから気を付けて飲みなさい」


ううん、私子どもじゃないんだよ。モナハン王。しかも、なにちゃっかりコーヒーからミルクと砂糖たっぷりコーヒーに変更してんだ。

おじいちゃんって呼ぶぞ。


「そやつらが鬱陶しいなら言ってくれ。即排除する」

「「ふふ♡」」


ううん、私を使って興奮させないでくれ…。


「いいえ!友達たくさん嬉しいので!」

「飲みなさい」


私のタイミングで飲ませて欲しいな?


昨日、テレンス公爵と別れてからコーヒーを探し回っていた時に出会ったのは…。








「うーん…コーヒー!コーヒーなあい!」


どこに行ってもコーヒーが見当たらない。

育ちやすい場所も見た、誰かが隠してるのかもと思って、ぐちゃぐちゃな魔法陣の中も見た。育ちにくいところも見た。


「なんでないのー?」


なんて消沈してたら、私の目の前をふよふよと飛ぶチビを見つけた。

チビというのは、人型の精霊ではなく、光の粒のような小さい精霊。

そのチビがふよふよ浮いてる。


コーヒー豆を持って。


思わず抓んだ。


チビを抓んだ。


そうしたらまた私の目の前を、違うチビが飛んできた。


から、また抓んだ。


どうやらこの下に、コーヒー豆があり、それを運んでいるらしい。何処かへ。

目的地は分かってる。

人型の精霊の元だ。


チビたちには特徴がある。

水なら水のチビを操れる、闇なら闇を。


そして、目の前を飛んでるチビは光の精霊だ。


「ふん」


魔力の詰まった金平糖はチビたちの大好物。

それを地面に振り撒いた後、上空にも振り撒いた。


「ふん」


案の定、光の魔力で隠れている場所から大量に出てきたチビを、古典的な方法で捕まえてみることにした。


ブンッッ!!!


虫取り網だ。


「ふん」


網に捕らえたチビたちを、その中で、くるくるくるくる回して拷問してみた。


「コーヒー豆を独り占めしてるのは、だーあーれー?」

「やめてくださらない?」


そんな言葉を吐きながら、私に攻撃するのは、金の瞳に金の髪を靡かせている、


光の精霊だった。


「まぁ………」


攻撃を跳ね返されたことに驚いている光のに構わず、


「ふん」


チビたちをくるくる拷問し続けていた。


「面白い方ですわ」

「コーヒー豆見せて」

「なぜですの?」

「作った事あるから、今より美味しくなるかも」

「あり得ませんよ」

「ふん」


それこそ“あり得ない”。

だってチビたちが運んでいるコーヒー豆より絶対に私が作ったコーヒー豆の方が美味しいと、コーヒー豆が入ったいくつかの瓶を取り出して、いつでも飲めるようにと作り置きしてあるコーヒーを注いで渡した。


「ゴクッ……まぁ!まぁまぁまぁ!」

「ふん」


淫魔世界のコーヒーより美味しいもん。


「くださいな!」

「交換条件ね」

「いくつでも仰ってください」

「お前が作る分はそのままでいいけれど、人間から隠すのはやめなさい」

「なぜその条件なのですか?」

「コーヒー豆は美味しさも味の違いもあるからよ。お前が作ったコーヒー以外にも、これから人間が作るコーヒーも美味しくなれば、この先もっと楽しいでしょう?」

「………ふふ♡」

「ん?」


どうしてか宙に浮いている私の腕に腕を絡ませた光のからは興奮を感じる。

なんで興奮?どこで興奮?


「是非見て行ってくださいな」

「当たり前でしょ。美味しい作り方教えることも条件に入ってるんだから」

「♡♡♡」

「ん?」


という感じで光のと出会い、楽しくコーヒー豆をイジって、光のと戯れておりました。

帰り際には、人間に内緒。という、交換条件も伝えて。


「天使、これは?」

「おい」

「いいじゃない」


淫魔から手渡されたのはホットチョコレート。

どうしてかモナハン王が止めてるけど。


「ん……美味しい」


淫魔世界にあるホットチョコレートだ。

前からある本屋で売ってる物。

だけど、これはあまり数がなく、私は滅多にあちらの世界へは行かないから、向かった時に売り切れている…というより、ないことの方が殆どだ。

一番美味しいと思えるほどの、ホットチョコレートは淫魔世界での気に入りの一つ。

うん。これこそが貴重な物だ。


「天使様、そちらをお渡し下さい」


なんでかディアブロまでも止めに入った。


「どうしてですか?」

「危険です」

「大丈夫ですよ?」

「………それでも危険です」


“それでも”というのは、私の体が普通とは違う事を差しているんだろうけど…なにが危険?人間にも害はないよ?


「嫌です。これ好きになりました」

「…」


せっかくの貴重なホットチョコレートを飲める機会。そうそう逃してたまるかよ。という心持ちです。


「あら、残念。やっぱり興奮しないのね」


ん?興奮?ホットチョコレートで?


「興奮ですか?」

「この世界の人間ってこんな単純な物で興奮してくれるのよ。いい世界でしょ?」


ああ、ね。

チョコレートってそういう作用もあったか。微量だけど。軽い薬物みたいな認識なんだろうな。


「ここまで美味しい物はなかったけど、私の世界にもホットチョコレートはありましたよ?」

「でしょうねぇ」


なんて言いながら、どうしてか美味しそうに光のを見つめる淫魔………


「「…」」


お前…!カカオ豆も盗んでるな!?

似てるもんね!だから“ない”んだろ!?お前が隠してるから!

あとで教えてね!?美味しいココア豆に育てようね?


「具合は悪くならないのか」


モナハン王は私にも聞いているし、淫魔にも聞いてる。

口を開こうとしたけど、淫魔の馬鹿にする言葉の方が早かった。


「なるわけないじゃない。こんなもので興奮するなんて他世界ではありえないわ」

「「「「「「「「…」」」」」」」」


原因は光のなんだから、馬鹿にされたと思わなくていいよ。


「ココアもチョコレートも貴重な飲み物なんですね」

「「ふふ♡」」


相性が良さそうな二人ですね。


「こんな貴重な物を飲ませてくれてありがとうございます!“モナハン王”!」

「「…」」

「いい、美味いか?」

「とっても!」

「私の物なんだけど?」「私の物も美味しいですわ!」


張り合わなくていいからね。


「天使はバーナビーの幸福だけを願う存在と聞いた。合っているか」


どうやら仲が良いみたいだ。

それもそうか。

自国の者たちへの紹介より、他国であるモナハン王を先にと考えたんだもんね。


「はい」

「国は幸福にならないのか」

「国を想うバーナビーの元へと降臨しましたので、必然的に幸福となります」


分からないけどね、これから先のことなんて。

先を知りたくもないけれど、私は職務を全うする。必ず。


愛されたい為に、


アレスの望みを叶える為に、


必ず。


「王次第か…」


だろうね。なにを望むのかは人それぞれだし。


「他はあるか」

「ありません」


私の目をじっと見つめるモナハン王は真剣だ。


ん?諦め?


「瞳が死んでいては分かるモノも分からん」

「…」


無邪気を装うことは出来ても瞳の鈍色までは消せやしない。

そんな事は分かっている。

私だって、人の機敏を研究し続けていたから。

バレても問題ない。

想定の範囲内だ。だけど……軽く見ただけで分かってしまうほどなのかとは…思ってしまう。


「死んでますか?」

「自覚しなさい、それが大切だ」


嫌ってほどに、自覚してるよ。


「休息を」


今が休息の時だよおじいちゃん。


「天使様…問題ありませんの?」

「ないですよ?」

「…」


今聞かれても、嘘しかつかないよ?コーヒー豆育ててる時に聞かれたら答えるよ。

だからそんな心配しないで。


『光のにも幸福を…だからこそ私の事で悩まないで』

『……お慕い申し上げておりますわ』


ん?

なにがどうしてそうなった?


「他にもある、食べて飲んでみなさい」


分かったよ!おじいちゃん!


「天使、口開けて」

「?あー、もごっ!」

「ズルいですわ!わたくしも天使様にあーん♡をしたいというのに!はい、あーん♡」

「んぐっ!」

「相変わらずトロいわね、そんなだからいつまで経っても2番手なんじゃない?あーん」

「わたくしはいつだって特別ですわ!あーん!」


や、やめてくれ…

死ねない体なんだから、そんなに二人して突っ込まれると、ただただ苦しいだけなんだよ…

そして、なぜ私を取り合う…


「「あーん」」


無理無理!

もうパンッパンに詰め込まれてるの、見て分かるだろ!?


「っっ、もぐもぐ」

「天使様が苦しんでおられます」


ディアブロが私の口元を隠すように、後ろから手を出してきた。

その手は触れる事なく、隠しているけれど…。


そんな風に近付くのはやめてくれ。


「やめ」

「「はあい」」


おい。モナハン王よ。

「やめ」、の一言でとめられるなら、最初からとめてくれ。


「王様が来られます」


どうやらバーナビーが来てくれるみたい。


「もがっ!」


二人の食べさせ合いはまだ続くのか………。

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