第12話


「あれ?」


寝室の扉を開けたリンジーは、私がコーヒーを飲みながら小説を読んでいることに疑問を持っているようだ!


「えへへ、小説の続きが気になって起きちゃった」


という事にしました!今!


あぶねぇ…危なかったよ!

コーヒーを探してたんだけど、本当にどこにもなくて、そのうちむきになって探してたら、遊び相手が出来ちゃって…しかも結構楽しんじゃったから、ギリギリだった!本当にギリギリだったよ!


今帰って来たよ!ただいま!


「おはよう」

「おはよう、いい匂いだね」

「コーヒー飲んだことないの?」

「ビタバレティモ国にはあるけど、それでも少しだけしか流れていないんだ」

「苦いの知ってる?」

「うん、俺が気になってるのは甘い方」


それならカフェオレにしてみて、そのうちカフェモカとか渡してみようかな?


「はい、甘いの」

「え!?き、貴重な品じゃなかったの?」


故郷の物だと言って色々取り出すけど、毎回なにかしら驚いてくれるリンジーは可愛い友達だ。


「ううん、普通にどこでもある」

「どこでも………」

「色んな味持ってるから…あ!リンジーと」


私の言葉を遮って話し出す内容は、この国の者たちが優秀な証だった。


「ありがとう、貰うね。それと、支度を終えたら王様とテレンス公爵との朝食なんだ、ごめ」

「わあ!2人に会えるの!?嬉しい!」

「………うん、………ヒナノ?」

「うん?」

「俺と離れないでね?」

「うん!」

「…」


どうやら手のひらコロコロヒナノちゃんを相当心配しているようだ!


「そうだ、毎日歩く練習と、たまにでいいからリンジーとお茶する時間欲しい」

「俺も」

「リンジー大好き!」


本を読んで集中していたとしても、ディアブロの動向だけには意識を向けていた。


「美味しい…!」

「ふふ、たくさんあるよ!」


彼の仕事の仕方はおかしい。

5日連続、休みなく働き、1日休むと、また5日働く。

護衛の出入りや、交代を観察していたけれど、そんな護衛は1人もいなかった。

リンジーだって夜には帰っている。他で仕事してたら分からないけど…だからおかしい。

「運命の側に居たい」「見守りたい」なんて視線も、態度もないから、これがディアブロの普通なのか、それとも私が現れて変わったのかが、分からない。


「行こう」

「うん」


今日もドレスらしい。

そして、扉の外には「無」の彼がいた。

だが、その彼を興味深そうに、何かを探るような、


女。


「あ!おはようございます!」

「おはようございます」

「お名前聞いてもいいですか?」

「わたくしはグロリア・ジャンヌと申します。お近くにいることが多いかと」

「はい!よろしくお願いします!」

「精一杯努めさせていただきます」


徐々に近付いていこう。

尖っている耳と、しゅっとした尻尾は動くことなく制御しているけれど、


その表情は敵対心ですよ。私に対しての。

もう少しお顔も鍛えようか。


「王様がいらっしゃいます」


私が一番乗りだ!やってみたかったんだよね!


「「「「「「「「「「!!!」」」」」」」」」」


まず床に足をつけるでしょ?少しだけお尻を突き出すでしょ?真っすぐに上半身を落とすでしょ?左手はぴったり左の太ももにつけてー、右手はクロスして左肩をしっかりと握って。こんな感じ?


「どうだ!」


体を戻してバーナビーの反応をわくわくしながら見る。


「ふっ、とても上手だ。見惚れてしまった」

「…」


お前…絶対子どもだと思っただろ!?だからそんな、ふんわり笑顔なんだろ!?


「先に謝罪をさせ」

「ね!夜会とか、あとはえっとー、あ、街歩きとか、色んな人と関わることができるって!テレンス公爵がいいって言ってくれたの!」


いい加減、その罪を背負わせるみたいな考えはやめようね?


「…………喜ばしいか?」

「もちろん!だって、私は……うん、私はね?きっと……本当はもう死んでるはずだったの」

「なっ!?」

「森の中で仲良くなった女の子と、時々、内緒で遊んでて……でも、それは私たちを攫うために……」

「…」

「珍しい体だから、研究したいって人間がたくさん来て…でも、なんとかやっつけた…けど…私…私は…みんなにとても酷いことを……ごめんなさい」

「…いいんだ。遊びたかっただけなんだろう?」

「うん…でも…」

「悪いことじゃない」

「本当?」

「ああ、神様に誓おう」

「じゃぁ、もう一つ誓って?」

「ん?」

「私はバーナビーの側にいて、こちらに来れて、本当に幸せなの。だから、これからは二人で、バーナビーを支えてくれるみんなで幸福になるんだって」

「っっ〜〜!ああ…!ああ…!必ず!」


よし!これで、気持ちを汲んで悲しくなってくれるのはもう終わりだ!

テレンス公爵もスムーズに仕事が出来るだろう。


あれ?そういえば。


「どうしてルーシャンは一緒じゃないの?」

「む。誘ったんだが…天使様は私の幸福なのだからと…断られてしまった」


なんだそれ?


「え?でも、バーナビーの一番の幸福はルーシャンにあるでしょ?それなら傍に居てくれた方が、天使サマー的にも安心するよ?」


ぱああぁぁぁっっ……!!!


うっ…!笑顔が眩しい!


バーナビーは会えば会うほど、可愛くなっていくな。

そしてそんなバーナビーの表情を見ないようにと、護衛らの視線があっちこっちに飛んでるよ。気苦労が多いんだね。お疲れ様だよ。

あ、もうルーシャン呼んでくれたんだ。


「天使様、先日はご挨拶もせず、大変失礼致しました。」


すごいよね。

なんていうか、周りのサポートが。

バーナビーのサポートっていうより、威嚇だの、威圧だのを、きっと出しているルーシャンが恐ろしいんだね。


「神様への挨拶が先に決まってますから!そんなことより、またマージャンやりましょう!ルーシャン強くて楽しかったです!」

「………」

「「…」」


どうやらルーシャンもバーナビーと同じで、子ども好きだと判明致しました。

“つい”で、頭を撫でないでくれ。

そしてもう止めてくれ。いいけども。こんなぬくもりも欲しいからいいけども、ちょっと複雑だよ…。


「頭撫でられるの好きです」

「それなら私も撫でよう!」


あ。


ルーシャンが無害認定した。

私を。

何がどうなっても、私となら大丈夫…というよりは、子と親を見てる視線だよ。無害認定は嬉しいけど、やっぱりちょっと複雑だよ…。


「たくさん食べなさい」

「うん」


ルーシャンも私の事情聞いたよね?大丈夫だよ?たくさん食べても食べなくても病気にならないよ!誰よりも元気だよ!


あれ?そういえばテレンス公爵はいずこに?なんて、黄色の野菜を食べて思い出した私の耳にちょうど?声がした。


「遅いぞ」

「うるさい」

「おはようございます!今日も美味しいよ?ご飯は食べるでしょ?」

「いや、食べてきた」


そうなんだ。

元気な伴侶といちゃいちゃしながらご飯食べてたのかな?


ドカッとイスに座り、髪をかき上げるまでが癖なのか、そんな姿が目に入り、そして取り出してきたのは一枚の書類。

それをリンジーに渡してる。


「………天使様、こちらを」


【♪スイレナディ国の歴史♪】


まずは、王都に行くといいよ!だってね?美味しい食べ物も、綺麗な景色もあるんだもん!

それから、色んな人とお話してみたらどうかな?そうしたらこの国のことがよく分かって、ますます楽しめるようになるの!

あ!夜会や、お酒って飲んだことあるかな?それとココアも!たくさん楽しむことができるんだよ!

そんな楽しいがいっぱいのスイレナディ国に天使様が降臨してくれて、感謝がいっぱいです!僕たちが考えた、「楽しい」を、たくさん味わって、見て感じて欲しいです!

おしまい!


なんていう文が、色んな絵が描かれたものの上に会話のような文字が並んでる。


「「…」」


私はこれの意図に気づいた。


「「…」」


というよりは、「気づけ」という意味なんだろう。


「「…」」


うん。


「「…」」


馬鹿にしてるな。

昨日の仕返しか。

馬鹿呼ばわりした返しがこれだなんて…


「ふふ」

「…」


本当、いい子たちばかりなんだから。


「ありがとう、凄く嬉しい」

「……違う物を用意しておく」

「っっ〜」


わ、笑っちゃ駄目だよ、私!

でもそんなにムキにならなくてもいいのに!

どうしたら私を馬鹿にできるでしょう?を、開催しないで欲しい!面白いから!


「ヒナノ、今日の昼食は他の者と食べてもらいたいんだ」


なんでそんな緊張してるの?バーナビー。


「うん、分かった」

「誘惑されないよう、気を付けなさい」

「うん?」

「「「…」」」


ルーシャンが忠告してくれているのは分かるけど、誘惑?なんだろう?ココアとか?チョキチョかな?それともフルーツタルト?


「夜会の準備もしておくから心配しないでいい」

「バーナビーも土で包んだご飯食べてみて!絶対絶対ぜぇっったい!美味しいから!」

「くっくっ…!分かった」

「他にもいくつか茶会を予定してある」


テレンス公爵は早めに片付けたいみたい。

それもそう。

あんなに可愛らしい子と籠もるなんて、ねぇ?夢のようだよねぇ…。


「知らない人?」

「ああ」

「友達になれたらいいなぁ…」

「「…」」

「あ!リンジーが友達になってくれたの!」

「そうか…良かったな」

「うん!」


バーナビーはこれでもう、罪の意識なんて持たないだろう。

なんたって、今が幸せだから。

それは本当の事でもあるから。


「あ」

「「どうした」」


息ぴったりだね。さすが伴侶。


「チョキチョだ」


他の具材と混じり合ってチョキチョがあった。

チョキチョはどこにでもある。

天界にも、どこにでも。

それは私の執念を感じるほどに、必ず存在する。


デズモンド様との思い出が詰まったチョキチョ。


ガシャンッッッ!!!


「へ?」

「…」


どうしてかディアブロが私に覆い被さってる。

イスから乱雑に引っ張り上げ、食事が乗っているテーブルに構わず、私を横にした。

背中には割れたお皿や、食べかけの食事が当たってチクチクする。


「お前は誰だ」


分からない。


ディアブロが分からない。


今、なにを問いかけられているのかも、


分からない。


だって私はなにもしていない。


誰も、なにも、していない。


なのに、どうしてそんなことを聞くの?


「お前は誰だ」

「退かせろ」


バーナビーが低い声で、周りの護衛に命令しているのを聞いて思わず制止してしまった。

手を上げて、近寄らないで。と。


「お前は誰だ」


私にも分からないことを聞かれる意味が分からない。


だから、


知的好奇心を満たそうと、ディアブロの頬に手を伸ばして、


触れた。


「「…」」


熱さは変わらず。


けれど、視線は「探り」になっている。

横にされたときから。


「お前はなにを知っている」

「なにも知らないからこそ、ここにいる」

「…」

「…」


全て知って、回避できていたら、私はここにいない。

こんな世界を知らずに生きていけたのに。


「………失礼致しました」


また「無」に戻ったディアブロは、護衛として動き、私をそっと起こした。


「ディアブロ」

「バーナビー、今のは見なかったことにして」

「………今回だけだ」

「うん」

「深い御心に感謝致します」

「次は確実に命がないぞ」

「はい」


「無」だ。

バーナビーは本気で命を刈ろうとしている。

それでも彼は動じない。


彼は動じないんだ。


動じる心が“ない”。


生まれつきか、トラウマか。


朝食は中止になり、上着を羽織られ、早々に部屋へ戻された私を、難しい顔をしたリンジーにドレスを脱がしてもらっている。


「え?」

「そうだった、怪我をしてもすぐに治っちゃうの」

「それなら良かった…」


心底安堵するリンジーは、またドレスを脱がす作業に戻った。


そして私は、


口元が歪んでいた。


ああ、面白い。


退屈で、死を望む人生に、


“アレ”は楽しみを与えてくれる。


まだ何一つ理解できていない彼を、あの人間の本質を知りたくてたまらないと、


歪んだ口元が元に戻ってくれない。

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