第11話


力を使えば人間相手には容易く通用する。

けれど、こんなにも綺麗な魔方陣を描く国なら、私だって楽しみたい。

だからね?

目に見えない形で魔方陣を生成して、認識阻害と、蜃気楼を重ね掛けして、尚且つ、私とテレンス公爵の笑い声と、楽し気な表情をしている幻覚も見せておきますよ。ガゼボに座らないのは、こうやって“仲良く”してるところを見せられないからでしょ。奥まってるもんね。

そして、天使様が表に出れると判断するんだろう。野次馬共が。

バーナビーの心も大切にしたいけど、仕事すると思ってたから気にしなくていいんだよー。


よし、これでいいかな?


「天使様は」

「いいわ、簡潔にいきましょう」

「…」


怪訝な表情と鋭くさせた瞳は私を警戒している。

ううん、そっちじゃないよー。周りみてー?誰も違和感なさそうでしょー?

周囲からは“本当”の私たちを理解していないと、体感してもらう必要があるか。

言葉だけじゃ薄いみたいだし。


ヒュンッ…!


テーブルの上に大げさな音を立てながら片手をつき、テーブルに座った私は、もう片方の手でナイフを持って、テレンス公爵の喉元へと当てた。


「はっ………」


咄嗟に魔法陣を首元に展開したテレンス公爵は優秀だ。


「周りが私たちを認識していないの。気付けた?」

「……ああ」


それならいいかと、席に戻ってケーキを一口食べた。ん-!やっぱり美味しいねぇ。紅茶も美味しー!

あ、テーブルに乗り上げる時はちゃんと、全部横に浮かせておいたよ!今は元の配置に置いておいたからね!


「契約をしましょう」

「内容は」


話が早くていいね。


「これから50年間はバーナビーの為に尽力すること。もちろん私を大いに使って構わないわ。どうせ天使サマーが現れたとかで大変なんでしょう?あ、そうそう。籠もり期間は…籠もり期間ってこの国にある?」

「ある、5年だ」

「3年ね」

「……交換条件は」

「伴侶の病を治す」


病を治す気なんてなかった。

けれどそれで“憂う”ならば、払わなければならない。


「可能なのか!?」

「私ならね、夜に向かうわ。伴侶と共に待っていなさい」

「……何者だ」

「秘密よ」

「…」

「大丈夫、私は必ずバーナビーを幸福に導く。そして皆が思う天使様を演じ続けてみせるわ」

「………契約する」


大げさに右手を挙げて、パチンッ…と指を鳴らして、密会の終わりを告げた。


「………」


ね?みんな気づいてないでしょ?


「わあっ!それならこっちも食べてみる!」

「……ああ」


そこから他愛ない話をして、別れた。

天使の部屋に戻って本も読みたいけれど。


「リンジー!露天風呂って入れる?」

「ふふ、はい」

「やったー!!!あ、それ………と………」

「…」

「…」


なぜか顎を掴まれた。


ディアブロに。


「「…」」

「ディアブロ!」


リンジーの制止の声が聞こえるけれど、離されない彼の手は、


熱い。


なぜこんなにも熱いのか。


「どちらかに行かれておりましたか」


変わらない「無」の表情で問いかけられる。


「ディアブロ!」

「先ほど、どちらかに行かれておりましたか」


それは多分、


テレンス公爵との密会について問いただされている。

それはいい。別に構わない。疑われたって。

誰も気づかない。きっと、問い詰めているディアブロだって理解していない。

だけど、本能や、なにかの疑問を抱く者は存在する。

それは分かってる。

私には本能なんてモノは備わっていないけど、そういう者達が存在するのは、幾度となく体感して、知っている。


だから疑問に思わない。


でも疑問に思う。


どうして、


どうして、そんな熱を持っているの?


人間を「熱い」だなんて思わない。

熱さは力に関係する。魔力量の高さや、神の力によって熱く感じるんだ。


魔力量が高い淫魔と、悪魔は少し熱い。

精霊は個体によって変化する。

神々は熱く感じる。


けれど、人間には感じない。


私にとっては、魔力量が少なく、そして神の力もない人間相手に、そんなこと思わないよ。


「……失礼致しました」

「ゆるし、ま、す」

「寛大な御心に感謝致します」


私から離れていったディアブロからは、


「無」の視線しか感じない。


「…護衛も大変だね!リンジー!」

「……さようでございますね」

「違和感を持ったらすぐに心配してくれるの!ディアブロって凄いね!」

「………お加減は問題ございませんか?」

「うん!具合悪くならないもん!」

「そうでしたね……ああ、準備が整いました」

「やったー!!!」


いい。これは無視しよう。

あくまで私は、ディアブロ・アデルフェルという、異質な人間に興味があるだけで、私の疑問に意識を向けなくていい。

新しくなった世界で、運命と出会ったことはない。

だから、そうなのかもしれないね。

運命なら誰でも熱く感じれるのかも。

そう結論付けておこう。

今はそれでいい。





ちゃぷ……。


夜に行くねー?とは言ったけど、夜っていつなんだろう?夕食後でいいかな?


「リンジー」

「はい」


今日もお風呂のふちに立って、私に仕えてるリンジー。

いつもお疲れ様だよ。


「夜ご飯食べたら、今日は眠りたい」

「かしこまりました」

「あのね?」

「はい」

「種族?集落の人たち全員なんだけど、寝起きがとおっっっても!悪いから!ベッドから落とすなり、抱えて持ち運んでくれると助かります!」

「くすくす、頑張りますね」

「ありがとう!」


本当に助かるよ…。


という訳で、露天風呂を堪能した後、少しだけ小説を読み進めて、声を掛けられたらご飯を食べて、ごちそうさましたら公爵の元へ…!


行く前に。


「リンジー…」

「うん?」

「寝るの」

「?うん」

「おなかポンポンしてくれる?」

「くすくす、護衛も入って平気?」

「寝たらどっか行くよね?絶対行くよね?寝顔なんて見せたくないよ!?」

「ふはっ!大丈夫だよ」

「良かったぁ…」

「さ、ベッドに行こう」

「うん!」


初めてこの世界に来てベッドに眠る。

あ、厳密には初めてじゃないか。天使降臨の部屋での最初はベッドだったもんね。

ベッドに腰かけたリンジーは、私のお腹を優しくポンポンと叩いてくれる。


新しい友達のぬくもりだけを感じて、愛を感じよう。今の私が欲する愛を。





ガチャッ…。


しばらく経ったら眠ったと思ったのか、全員出て行き、横の部屋からも退散したのを確認した後、よっと体を起こして、ぱぱっと一瞬で着替えた私の洋服の色味は黒。

今日はこの色味を纏いたい気分だ。


テレンス公爵の魂を確認し、近くに一つの魂しかないのも確認した後に、力で公爵の元へと向かった。


「今日はいい月ね」

「っ、本当に何者だ。お前は」

「あら、挨拶したのに随分と不愛想ね」

「…」

「目を通して」


わあ、すごーい。

テレンス公爵の屋敷は王城よりも守りの陣が複雑で、ここに転移できる者は…悪魔か淫魔か…うーん。それもちょっと難しいくらいの守りだ。読み取るのに苦労するし、読み取れても全て理解出来るかどうか…。

相当な魔法オタクがいるんだろう。面白い陣だな。技術を盗んでおこう。うん。


「なぜ自害を禁止する」


テレンス公爵に渡した書類には契約内容が記載されてある。


・50年間はバーナビーの為に尽力すること。

・私のことを周囲が認識している天使様としてこれからも接すること。

・自害を禁止する。


この3つだ。


「お前は見かけによらず馬鹿なのね」

「…」

「言ったでしょう?私は天使様。バーナビーを幸福に導く為に存在する者。憂いは全て排除する」

「っ」


バーナビーが心砕く人間だと知った。

そして、テレンス公爵もバーナビーを案じているのを知った。

そんなテレンス公爵が、伴侶の後を追い、自害なんてされてしまえば悲しむ理由が増えてしまう。

もちろん、これから先、何にも悲しまず、そして憂いがゼロになんてことにはなり得ない。

それでも私にできることがあれば全力で動き、バーナビーを幸福にする。


私は天使様。


だけど、


それ以上に、子が望む存在でありたいという心も持ち得ているから。


「サインを」

「治してからだ」

「治ってるわよ」

「は!?」


ここに来た瞬間に治したよ。

今はただ眠ってるだけだ。寝息も柔らかくなってるし、私が来た時、視線を、というより警戒の視線を向けてたから気付かなかったみたいだけど、この子の体から鉱石みたくキラキラした魔力が左腕を侵食していたのも、もう見当たらないでしょ?


「ローマン?」


どうやら伴侶の名前はローマンという男らしい。


「ん………テレンス?」

「ローマン!」


感動しながら伴侶を抱きしめてるのはいいんだけどね?

先に仕事しようね?


「テレンス公爵」

「あ、ああ」

「へ?誰?あ、あれ?僕、なんで…」


サラサラーとサインするテレンス公爵を見て、今ならなんでも受け入れてくれそうだなー。なんて思った。

書類をコピーしてテレンス公爵に渡したら部屋に戻って…なにしようかな?寝てるふりしてるし、美味しい食材でも採ってこようかな。


「ぼ、僕…ど、どこも、くるしくな、な、なんで……テレンスっ!」


お邪魔しましたー。


「天使様」


ううん、どうしてだろうか。

今、君に背中を向けたよね?


「どうしたの?」

「説明してくれ」

「契約内容に入っていない」

「…」


分かるよー。だって、きっといっぱい翻弄したんもんね。

それでも治らなかった病が一瞬にして消え去ったんだ、訳の分からない人間が一瞬にして治してしまった。

怖いよね。再発されても困るしー?でも、どうやって治したか分からないしー?不安にもなるよねー?もし、病名さえ付けられなかった“不治の病”だとしたら、これから先の事も不安になるよねー。わかるー。


「追加を言え」


どうやらわざと背を向けて立ち去ろうとしてたのに気づいたらしい。

本当に強い人間たちばかりだ。

追加の条件。というよりは、元々はそうしようと思ってた内容の書類を取り出す。


「物わかりのいい子は好きよ」

「うるさい」


やだ、可愛い。


ローマンはおろおろしてるし、そんなローマンに大丈夫だよ♡みたいに、頭を撫で続けるテレンス公爵に…ちょっと気持ち悪くなってきたな。

人のいちゃいちゃ見てもなんとも思わなかったんだけどな?思ったこともないんだけどな?どうしてかキツイな?なんでかな?


「はじめまして、ヒナノよ」

「あ、は、はい」

「テレンス公爵、水でも飲ませたら」

「…」


やだ、気に食わないの?可愛い。

感動やら、私を疑うやらで気遣う余裕もなかったの?


「ぷはっ!」


一人掛けのソファでも出そうかな?久しぶりに足をソファに上げちゃお。誰も見てない、いや、いるけど。私的には誰も見てないし!天使様業は今だけおやすみだからね!ソファの背にだらんと寄りかかってまったりしよ。


「ローマン、具合が悪くなる前、どこを魔獣に食われたの?」

「………なぜ知っている」「え?え?テ、テレンス?」


早くしよーよー。

私コーヒー探しに行きたくなっちゃったんだよね。

適切な返答がくるまで黙っておくよ、相手してると長くなりそうだし。


「大丈夫だ、言いなさい」


やっぱり急かしたくなってきた…どこからその甘い声を出してるんだ、テレンス公爵よ。


「ね、姉さんが魔獣を倒してきてと言ったから、森に入って…」


どうやらその“姉さん”とやらは気に食わない存在らしい。テレンス公爵にとっては。

眉間の皺ってどこまで増えるの?


「魔獣が左から突進してきて…僕…僕…避けられなくて…」

「左わき腹だ、これでいいか」


なんで私が悪者みたいになるんだ…。

嫌な記憶を思い出させちゃってごめんだよ。でも説明しろって言ったのは伴侶である君だよ…。


「魔力過多よ」

「違う」

「魔獣がわき腹を食ったんでしょう?」

「う、うん」

「その時に穴が空いた。腹にじゃないわよ?魔力放出する箇所に穴が空いたのよ」

「…聞いたことはないな」

「私が他世界から来たって覚えてないの?」

「…」「?」


ちょっとからかっただけじゃーん。怒らないでよぉ。


「魔力は体内から生成される」

「外部からは取り込めない。正しくは、取り込めるが危険だ」

「そうよ。穴が空いた箇所から外部の…世界の魔力を僅かながらに取り込むようになってしまったのよ」

「そんな…!」「なるほどな」


精霊と魔獣は世界から魔力を奪う。

けれど、精霊と魔獣以外の者は体内で生成される魔力のみ扱うことができる。

ああ、少し違う。

魔石と呼ばれるモノを使用して魔法陣に魔力を流したりは出来るけれど、体内に取り込めない。取り込んだとしても、殆どは死ぬか、体がボロボロになってしまう。

危機が訪れた時、魔力を魔石から取り込む者もいるけれど、それは一か八かの賭けだ。

唯一、安全に、世界から魔力を取り込める方法はあるけれど、今回は異なる。

ローマンは魔獣に腹を食われた。

その時に、魔力放出が出来ないような体になってしまった。

それだけなら魔法が使えない。というだけのこと。

けれど、魔獣の力を取り込んでしまった。

魔力を、世界から吸い取る力を。

人によりけりだけれど、それを上手く使い、生きていける者もいる。

だが、ローマンは違った。

与えられてしまった力は徐々に侵食し、ローマンにとっては毒のように、少しずつ、少しずつ、蝕んでいった。

世界の魔力が毒となって。


まぁ、でも、幸いかな?

ほんの少しの穴だったからこそ、ここまで生きてこれたんだろう。


「魔力過多を治す方法は存在する」

「魔獣の魔力は体内で生成されていない。外部の、世界の魔力を“治す”技術はあるのかしら」

「…」

「魔力質が異なるとでも思っておきなさい」

「………ありがとうございます」


どうやら説明は終えたみたいだ。

心からの礼を贈られた。


「バーナビーが玉座を降りるときまで。それが追加条件だ」

「王様…?」「お任せください」


書類を渡し、両者の魔力を込めたサインをしたら今度こそ終わりだ。


「その代わり、籠もり期間は好きにしていいわ。何度かに分けてもいい。そこは関与しない」

「ありがとうございます」

「ローマン」

「は、はい!」

「好き嫌いしないで食べなさい」

「う”…」

「体が弱っているからしばらくは安静に、よく食べて、たくさん話をしなさい」


返答は分かってるし、聞かなくてもいいかと思い、上空に移動して、


「コーヒーはー!どーこだー!」


久しぶりに、自由に空を飛び回った。


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