第10話
毒に関する本は読み終えて、力で弾くように守りをいれた私は、るんるんしながら小説を手に取り、るんるん気分でページを開いた。
「天使様、茶会のお時間が迫っております」
「…」
早いな!?
まだ必要な事しかしてないよ!?最小限だよ!?もう少しのんびりしてもいいじゃん!休息中なんだよ?私。
「うん」
「さ、部屋に戻りましょう。それと食事を」
「へ?」
「この部屋に籠もって15日は経ちました」
「うん」
「飲み物以外、口にしておりませんよ」
「?うん」
「……大丈夫?」
おお…リンジーが心配してる。この私を!
この私が!心配されている!何も必要としない体を!心配!
「食べなくても大丈夫って言ったよ?」
「そうだけど…心配になる」
「そうなの?じゃぁ、食べる」
「食べたくないの?」
「お茶会ならお菓子がいっぱいだと思っちゃったから、お菓子食べたくなった」
「ふふ、分かったよ。たくさん用意しておくから」
いえ、そんなに要らないです。
あ、でも、色んなの一つづつ食べようかな?
「出たら転移して1度着替えよう」
「うん」
着替えで露天風呂を思い出しちゃった私は、今すぐ行きたくなっちゃったけど、無理だよねぇ…なんて、思いながら転移され、部屋に戻ると、なんていうか、壮観?莫大?な、景色が広がってた。
「うん?」
「どれがいい?」
いつなのか分からないけれど、私のサイズを測ったらしく、様々なドレスがかけられている。
「こんなにたくさん…」
「ふふ」
「こういうの着た事なくて……お任せしちゃ駄目?」
「大丈夫だよ」
という事で、お願いしました。
どんなドレスがあるのか見てみたいけど、今は小説を読みたいので。
あとはよろしくお願いします。
あ、化粧もするんだ。
うん、お願いします。
あ、それじゃちょっと本が読めないかな?
………
うん、我慢するね?
「ヒナノ」
揺さぶられるのは、日常になりました。
「う、わああぁぁぁ…!リンジーすごい!私、可愛くなっちゃった!」
「くすくす、元から可愛いよ」
「でもでも!すごい!可愛い!ふわあぁぁ…!ありがとう!リンジー!」
「ふふ、どういたしまして。着替えるからこっち」
「はあい!」
「ふふ」
リンジーが選んでくれた白を基調としたドレスは、下にいくにつれて黒の色味が強くなり、星空をイメージしてるのか、首部分の飾りより、下の部分の方がより、飾りが多く、強調されている物だった。
「すごいねぇ」
「うん?」
今は護衛が外に出て、室内にはリンジーだけ。
「この世界はとっても綺麗で、人の心も温かい場所だ」
「………そう言ってもらえて良かった」
ほっとした声音を吐き出すリンジーが気になって顔色を伺うと、柔らかな微笑みを携えて、私を見てくれていた。
「………リンジーだいすき」
「ふふ、俺も好き」
「ほんと!?」
「うん、本当」
「相思相愛だ!友達になれる!?」
「くすくす、友達になってください」
「わあぁぁっっ…!うん!うん!」
嬉しい…。
とっても嬉しい!
「さ、行こう」
そう言いながら、手を差し出してくれるリンジーを見て、わがままを思いついた。
「歩く練習がしたい」
「無理に合わせなくていいんだよ」
「そうじゃなくて、リンジーと手を繋いで歩きたいと思ったの」
「………もう、本当に」
「うん?」
泣き笑いのような表情をしてるリンジーが何を考えているかまでは読み取れない。
「天使様が来てくださると、心から信じてたんだ。でも……こんなに素敵な方が来てくれるとも、友達になれるとも思っていなかったんだ……だから、ありがとう。天使様がヒナノで本当に良かった」
その言葉も、その心も、私が欲していた愛だった。
とても温かくて、渇ききった心をポタポタと、濡らして、満たそうとしている。
「ヒナも………リンジーと出会えて良かった。なにもない私が召喚された先には、心優しい友達が待っててくれた………ありがとう。大好き」
「俺も!」
抱き着いちゃおう!と、体を動かした私の耳に、無情な音が聞こえた。
コンコンコン。
うん、そうだね。時間だね!
「行こう」
「うん!」
今度こそリンジーの手を取って、立ち上がる私は、まだ歩くには早いので浮き、リンジーが空けてくれた扉から出た瞬間、嫌悪の瞳と目が合った。
ふん。本当に面白いな、ディアブロは。
「え?」
そんな声が聞こえたのは、いつかの日に傍仕えとして声をかけてきた赤髪赤目の獣人の女。
そしてその疑問の声は、ディアブロに向けたモノだった。
心音が乱れたのが珍しいみたいだが、護衛たちの中に2人、獣人がいるが、乱れに気にしている様子はない。気付かなかったという事も、十二分にあり得るが……。
試しにこの女からディアブロの情報を取るか。
にしても…「嫌悪」ねぇ…。
運命に抗おうとしても、抗えないほどの強制力がある。
抗い続けているディアブロからは、出会いの場以降、何かを思われている訳ではなかった。いつだって彼の態度も、視線も、「無」だ。
そしてこのタイミングで心動かされる事があるとすれば、着飾った私の姿。
運命を拒絶している者が、運命が着飾り、目の前に現れたら「嫌悪」に繋がるのも、まぁ、理解はできる。
だが、それは“前提”の感情が先だ。
「綺麗」「見惚れた」「その姿を他の者に見せるな」そういった独占欲や、運命に対する愛に溢れ、その気持ちに嫌がり、嫌悪の感情に移行する。
だが、ディアブロは違う。
初めにくる感情を飛ばして、最初から嫌悪している。
だから疑問に思う。
なぜこのタイミングで嫌悪なのか。
ん--………。
駄目だ、分からん。
こんな人間は、ううん、こんな感情を持ち得ている者は知らない。
本当に面白いな。
「直接転移致します」
そんなリンジーの声が聞こえ、思考を止めた。
「久しいな」
テレンス公爵は先に到着していたようで、ちょうど紅茶を口に含むところだったようだ。
「久しぶりです!お元気でしたか?」
「ああ、そのように本を読んでいて疲れないか?」
天使様回覧板でもあるのかな?情報共有ばっちりだね!
「こちらに」
「ありがとう」
案内された席に座り、テレンス公爵と向き合う。
「?」
偶然かもしれないけど、前回と同じ色味の服装だ。
あ、伴侶の色味なのかもね。
「疲れないよ?疲れるの?」
「ああ、できれば読みたくないな」
「なにが好き?」
「…」
「なにが好き?」は苦手な質問だったらしい。苦々しい表情をしてる。
それにしても綺麗な場所だな。
中庭なのかな?城の真ん中が空いているような造りの建物のようで、その真ん中に庭園がある。
ガゼボのような庭ではなく、周りから見られるようなテーブルがある……ん?右奥にガゼボがあるな。なんでそこを選ばなかったんだろう?
「食べたらいい」
「ありがとう!テレンス公爵も食べよ?」
「私はいい」
「甘いのは嫌い?」
「そこまでだな」
そうなんだ。
じゃぁいただきまーす!んー!やっぱり美味しい!あ。
「これあげる」
「飴玉か」
「うん」
「いい色味だ…」
だろうね。
君、水色と黄色ばっかりだもん。ばっかりっていうか、その色味しか着ないの?いいんだけどね。
「この世界でも伴侶の色味を着るの?」
「ああ、そういえば神様への対応が雑だと報告を受けたが、それが正しいのか」
雑………。
子に対する扱いが雑………。
母、ちょっとショックだよ………。
「私の常識では、神様は地上に降り立てないといわれているの。降り立てても僅かな時間しかいられないと。だから、もし神様に出会ったら簡潔に伝え、隠す事なく心を曝け出せという教えがあるんだけど…駄目だった?」
という事にしました!今!
「いや、話に聞く限りは天使様の対応が正しかった」
チラッとディアブロの方を気にしたテレンス公爵は、どうやら直接聞き出したらしい。
うん、その方がいいんじゃない?話が湾曲して伝わっちゃうんだったら。彼、たんたんと報告しそうだもんね。
「伴侶はどんな人?」
「………」
どうやら教えることさえしたくないみたい。
「ごめんなさい、踏み込んじゃった」
「いや……病を背負っててな」
「聞いちゃっていいの?」
「有名だからな、それより菓子が好きか」
ヒナノちゃんは、はぐらかされたようだ!
「好きだよ、でも、美味しい物ならなんでも好き」
「今度、夜会がある。そこにしか出ない美味しい物もあるぞ」
ヒナノちゃんは懐柔されそうだ!
「そうなんだ」
「故郷の食が恋しくなるだろう」
「うん」
「いい料理人を抱えている。作らせよう」
「ほんと!?」
ヒナノちゃんは喜んで懐柔される道を選んだ!
「土で焼くの!」
「……どんなだ?」
「魔力を芳醇に含んだ土で食材を包んでね?土で作ったかまどに放り投げて、それで焼くの!そのあとは土を払って、丸ごと野菜を食べるんだけど、ん-!あれすっごく美味しいんだよー!」
「やってみよう。夜会にでも持っていくか」
「え!?私も食べたい…です」
「来たらいい」
「ほんと!?リンジーいい?」
「………構いませんよ」
リンジーはテレンス公爵に手のひらコロコロされている私を心配している!
「そうだ、ケーキを持ってきた」
「嫌いなのに?」
「好きなんだろう」
どうして懐柔するんだろう?夜会や、この人の言う事を聞いておくんだよ?なんて、バーナビーに言われたら従うのに。そもそも、この性格では簡単に言う事を聞くと分かるはずだ。
テレンス公爵だって分かってる。
それなのにどうして………
あ。
これ、私宛てじゃないな。
どこかの誰かが、せき止めているんだ。
天使様を表に出さないようにと。
そんな事してたら仕事が進まないと思ってるテレンス公爵の独断で今、ここにいると仮定してみるか。
「そういえばリンジーもお城に住んでるの?」
「はい、宿舎がございますので」
「そうなんだ、テレンス公爵も?」
「屋敷がある、来るか?」
「病で大変なんでしょ?そんなところに行けないよ」
「……そうだな」
伴侶に甘いな、病でなくともベッドに張り付けていそうだ。
「あ、でも、街に出てみたい!」
「ふっ、手配しておこう」
なんて単純なヒナノちゃんなのでしょうか!
テレンス公爵とお話しているだけで、色々なことが決まっていきます!
「ありがとう!テレンス公爵もお城で毎日お仕事してるの?」
「最近になってな」
私が来てから忙しくなったってことかな?
「それまでは?」
「伴侶の傍にいると誓った」
ああ、長くないんだな。
「愛だね!」
「…」
「伴侶が健康になったら一緒にお茶できる?」
「………必ず」
あ、これは駄目だ。
先が短いんだろう。
テレンス公爵は死ぬ。
覚悟を決めた目だ。
伴侶が死する時、自害するとでも決めてるのか。
いいな。
死ねるなんて。
羨ましいな。
「テレンス!!!」
「んえ?バーナビー?」
「こちらに来い!」
「お前が来い」
どうやら気安い関係性らしい。
そしてテレンス公爵よ、一体なにをしたんだ。
バーナビーが焦ってるよ。
あ、防音魔法かけちゃった。
ちょこーっと隙間を潜って、と。
お邪魔しまーす。あ、このお菓子美味しい。
『ヒナノはなにもしなくていい!』
せき止めていたのはバーナビーだった!
『まだそんな事を言っているのか、ビタバレティモ王が来るのは明日だ。早く表に出せ』
『だが!』
『お前は昔から神様に卒倒しすぎだ。構わんが仕事はしろ』
『…』
『どうせ幼子にでも見えて、罪悪感でも芽生えてるんだろうが、仕事をさせろ』
『…』
おい。
そこは黙るなよ。
どこが幼子だ。
立派な大人だよ!むしろ誰よりも年老いているが!?
『片付け終えたらまた、最低限の仕事しかしないんだ、お前がしっかりしろ』
『仕事をしろ……』
『昔のようにはいかない。あの子と過ごす時を大切にしているんだ。お前も子どもを授かるんだろ』
『…』
『煩わしい全てを一掃する。邪魔をするな』
どうやらバーナビーは二の句が継げないようだ!
王様なのに!
そしてテレンス公爵とは、気安い間柄でもあるようだ!
「すまないな」
「?」
私の元へきて、私の頭を撫でるバーナビーはそんなことを言う。
「バーナビーの幸福が私の幸福だよ」
「っっ~~、ありがとう」
「私も。この国にきてから幸せなことばっかりなの。だからありがとうバーナビー」
「ああっ!」
あ、ちょっとやめて!ここでうるうるしないで!ルーシャンとは仲良くなる予定だから!そんなお顔を晒すのは困りますうううう!
「お仕事頑張ってね」
「今度遊ぼう」
「うん!」
バーナビーが戻っていき、テレンス公爵は席に深く座った。
どうやらまだ懐柔したいらしい。
まぁいいけどね。
私も用ができましたから。
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