第4話


運命。


それは必然であり、愛し合うことが定められている間柄だと私は思う。

アダムとイヴは間違いなく運命であり、目の前にいる赤目の竜人に感じる強制力よりも強く思っていた……のは、私が「私」として思い出した時からだ。

イヴであった最初の頃は感情なんてなく、アダムに対して何かを思ったことも、感情そのものが育った記憶さえない。

けれどアダムとイヴは運命だった。

私たちが創造する世界だからこそ、“運命”の相手が存在すると思っている。

世界の基準は楽園の者たちでできていて、私たちを倣って生まれてくると……そう心から信じているのに……。


「もう要らないのか?」

「うん、美味しいお菓子と紅茶をありがとう、バーナビー」

「ふっ、これくらい構わぬよ」


世界を、私を認めないかのように、運命を拒絶する。


「ヒナノの部屋は整えてある」

「え!?もう?」

「天使様の部屋は、どの国でも整えてあるものだ」


視線を感じる、運命から。


「どこに住むの?森の中?」

「森の中で暮らしていたのか?」

「集落があったのは森の中だったよ」

「そうなのか。いや、王城に住むんだ」

「………えええええ!?お、お城に住むの?」

「くっくっ、気に入ってくれると助かる。森で暮らすのは難しいからな」


どんな感情を持って私を射抜くように見つめているのか分からない。


「お城……」

「色々と案内されるといい」

「暮らしていいの?」

「私の為にも、ここで暮らしてくれ」

「うん……」

「ふっ、少しずつ慣れていこう。失敗は許さん」

「「はっ!」」


運命……ディアブロとリンジーが元気よく返事したから、もう大丈夫かと思いながらチラッとディアブロを盗み見た私の瞳には、


嫌悪が映った。


人と接しなくなった私でさえ、いや、子どもでさえ分かるその表情は、まさに嫌悪だった。

目が合うと一瞬だけ顔を歪めて、まるで侮蔑しているかのような態度を取られたことにまた安堵した私は、すぐに視線をバーナビーに戻し、お世話になりますと伝える為に口を開く。


「まだ分からないことだらけだけど、なんだかすごく楽しみなの!これからよろしくね!バーナビー!」

「ああ!我が国を楽しんでくれ!」


そのうち自ら護衛の任を放棄するか、私から願い出るか。


どちらにせよ、長くはかからないだろう。


バーナビーと話している間に知り得た私の情報を、周囲の人間に聞き出している二人は、仕事を全うしようとしている。

バーナビーの言い方、そして二人の対応や周りへの目配せの仕方に、「失敗は許さん」という言葉の意味は、本気で死を覚悟しなければならないほどの重責だと気づく。

どうやらこの国は信仰心が強いみたいだ。

出会ったことがあるのかは知らないが、神が寄越した天使という存在は、あまりにも大きい。

大きすぎる。

これは大人しくしていても、そのうち何かに巻き込まれるな。


「参りましょう」


そういえばと、立ち上がった2人を見て、対照的な背の高さが気になった。

リンジーは190センチほどあり他の人間たちとはあまり、変わりがないけれど、運命はこの中でも一番背が低い。

180センチほどに見えるけれど、それでも一番低く見える。

隠してはいるけれど、ここに居る誰よりも魔力量が高く、体中に巡る魔力も一番綺麗に流れている彼は、肉体でさえ美しく整われている。そういう者は背が高い印象があるけれど…まぁ、そういう事もあるか。


「はい」


リンジーの言葉で席を立ち、バーナビーと共に室内庭園を後にする。

ああ、色々と考え込んでしまったから、美しい花々をきちんと見ていなかったな。

次の機会があれば、今度こそ堪能しよう。


「ゆっくり過ごしてくれ」

「何から何までありがとう」

「これくらいさせてくれ」


そう言うと、バーナビーと護衛らが一斉に転移した。

どこかに出かけるのかと気になり行方を探したけれど、どうやら同じ建物の中に転移したらしい。

私もそんな風に移動するけれど、人間たちが軽々と転移する事実に驚いた。

この世界か、この国だけかは分からないけれど、魔法が発展しすぎていると感じるのは、今を知らないだけなのかもしれない。

そう思うと、これからの滞在は驚きと楽しみが待っているのだろう。

休憩場所としてはとてもいい国に来れたと何度目かの喜びを感じていると、視界の端に外の景色が映った。

リンジーが私の横を歩き、ディアブロが私の後ろを歩いている中、私は浮いて移動しているけれど、情報共有も滞りなく終えた二人が驚くことはなく、むしろ自然に受け入れてくれている。

そして私が窓の方に移動すると、静止の声も掛けずにしたいことをさせてくれる配慮に、ありがたく感じながら窓から外の景色を見る。


「きれい……」


とても綺麗な世界だった。

目の前に広がる景色は、整えられた庭と、どこまでも人の手が入った道が広がっているけれど、自然と共に生きていると感じられる光景に目を……いや、心を奪われた私は、まるで天界にいると錯覚してしまうほどの優美な世界に感動したと同時に………


悲しくなった。


天界のようだと思ってしまった私は、まるで受け入れているみたいだ。


ここが私の世界だと。


認めたくない事実をとっくの昔に受け入れていたことに気づきたくなくて、窓から目を逸らし、通路の真ん中まで移動した。

リンジーは心得たように歩き出し、私に常識を教えようと伺いを立てた。


「発言してもよろしいでしょうか」

「あ、あの、その、できれば、その……う、敬わないでほしい、です。な、なんだか慣れなくて……」

「………場合によりますが、それでも構いませんか?」

「も、もちろん!お仕事の邪魔はしません!」

「ふふっ、ありがとうございます。天使様も気楽になさってください」

「はい!あ………うん!」

「くすくす、先ほどの曲がり角からこちら側でしたら、私たちも転移できますが、どうなさいますか?」

「え……どうしよ……探索したい気持ちもあるけど、整えてあるお部屋も見てみたい……でもでも………」

「くすっ、そこまで距離はありませんので、浮いて行きましょう」

「ありがとう!リンジーって呼んでもいい?」

「もちろんですよ」

「ヒナノはヒナノだよ?」

「呼べる楽しみが増えました」


室内庭園と私が召喚された部屋は、人間の出入りを厳しく管理し、なおかつ魔法陣でも様々な守りの付与をしてある。そのせいで使える魔法も限られているのだろう。

建物自体に守りの魔法陣が張られているけれど、場所によって異なる作用もあり、細かく指定してある。

リンジーは転移ができると言っていたが、部屋に直接というわけではないんだなと、また違う区画に足を踏み入れた瞬間気づいた。

この奥は天使様専用にでもなっているのだろう。

守りがしやすい構造に、ここを守るのは不慣れというような護衛たちの目の動きは、普段立ち入らない場所なんだと、そして奥の両扉がある場所にも、最初の部屋と同様の守りを外側から付与してある。


「こちらでございます」


そうだろうね。

というより、こんなに護衛いるかな?

ここまで魔法陣で固めてるんだから、減らしても大丈夫そうだよ?厳重だね?お疲れ様だよ。

既に配置されていた護衛らが大きな両扉を開けた先には、全てが揃っていた。

ダイニングテーブルにソファ、棚には少しの本が詰まっているのは、私が好きだと言ったからだろうと分かる量に、寛げる場所まである。

この国は寝室以外の全てを一つの部屋に詰め込むのだろうな。


「わ……」

「どうされました?」

「誰かと一緒に住む……んだよね?」

「いいえ、こちらが天使様のお部屋でございます」

「で、でも、大きい……」

「天使様が使いやすい家具をすぐに揃えますので、しばらくお待ち頂けますか?」


まあ、意味は分かる。

どれも大きくて私が使うには不自由な家具たちだからね。


「そ、そうじゃなくて!お部屋!こんなに大きいの!?」

「ふふっ、さようでございますよ」

「こんなに大きいのに……わたしの……」

「さ、入りましょう」


ベランダにもお茶ができるようなテーブルと椅子がある。

他にも続き部屋があるから、まだ何か誂えてあるのだろうけれど、城と同じ壁紙に配置されている家具は無骨な物たちで、もう少し柔らかな印象のある家具が欲しいと思った。

新しく誂える物って見た目は同じかな?それなら私が変えちゃってもいいかな?


「リンジー!」

「はい」

「こんなにいっぱいあるんだから、この家具で充分だよ!」

「危険があってはいけませんから」


確かにね。


「同じような家具があるの?」

「ございますよ。夕食後には整え終えておりますからご安心を」

「そういう意味じゃないのにぃ」

「くすくす、さ、そこに座って」

「ふお!リンジーの話し方好き!」

「それなら良かった」


柔軟な対応ができるリンジーに感激しつつも、やっぱり家具は同じような物なのかぁ……なんて考えちゃってね?


「「「「「!?」」」」」


んふ♡全部私のものに変えちゃった♡

部屋にある全ての家具はベランダから見える地面に全部置いておいたし?壁紙やら床やらは無から有の力で変えたからバレないし?空間収納だけは魔法を使うけど、バレないように重ねがけしたから大丈夫だし?

うん、これがいいな!

あ、寝室とかも変えちゃおう。

透視してー、うん、やっぱり私のベッドに変えて部屋の全てを変えちゃう!

あ、部屋の造りは変えてないから安心してね!護衛も今まで通りの配置で大丈夫なようにと配慮もバッチリだ!


「ふわあぁぁぁ……!リンジーすごい!私こういう家具が欲しかったの!うわあぁっ!可愛い!ありがとうリンジー!」

「い、いや、俺じゃない」


やだ、動揺してるの?可愛い。

大丈夫だよ、この国の常識に倣ってこの部屋で全てできるように配置したからね。


「「「「神様……」」」」


良かったよ、そっちの方向で考えてくれて。

『報告を』

ディアブロが指示を出して、護衛数名をバーナビーの元に行かせたんだろうな。

連絡魔石を指輪に付与してる。それで連携も取れるようになってるのかもしれないな。


「と、とりあえずお茶を。ここに座って……いいのかな?」


ううん、心の声が駄々洩れだよ、リンジー。

家具だけ変えたから、茶器やら元々の物を棚の上に置いておいたから、好きにしまってね。


「一瞬でお部屋が変わっちゃった」

「う、うん……か、神様が整えてくださったんだと思う……」


呆然としながらも紅茶を淹れる手は止めないリンジーは優秀なんだろう。


「神様が!?ふわあぁぁぁ……すごいねぇ」

「う、うん」


念の為、危険がないかディアブロが入念にチェックしてる。

心の切り替えが上手い人なのかな?

私より抗えないほどの愛情を感じるはずなのに、“愛する者”という認識ではなく“天使様”に危害が及ばないかを考えている動きだ。


「本はどうする?」

「読みたい!あ、でも……」

「どうしたの?」

「本当に何もしなくていいの?紅茶まで淹れてもらっちゃって……」

「いいんだよ、好きなことをたくさんしよう」

「………うん!ありがとうリンジー!」

「ふふ、はい。熱いから気を付けて」

「はあい!」


手渡してきたのは一冊の本だった。


「字は読める?」

「あ、そういえば読める。どうして?」

「召喚された者には、憂いなく過ごせるようにと、神様が分かるように配慮してくださるとは聞いていたけど、本当だったね」

「そうなんだ!神様すごい!あ、お部屋もありがとうございます、神様!」

「ふふ、私からも感謝を送ります。神様、ありがとうございます」


そうして私は本に目を落とした。

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