第3話
目の前の男、改め国王、改めバーナビーという男は、子ども好きだということが、接していて分かった。
もちろん性的な好意ではなく、可愛がり、守る対象としてだ。
私が紅茶を飲み、ケーキを食べている姿を、彼はニコニコとしながら眺めている。
「天使って、なにか聞いてもいいですか?」
「……」
不満顔をするバーナビーに、今度は私が子どものように可愛がりたくなってくるな。
「聞いてもいい?」
「もちろん!」
可愛らしい国王だ。
ああ、決して貶めているわけではない。
まだ少ししか観察できていないが、周囲から尊敬の目で見られているのは、施政者として優秀な証拠だろう。
「神様は、いつ何時でも私たちを見守ってくださっている」
「……」
その言葉になんとなく気になって、アレスの魂がどこにあるのか確認したら、天界にいたよ?
箱庭で魂を磨いているという線もなくなったね?
「そして、王たるに相応しいと判断した際、天使様を迎え入れてくださる。先ほどいた最初の部屋は昔から存在し、どの国にもある同じ作りの部屋だ。昔に神様が創造し与えてくださった部屋は、天使様が降臨する神聖な場として、知らぬ者はいない」
どうなんだろうか、それは。
私は無から有を生み出すことができる。
世界だけでなく、建造物や布まで。
そして今はもう、その力は私しか扱えない。
神々が何かを作る時は、素材を集め手作業か、神の力で建造物を組み立てる以外の方法はない。まあ、魔法と変わりないな。目に見えない力と強大な力が不可思議に見えるだけだ。
そして、あの部屋を作ったのはアレスではない。
だって今、確認してみたけど、釘とか刺さってたよ?内側だから見えないと思うけどね?保存魔法で綺麗にしてるから建物は真新しいんだろうけど、柱の中にはパンくずらしき古びた何かが所々に落ちてるよ?
力でパパっと組み立てられるとはいえ、知識がないと無理だし、逆に知識があったのなら釘なんて必要ないと分かると思うな?神の力で繋げればいいだけだし?必要な柱なんかも不必要になるし?
あれって多分、人間が命令されて作ったと思うな?
「天使様が降臨される日を待ち望んでいない者はいない。王として相応しいと証明してくれるだけでなく、我が国に幸福を運んでくださるのだから」
「何をしたらいいの?」
「何も。ヒナノのしたいことをしよう」
「でも、しなきゃいけないこともあるでしょ?」
「ないんだ。君はいてくれるだけでいい」
なんて簡単なんだろう。そんなんでいいのかな?と思わなくもないけれど、そういえばと、昔召喚され続けた時も、そんなことを言われた世界もあったなと思うと、まあそんなもんかと納得する。
「何がしたい?」
何も。
愛を与えてほしいだけだよ。
「本を読むのが好きなの」
「他は?」
「両親が亡くなって本を読む暇もなかったから……本当になにもしなくていいなら、たくさんの本を読みたいな……駄目?」
「そんなことはない。本を読んでいる間に他の好きも見つけよう」
「ありがとう」
「いいんだ!君が来てくれて良かった」
それは私で良かったという意味なのか、「天使様」という存在の事を言っているのかは分からないが、私も選んだ先がここで良かったと思うよ。なんて心の中で返答していると、バーナビーが近くの者に声を掛け、何かを伝えている。
私の魂が散らばって様々な種族の種となって形を変えた魂は私の中に戻ってきたけれど、悪魔様を取り込んでいない私は、未だ「種となる存在」として君臨しているのは、こういう時、嫌でも体感するんだ。
獣人は耳もよく、密やかな声を出していても聞こえてしまう。
『あの二人を呼んで来い。天使様の筆頭としての命を与える』
というわけで、たった今、私に仕える人が決まったことをお知らせします。
悪魔様を取り込んだらどうなるか分からない。
世界の形は変わるだろうけど、ぐちゃぐちゃな魂なのは変わらないと確信している。
だって不必要な魂までもを取り込んでいるから。
選別して取り出すことも、傷つけることもできない魂が、私の心臓に位置する場所にいつだって存在している。
「そうだ!自己紹介をしよう」
「ふふ」
私に視線を戻したバーナビーは、天使が降臨したせいで色々とやらなければならないこともあるだろうに、今この時も楽しみながら心を割いてくれる。
「スイレナディ国第18代国王、バーナビー・エインズワースだ。年齢は380歳、魔人だ。ヒナノもそうだろう?」
「うん」
新しくなった世界を調べたことがある。
最初の頃だ。
楽園の者たちが本当は生きていて私を探してくれているかも……なんて馬鹿みたいな妄想をしながら、今までとはどう異なるのかを検証していたのは……今のように立派な子となった悪魔様であるあの子がまだ何も知らず、拙い拷問まがいしかできなかった頃、一緒になって世界を飛び回り、教育を施しながら全てを観察していた時だ。
元々アダムの世界では、人間・獣人・魔人・竜人の四種類で分かれていた。
だが、新しくなった世界で……私の……私の世界で人間を見かけることなどなかった、一人も。
そして人間の代わりに新しい種族として誕生していたのが鬼人だ。
頭に小さなツノがあり、肉体が男女共に大きいのが特徴。
魔力量は種族一少ないけれど、獣人と同じ、またはそれ以上の身体能力がある彼らを見て、人間は本来この姿だったのでは?と仮説を立てた。その仮説が当たっているかどうかなんて誰も答えをくれないのだから謎のままだが、私はそう結論付け、鬼人王にも出会った。その者が死を望んだ時、取り込んだ魂は私の中にある。
そして皆、寿命が異なる。それはアダムの世界だった頃と同じ。だが、異なる種族もいた。
鬼人は500歳前後、魔人は800歳から1000歳ほど、竜人は3000年前後と同じ。
だが、獣人は200歳前後だったけれど、今は違う。
鬼人と同じく500歳前後だ。
あの頃の人間たちは、今のような魔力量も持ち得ていなかったのは、私が未熟だったから。
取り込むはずのない魂を三つも取り込み、無茶をしたせいで世界全てに影響を及ぼしていたことは当時から気づいていたが、魂が定着するとこんなに様変わりするとも思っていなかったから驚いている。
バーナビーが私を見て魔人だと言ったのは、種族ごとの特徴が見当たらないからだろう。魔人には大きな角か翼があるけれど、簡単に仕舞えるからね。
「伴侶は獣人であり、私の運命でもある」
そうだろうね、君、匂いすごいもん。
ここにいる獣人たちは、そういう意味でも距離を取っているよ。
「どうして?」
「ん?」
「運命とは分からないのに、どうして愛を返せたの?」
「ふっ、どうしてだろうな……」
その表情は幸せを表していて、聞くだけ野暮というものだ。
「私はヒナノ。種族は魔人。伴侶はいないよ。年齢は100歳」
「「「「「「「「ええっっ!?」」」」」」」」
「……」
だろうな。
「嘘では」
「嘘じゃないし小さくない!」
「む、そう、だ……な?」
アダムの世界でも子ども扱いがほとんどだった。
だからこういう視線には慣れているけれど……いや、己の能力を過信するのはやめておこう。
私は100万年以上も人と関わりを持たなかった。
悪魔たちとは関わっていたけれど、それも稀だ。
何かの危機を感じて察知する能力もなければ、本能なんてものも備わっていない私は、人の機微を読み取ろうと勉強し、所作も美しく見えるように勉強したことがある。
そしてその努力を無駄にしないようにと、所作だけは気を付けて生きてきたけれど、人の機微を読むなんてしていなかった。おかげで努力が無になったよ。
思い描いた人物像に擬態するのも得意だったけれど、随分としてないんだ。
傲慢にならず、一から学ぶつもりで人の表情を一つずつ見ていこう。
思い込みと傲慢な心は身を滅ぼすんだ。この視線一つ一つが私の小ささに驚いていると憶測で思うのは止めて、きちんと観察しなければ。
まぁ、合ってるだろうけどな。
「成長が止まったとかじゃない。私の部族ではこうなの」
「そうなのか、部族?」
160センチにも満たない私の背は小さく見える。
180センチから二メートルほどの高さが通常だ、男も女も。だからこそ幼子に見えてしまう。
「私の世界でももちろん国があったけど、私たちは同じ種族だけで集まって暮らしていたの」
「魔人ということか?」
「ううん、私たちは魔人の中でも魔力量が少なく、背が小さいのが特徴なの」
「ふむ」
「けれどこの体は病にならない」
「!?」
「媚薬も毒も良薬も効かない肉体に、食事も睡眠も必要なく、それらは他の人たちとは違い娯楽になる」
「そのような者たちがいるのか……」
「だから私たちはよく“売れる”」
「っっ」
「人攫いに捕まらないように生きているのが、私たちだった」
「両親は……」
「うん」
「……」
ていうことにしました!今!
私の体についてそのうち不思議が出てきてしまうだろうと、先に伝えて“そういう人間”だと認識させておく必要がある。それと、私がこちらの世界に来た方がいいと心の底から思ってもらえるようなオハナシにしてみた。
薬が効かないのは本当だけど、唯一媚薬だけは効く。
淫魔王としての魂は媚薬を喜んで受け入れちゃうんだよねぇ……困った体だ。
これから先、万が一媚薬が盛られるようなことがあっても効かないと思わせるように、口に入れる物や通す衣服に何か付着していないか確認しておこう。
「幸せになろう、私の国で」
「ありがとう」
ふむ、決断力もあれば、一人一人へ心を砕き、時間を割く国王か。
だが、周囲から恐れられてもいる。
絶対力もあるんだろう、いい国王だ。
でも……。
だからこそ、周囲を見通す力があり、周囲と関わりを持ち続けるバーナビーを囲いたいであろう伴侶の獣人は、毎日排除に大変そうだ。
お疲れ様です。
「これからヒナノに付き従える者たちを呼んだ。よろしければ仲良くしてやってくれ」
「?教えてくれれば一人で暮らせるよ?」
「そうだといいな」
なんだろう、子どものわがままを肯定してあげる優しい父親みたいな視線は。
100歳って伝えたよね?聞こえたかな?
一人で暮らそうなんて思ってもいないけど、「部族」なんて言い方をする人間は自分の世話は自分でこなすだろうと思ったから言っただけで、わがままじゃないよ?
「本当に何もしなくていいの?」
「それなら私と遊んでくれ」
「ほんと!?いいの!?遊んでくれる!?」
「くっくっ……!ああ、必ず」
遊んでくれるって!仲良くなれば愛してくれるかもしれない!
ああ、本当に……関われば、死を願う人生を少しだけ忘れさせてくれる……。
「………」
やっぱりこの世界で天使として存在するのはやめておこうかな、と思い立った。
私の運命が近づいてきたから。
室内庭園の外に私の運命がいる。
私とアダムも運命だった。
他に運命だと言ってくれる人間も、悪魔もいた。
魂を感じ、匂いを嗅ぎ、視線を交わし、触れ合えば、運命だと気づく。
魔人と鬼人、悪魔と淫魔以外なら、誰でも。
私の世界になって初めて運命を感じた。
昔より惹かれる心があるけれど、やっぱり抗えてしまうな。
「あー、運命か、ふーん」くらいの感情しか湧かない。
「このケーキも美味しいぞ」
「ありがとう」
相手の出方次第で今後を決めよう。
ここで消えてしまったらバーナビーが可哀想だ。
だけどそれ以上に、運命も伴侶もいらない私は、相手が距離を詰めてきたら軽々と逃げ出せてしまえるほどに無責任な行動を起こすだろう。
室内庭園に新たな足音が二つ。
どちらも軽い足取りで、もう1人は浮足立っているような音を鳴らしながらこちらへと向かってくる。
私に他のケーキも食べてみてくれと言っている途中で彼らに気づいたのか、言葉を止め、二人を視界に入れているのだろう。
私の背後にいる彼らを見ることはまだできていない。
「新たな生活に戸惑うこともあるだろう」
「うん?」
「だが安心してくれ」
「うん?」
「ふっ、大丈夫だ」
「うん」
席に近づくと、片膝を床につき、背筋を伸ばして頭を下げ、私たちを視界に入れないようにしている二人。
「紹介しよう」
二人とも訓練しているのか、心音は酷く穏やかだ。
「顔を上げろ」
ゆっくりと、同時に顔を上げた二人の表情は対照的というのが、運命に対する第一印象だ。
「天使様が降臨なされた。恙なく職務を全うせよ」
「かしこまりました」「………かしこまりました」
運命は私と視線を交わして、気づいたみたい。
「リンジー」
「はっ!此度、天使様の筆頭傍仕えの任を頂きました。リンジー・アーチボルトと申します」
薄紫の髪は肩ほどまであり、青の瞳はキラキラと輝いているような印象を受ける。
快活なのか、天使に仕える誉れに喜んでいるのか、どちらかだろう。
竜人は竜体になることができ、人の姿ではどこかに必ず鱗があるけれど、彼らのように服に隠れて見えないことも多い為、魔人か竜人か分からない時がある。
私には魂が見え、そして魂は種族ごとに異なる色をしているから、竜人だと分かるけど。
「ディアブロ」
「………はい」
運命はリンジーと対照的に、顔色も瞳の奥の輝きも鈍い。
「ディアブロ・アデルフェルは、此度、天使様の筆頭護衛としての命を頂きました」
どうやら心も強いらしい運命は、顔色の悪さからは考えられないほど、心音が整えられている。
私の顔を見た一瞬だけだ、乱れたのは。
まるで白髪のような短い髪に薄い赤の瞳を持つ竜人は、私と同じで運命と出会いたくなかったらしいことに安堵した。
「バーナビー」
「ん?」
「護衛って必要?」
純粋な声で伺う。そして、できれば「必要ない」と言ってほしいけれど、
「当たり前だ。ヒナノは守られねばならぬよ」
「分かった」
無理だろうな。
「よろしくお願いします!名前はヒナノで、えっと、あ!100歳は超えてます!それとそれと……魔人です!」
「ありがとうございます」
ふんわりと笑うリンジーとは対照的に、
「……」
運命の顔色は悪く、発言ができそうにない。
そして思う。
私も同じような顔色をしているんだろうな、と。
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