第5話


【スイレナディ国】


建国から5400年経つこの国の始まりは、一人の魔人が原因だった。

スイレナディ国になる前、この地は別の国、異なる常識、そして神が嫌う国として君臨していたのは、当時国王を務めていた魔人の強行によるものだったという。

その者が当時の王だったのは確かだが、王族なのか、平民だったのか、それとも別の国で生まれた者なのかは謎に包まれている。

その男はいつからか君臨していた。それは遠い昔。世界が生まれた瞬間にその男が国を治めていたとも、一年のみ玉座を我が物にしていたとも語られている。彼の素性も歴史も、この地がスイレナディ国になる前の歴史はひどく朧げで、全てが憶測にすぎない。


その男は世界を蹂躙していたと聞く。


その男は全ての人間を愛していたと聞く。


その男は殺戮衝動に襲われていたと聞く。


その男は女だったと聞く。


その男は何者でもない。誰にも……著者の私ですら分からないことばかりだ。


その朧げな男が死してスイレナディ国が建国されたと、その話だけは皆一様に同じことを言う。

分からないことばかりの情報を書き記しても、子孫たちが混乱するだろう。

だからやめよう。

その男を追えば追うほど、魅了されていき、私の人生全てをかけてでも男の姿を追いかけてしまう。


だからやめよう。

私自身のためにも……。


自然と共に生き、自然と共に散るという意味を持つ「スイレナディ」という名は、建国から何年経とうとも名の通りに生きている。

もちろん人の手が加わり、人工物もある。だが、最小限に留めるというのが歴代の王による命であり、国民全ての意見でもあるこの国は、他国と比べても自然豊かだ。

他国の者から「暮らしにくくはないか?」などと聞かれる時もあるが、実際に住んでみると心地の良い場所に離れがたくなり、スイレナディ国に永住する者も少なくない。

道の整備はあまりされていないが、飛んで移動するのが主なのだから、足場の悪い草木を踏んで毎日どこかへ向かうこともなく、他国よりも複雑な魔法陣を国から支給してくださる為、とても快適な生活も送れている。

娯楽も多く、特に長生きな竜人たちは面白おかしく暮らす者も多い。

もちろん他国から観察しても、自国から見ても不便さなどはあるだろう。

だが、「自然と共に散る」という言葉に吸い寄せられるように、皆この地に留まってしまうのだ。





「………ナ……ヒナ………ヒナノ!」

「うん?」

「夕食の準備が整ってるよ」

「ありがとう」


何杯目かの紅茶を飲み干してから席に着く。


「本当に本が好きなんだね」

「うん」

「夢中になってたよ」


本を読むのは好き。

私の世界になってからは特に。

どんな本でも読んでいる間は“今”を忘れさせてくれるから。


「リンジー、こんなに食べれない」

「残したらいいよ、心配しないで」


食事も楽しみにしていたから、並んでいる料理に嬉しくはなるけれど、当分は滞在するんだし毎日ちょっとずつ食べられたらいいなとは思う。でも、こんなにたくさんあっては、百日経つ頃には全ての料理を食べ尽くしてしまいそうだ。


「取り分けてもいい?」

「俺がやるよ、どれがいい?」

「ううん、知ってほしいから私がするね」

「うん?」


リンジーの手からトングとお皿を奪って、食べたい分を少しずつお皿に盛っていく。

花も茶葉も魔力がこもっていたから、食事も美味しいとは分かっていたけれど、こんなに出されても満腹にはならないけど飽きてしまう。

天界と淫魔世界と悪魔世界の食物は、人間世界よりも美味しいのは魔力が真新しいままだからだ。

だが、人間が住まう世界は劣化し、必ずいつか消滅してしまう。

それは私であっても止められない。精々消滅を遅らせるくらいだ。


「………それだけ?」

「うん、これだけがいいの」

「お腹が空いたら……」


うんうん、お腹が空かないどころか、食事を必要としない体だって思い出したかな?


「いただきます」

「それが神様への祈り?」


どうやらこの国では、食前に神への祈りを捧げる習慣があるようだ。


「ううん、挨拶みたいなものだから気にしないで」


『『いただきます』』


デズモンド様としていた「いただきます」を思い出して少しだけ食欲がなくなったけれど、誤魔化すように口へと運んだ。


「ん、ごくん!美味しい!」

「それなら良かった」

「リンジーも食べた?」

「もちろん」


ん?


「全部?今日?」

「一口ずつ食べさせてもらったんだ」


なるほど。

リンジーは毒見役も兼ねているのか。

魔法陣で調べるだけでは事足りないの?

うーん………

私のせいで死が早まっても困るから、リンジーの肉体に……他の人間が毒見することもあるか……。


うーん………


毒といってもなあ……アレルギーも毒と見なしてしまうからなあ……。一人一人異なる加護を与えるなんてできそうにないし……。

あ、城全体に守りの力を入れておくか。毒を口にしたら弾くようにして、媚薬は毒とは思わなくていいか。楽しみたい人がいたら困るだろうし。


「図書館ってあるの?」

「あるよ。明日案内するね」

「わああぁぁ……!お城探索!楽しみ!」

「ふふ」


図書館に行って、今この国で毒だと分かっている物だけを弾くようにしよう。

持ち込み禁止にまでするとバーナビーの敵が分からなくなるから、口に入れた瞬間に弾けばいいか。

うん、そうしよ。


「ごちそうさまでした」

「それも挨拶?」

「うん、とっても美味しかった!」


本当に美味しかった。

ケーキも美味しかったから、明日から何が出てくるか楽しみ。


「お風呂に浸かる習慣はある?」

「え……お風呂があるの!?」

「くすくす、用意できてるから入ろう」

「うん!」


お風呂♪お風呂♪

どうやら部屋にはついてないらしく、一度部屋から出て転移ができる場所まで向かう。


「転移いたします」

「はい!」


連れて行かれたそこはなんと!


「露天風呂だあああああああああ!!!」

「ちょっ!ヒナノ!危ない!!!」


そんな馬鹿な。

私浮いてるし、コケるなんてこともないから平気だよ?

そんなことより露天風呂に入る!お城に露天風呂!最っっ高ーーーー!!!


「っっ」

「危険です、お一人で移動なさらないでください」


浮いているんだろう。ディアブロが後ろから私を抱えた。


「……ごめんなさい」

「……着替えを致しましょう」

「はい」


手を離すと危険だと認識したのか、多分また露天風呂まで勢い良く飛び込むとでも思われているんだろうな。

一度露天風呂から離れて、転移した場所で着替えるために連れて行かれた。

私をリンジーに預けると、外で護衛するらしく、室内にはリンジーと私だけ。


「今度からは俺と一緒に行動しようね」

「はい、ごめんなさい」

「さ、着替えよう」


熱さを……熱さを感じた気がした。


ディアブロから。


魔力量が多い者は自然と熱を持つ、精霊以外は。

リンジーが私を着替えさせている手は熱いと思わない。


けれどなぜか………


熱いと感じた。


ディアブロを。


「……ナノ?」

「ん?」

「大丈夫?何度も声かけたけど……どこか調子悪い?」

「ううん、露天風呂にしか意識が向いてなかった」

「くすくす、入ろう」

「うん」


疑問なんだけどね?

このワンピースと私が着てたワンピースって何が違うの?

これが温泉に浸かる用の服なの?何が違う?普通の服だけど?別に構わないんだけどね?服のまま浸かる時もあるから構わないんだけどね?

これって何が違うの?


「んんー!!!きもちー!!!」


露天風呂の中まで護衛しなきゃならないなんて。


お疲れ様です。


「リンジーと一緒にご飯食べたりお風呂入ったりできないの?そういうのって悪いこと?」

「寂しい?」

「とっても」

「ふふ、聞いておくね」

「ありがとう!楽しみに待っておく!」


ちゃぷちゃぷと手遊びをしていたら、ふと気になって護衛たちの顔を観察する。


やっぱりそうか。


「リンジー」

「ん?」

「やっぱり露天風呂は一人にする」

「構わないけど……どうして?気を使ってるなら大丈夫だよ?」

「なんか偉くなった気がするから!」

「ん?」

「だってこんな広いお風呂を独り占めだよ!?私、偉い人みたい!」

「ふはっ!あはははっ!ん、えらい、んだよ?ふはっ!」

「私にとっては、お風呂の独り占めが偉く思えるの!」

「あははははっ!わか、わか、った、あははっ!」

「ふへへー」


どうやらリンジーはモテすぎるらしい。

護衛の中に数名、何かを期待している。

それならお風呂は一緒じゃない方がいい。

興奮させたいわけじゃないですからね。


「あ、これで髪の毛洗いたい。体は洗浄するけど、これいい匂いなの!あ、リンジーにもあげる!」

「いいの?なくなっちゃったら……」


二度と手に入らないからね!私、元いた世界に戻れないし!

でも大丈夫!安心して!淫魔たちに頼まれた時に大量生産した物だから!


「私用じゃないの持ってるの」

「そうなの?」

「いつか友達ができたら渡したいなって思って馬鹿みたいに作……買ったから……貰ってくれる?」

「………ありがとう」


まさか感動されると思わなかったから驚きだ。

まあでも、境遇が良くない方がこれから先「帰せない」なんて思わなくていいからね。

でも私のオハナシにそんな感動しなくていいよ?淫魔たちにこき使われた余り物だからね?うるうるしないで?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る