第6話 僕は何者

翌朝、進は無意識のうちにスマートフォンを手に取っていた。

眠気の残る目でSNSを開き、そこで一瞬、思考が止まる。


フォロワー数が、明らかに増えていた。


「“僕”さんの魔法少女、よかったです」

「とっても可愛かった」

「ああいう魔法少女もいいですよね」


通知は、穏やかな賞賛で埋まっていた。


――ほら、わかる人にはわかる。


そう自分に言い聞かせる。

それで、満足したつもりだった。


けれど、昨日見た光景が、頭から離れない。

人だかりの中心にあった、mirrorの魔法少女。

あの色、あの線、あの“生きている”感じ。


進は、机に向かい、ペンタブレットを手に取った。


無意識だった。

再現してみようと思ったわけでも、超えようとしたわけでもない。

ただ、手が動いた。


似たような線。

似たような配色。

似たような構図。


けれど、画面の中に現れた魔法少女は、どこまでも“似て非なるもの”だった。


(……違う)


何が違うのか、わからない。

わからないから、やめられなかった。


進は何日も、何日も、mirrorの絵を模倣し続けた。

線をなぞり、色を分解し、構造を考えた。

それでも、完成した絵はmirrorにはならなかった。


むしろ、描けば描くほど、

自分の魔法少女が、少しずつ遠ざかっていく感覚があった。


その時だった。


ピコン、と通知音が鳴る。


ダイレクトメッセージだった。


「新しいソーシャルゲームのキャラクターデザインを募集しています。ぜひ“僕”さんにもご参加いただきたいと思っております。」


進は息を呑んだ。


願ってもない仕事だった。

自分のキャラクターが、ゲームの中で生き、動き、多くの人の目に触れる。

“拡散される”という言葉が、現実味を帯びて迫ってくる。


迷う理由はなかった。


すぐに返信を送る。


ピコン。


「一度、クリエーターの皆さんで本社にお集まりいただけたらと思っております。」


本社。

皆さん。

――僕が?


胸の奥が、わずかにざわついた。


人付き合いは、正直苦手だ。

知らない人と会うのも、話すのも、得意じゃない。


行きたくない。

それが本音だった。


けれど、この仕事には、それ以上の魅力があった。


(ここで断ったら、たぶん一生後悔する)


進は短く息を吐き、キーボードを叩いた。


「わかりました。伺わせていただきます。よろしくお願いします。」


送信。


画面を閉じたあと、進はしばらく動けなかった。


期待と不安が、同時に胸の中で膨らんでいく。


進は、この選択が、

“何者かになれる入り口”だと信じた。


そしてまだ知らなかった。

この一歩が、

自分をさらに追い詰める道の始まりになることを。

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