第5話 僕は何者

展示会から帰宅した進の表情は、晴れなかった。

胸に残っているのは、達成感ではない。


悔しさ。

ただ、それだけだった。


家族と囲む夕食の席。

いつもと変わらないメニュー、いつもと変わらない時間。

けれど、進の中だけが、確実に違っていた。


「進、就活はうまくいってるの?」


母が箸を止め、心配そうにこちらを見る。

その一言で、胸の奥に溜め込んでいたものが、音を立てて動いた。


「僕、就職はしない」


思った以上に、声は落ち着いていた。


「フリーのイラストレーターで、食べていく」


沈黙が落ちた。


自分でも驚くほど、言葉は止まらなかった。

絵を描いてきたこと。

Webデザインコンテストに応募したこと。

展示会に参加し、自分の絵が飾られたこと。


今日まで、誰にも話さなかったことを、すべて話した。


母はしばらく黙って進を見ていたが、やがて小さく頷いた。


「……そう。進なりに考えた結果なのね」


それ以上、何も言わなかった。

反対もしなかった。

応援もしなかった。


その距離感が、かえって胸に刺さった。


「ごちそうさま」


進は席を立ち、食器をシンクに置くと、そのまま自分の部屋へ向かった。

迷いはなかった。

パソコンを開かずにはいられなかった。


SNS。

検索窓に、思いつく限りの言葉を打ち込む。


「魔法少女」

「展示会」

「魔法少女2025」


画面は、すぐに埋まった。


「mirrorさんの魔法少女、凄かった」

「やっぱりmirrorさんは天才」

「あのmirrorさんのキャラでゲーム作ってほしい」


称賛、絶賛、期待。

どこまでも、mirrorの名前が続く。


(……僕は?)


スクロールする指が、だんだん早くなる。


(“僕”は? 僕の絵は?)


探しても、探しても、出てこない。

あの会場で、確かに褒められたはずなのに。

確かに、そこにあったはずなのに。


画面の中には、存在しない。


進は椅子にもたれ、天井を見上げた。


(同じ場所に展示されたのに)


悔しさが、喉の奥まで込み上げてくる。

自分は選ばれた。

それなのに、“特別”ではなかった。


その夜、進はなかなか眠れなかった。


目を閉じると、mirrorの絵が浮かぶ。

人だかり、称賛の声、圧倒的な存在感。


(……負けたくない)


それは、決意でも闘志でもなかった。

ただの、どうしようもない焦りだった。


この夜、進の中で何かが変わった。


「描きたい」から描いていた絵が、

「負けたくない」ための絵に、

静かにすり替わり始めていた。

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